一:一億年ボタンと時の世界 2
「
「さて、若き
「……あんたに話しても何も変わらないさ」
「じゃが、一人で
いったい何が
「……そう、かもな」
半ば
自分には剣の才能がないこと。剣術学院でいじめられていること。故郷に残した母のこと。明日の決闘のこと。そうやってこれまでずっと
「なるほどのぉ……。それであれほど落ち込んでいたというわけか……」
時の仙人は俺の話を馬鹿にすることなく、ちゃんと
年の功というやつか、案外聞き上手な老人だった。
「ふむ、しかしそれならば……少し力になってやれるかもしれんぞ?」
「……どうやってさ」
こんな絶望的な状況をひっくり返す大逆転の一手。そんな
すると時の仙人は、その皴の入った顔をグニャリと
「ほほっ、それはの──こいつを使うんじゃよ」
彼はそう言って、
「……なんだ、それ?」
「『一億年ボタン』──世にも
「一億年ボタン……? 魔法のアイテム……?」
「そうじゃ。このボタンを押した者は、
「……
「まぁまぁ、話だけでも聞いとくれ。老い先短い爺の頼みじゃて……な?」
時の仙人はそう言って、両手を
「わかったよ。なるべく手短にしてくれよな」
「おぉ、聞いとくれるのか! ありがたや、ありがたや!」
それから彼はゴホンと
「一億年ボタンを押した者は『異界』へ移動し、そこで文字通り『一億年』の時を過ごす。その世界では、それはもう自由じゃ。ただボーッとするもよし。
「一億年の間、ずっと修業ができる……?」
今の俺にとっては、まさに夢のような話だ。
「うむ! そこには家もあれば
「……っ!」
あまりにも理想的過ぎる
「ひょほほ! どうじゃ、
一通りの説明を終えた時の仙人は、ズイッと一億年ボタンを突き出した。
俺はその赤いボタンをジッと見つめる。
(もし、もし本当に一億年も修業することができたら……)
あのドドリエルにだって、勝てるかもしれない……っ。
四年や五年程度の短い時間では、
(だけど、一億年もの時間があれば……。俺みたいな才能のない剣士でも、あの天才に追い付ける──いや、追い
そこまで考えたところで、フッと現実に引き
自分がどれだけ馬鹿なことを考えているのか、それを理解してしまったのだ。
(あまりに話が出来過ぎている……。全く、何を真剣になっているんだか……)
おとぎ話じゃないんだ。そんな夢みたいなことが、現実に起こるわけがない。
「それで……話はそれで終わりか?」
「おや……? お眼鏡にかなわんかったかの?」
「凄いと思うよ。……その話が本当ならな」
「
「そうか、それは凄いな」
俺はそこで話を打ち切り、再び剣を取って素振りを始めた。
どうせ勝てないとわかっているけど、せめてできる限りのことはやりたかった。
「むぐ……っ。一度だけ、一度だけで良いから押してみてはくれんか? 老い先短い爺の頼みじゃて……!」
時の仙人は、両手を擦り合わせて
まさかここまで必死に頼み込んでくるとは、少し予想外だった。
「はぁ……。わかった、わかったよ」
一度だけ押せば、それで満足するだろう。そうして何の気なしにボタンへ手を
「──若き剣士よ。一つだけ忠告をしておこう」
「まだ何かあるのか?」
「決して……決して自害だけはしてはならんぞ? この先は異界とはいえ、お主の体はそれ一つ。死ねばそこで終わりじゃ」
いったいどういうわけか、彼はえらく真剣な表情でそう念を押してきた。
「はいはい、わかりましたよっと」
そうして俺は、時の仙人が持つボタンを押した。──
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