一:一億年ボタンと時の世界 4
この異界に来てから早十年。俺は毎日毎日ずっと素振りを続けた。十年も剣を振り続けていれば、『
(最適化されたとでも言えばいいのだろうか……)
剣を縦に振り下ろすとき、どのタイミングで力を入れるのか、逆にどのタイミングで力を抜くのか。
百年後。
この頃には、様々な
「一の太刀──
飛ぶ
自分で編み出した様々な技に、名前を付けてみたりもした。まるで流派の開祖になったような気がして、とても楽しかった。
千年後。
……少し、
毎日毎日同じことの
ある日、俺はちょっとした気晴らしにと思って散歩してみた。
すると
結論から言えば、ここは小さな球体だ。家を出てしばらく
「母さん、元気にしてるかなぁ……」
そうして俺は、今日も一人剣を振り続ける。
一万年後。
人間というのは不思議なもので、この
(思い返してみれば、五千年あたりが一番きつかったな……)
あのときは肉も魚も野菜も──どれを食べても全く同じ、味のないゴムを
しかし、そんな危機的
人がいない
まぁ早い話が『心の殺し方』を覚えたというわけだ。
「──ふっ! はっ! せいっ!」
そうして俺は剣を振り続ける。誰もいない孤独で、それが『当たり前』な世界で。
十万年後。
最近、剣術以外のことにも目を向けるようになった。特に熱を入れているのは──料理だ。これが中々どうして奥が深い。
俺はまな板の前に立ち、静かに意識を集中する。
「八の
「──うん、おいしい!」
その後、書庫にあった料理本を参考にして様々な技を覚えた。半月切り、乱切り、短冊切り。そこには俺の知らない様々な斬撃が
(これを
そんな期待と興奮に胸を
百万年後。
結論から言えば、期待ハズレだった。
料理は料理、剣術は剣術──こんな簡単なこと、冷静に考えれば誰にだってわかる。
いくら千切りが早くなったところで、それはどこまでいっても千切りの域を出ない。
俺が
(ぐっ、なんて時間の無駄をしてしまったんだ……っ)
どうやら俺の頭は、少しばかりおかしくなっていたようだ。
しかし、それも無理のない話だろう。なにせこの誰もいない何もない世界で、心を殺しながらずっと一人で剣を振っているのだから。
「ふー……っ」
大きく深呼吸をして、心と体を落ち着けた。
(……
なんと言っても、俺にはまだ九千九百万年もの時間が残されている。
(よし……とりあえず、今できる最善をやり続けよう!)
そうしてしっかり気持ちを切り
一千万年後。
俺は新たな修業法として、『自分自身と戦う』
意識を集中させ、ゆっくりと目を閉じれば──
もう一人の俺とも呼べるその存在は、
どこまでも基本に忠実なそれは、全くと言っていいほどに
それに対して俺は、鏡合わせのように正眼の構えを取る。
そうして
「「ハァ……ッ!」」
剣と剣が激しくぶつかり合い、
両者の技量は、当然ながら完全に
俺の剣術は、今まさに『
五千万年後。
ちょうど『一億年の半分』が過ぎたあたりで、フツフツと
五千万年という
(だけど、今のままで本当にあの天才剣士に勝てるのか……?)
ドドリエル=バートンは、百年に一度の天才だ。あいつは都でも有名な
あの細身からは想像もできない
(……このままじゃ
俺の剣には『ナニカ』が足りていない。
気持ち・経験・
(だけど、ドドリエルを倒すような『特別なナニカ』が欠けている……っ)
残り時間は『まだ』五千万年……いや『もう』五千万年しかない。
ふと思い返してみれば、本当にあっという間の出来事だった。
一億年ボタンを押したことが、つい昨日のことのように思い出される。
(とにかく、急がないと……っ)
そんな
「──ふっ、はっ、せい!」
俺は一心不乱に今日も今日とて
(くそ、速いな……っ)
時間というのは不思議なもので、集中すれば集中するほどにその『速度』を増していく。
楽しいことをしているときの時間は、一瞬で過ぎてしまうというあの現象だ。
『
そうしてひたすら剣を振り続けていると、気付けばもう『終わり』がきてしまった。
空中に浮かぶ時計はついに099999999年12月31日23時59分59秒となり──その一秒後、この世界はゆっくりと
「終わっ、た……」
大きな白い家と役目を終えた時計は、白い
俺という存在が、現実世界へ引き
(後もう一度だけ、もう一周だけ──『一億年』が
ドドリエルに勝つための『特別なナニカ』は、きっともうすぐそこだ。手を
(くそ、後ほんの少しなのに……っ)
俺はそんな歯がゆい思いを嚙み
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