第3話 施設についてなど

「ぼ、僕の能力は……」

「まあ、そう急ぐこともあるまい。」


 鈴木さんは好好爺のように笑いながら言う。確かに、少し急ぎすぎたか?ロマンに生きる高校2年生からすればそんなことはないような気もするが。

…取り敢えず話を聞くか。


「我々は、刺鯖についての研究もしていて、その協力をしてくれる人を探している。これはかなり大規模な研究だ。そして研究の目的は、刺鯖を消すこと、刺鯖の能力の原理を解明すること、後で紹介するものの3つだ。」

「君には主に3つ目の目的について研究してもらおうと考えている。もう一度言うが、もちろん、任意でね。ただ、君が能力…今どきは異能力というのだったか…を手に入れたいと言うのならば、協力することが一番の近道だと儂は思うがね。」


 そう言って鈴木さんは立ち上がり、ついてくるように促した。僕も立ち上がり、後ろを歩く。

 部屋を出てエレベーターのところまで行き、エレベーターを待つ。エレベーターに書かれた数字は10。降りて来たはずなのに10階とは不思議なことだ。鈴木さんに聞こうと思ったところでエレベーターが到着して、タイミングを逃す。

 向かうは1階。上に昇る。少し緊張も溶けてきて、ボタンの文字を初めて認識する。そして理解した。


「なんだ、それだけか。」

 1が一番上で、下に行くにつれて数字が大きくなる。窓がない。つまりここは地下なのか。


「どうかしたかね。」

 鈴木さんが聞いてくる。

「いえ、ただ、この施設は地下にあるのかと思って。」

「地下か。少し違うな。まあ合っているのだが。」

「えっと、それは……」

「行けば分かる。」

そう言って鈴木さんは黙ってしまった。口角が意味深に上がっているような気がしないでもないのが少し怖い。

 地中であって地中でないとなると、…地中に住む怪獣の中とか。いや、そんなことはないか。だいいち生物の中にいるのならそれっぽい音や動きがあるだろう。そうなると、地中の空洞か?違うな。それはもはや地中だ。難しい問いだな。別に問われたわけではないが。


 1階、エレベーター前、周りを見渡すと大きなビルの1階のようなデザインになっている。外は暗いので、今は夜か。しかし、僕の時計は朝8時半を指している。となると、日本との時差のおおきい場所か。あれ、そういえば、ここは地下1階だったのでは?

 そんなことを考えながら、鈴木さんに付いて外に出る。そして驚いた。ぼくが外だと思った場所は大きな半円状のドームの中で、その外には何もない暗闇が広がっていたのだ。


「何が見えるかね?」

鈴木さんが僕に聞く。

「暗闇、というかなにも見えない。みたいなそんな感じでしょうか。」

僕は答える。曖昧な返事になってしまった。しかしそれ以外にどう形容すればいいのか。

 そんなことを言っていたら文芸部失格か。例えば、

 目に写るものは何もなく、その漆黒からは無というよりも大きな存在感が…待て、鈴木さんが何か言ってる

「…大まかにはそれで正しい。しかし、正確に言うと、ドームの外には土が満たされている。」

「でも、なんていうか、土ってこんな感じじゃないような気がしますが。」

「ああ、儂から見ても、これは土ではない。しかし、刺鯖のない人から見ると、これは確かに土のようなのだ。」

「ってことは、土が水のように見えるのが、能力? いや、水のように扱えるのか。」

「違う。水のように見えるのは、私の知る限りではここだけだ。これらの土を我々は溝水こうすいと呼んでいる。溝水が満たされている範囲の全体像はよく分かっていないが、渓谷のような形をしているらしい。と、この組織が出来た初期の頃に研究員が発見した。」

「なるほど。なぜ全体像が分からないんですか?」

「国際的な問題に発展するからだよ。この渓谷はそれだけ大きいということだ。」

「我々は便宜上、この渓谷をグラーベンと呼んでいるのだが、溝の底には、大きな遺跡があることが分かっている。それを調べるのがアンカーの3つ目の目的だ。そして、あいにく色々な事情があってあまり調査が進んでいないのだ。この調査の結果はまだ未知数だが、完了すれば、刺鯖についての研究に大きく貢献するだろうと期待されている。協力する気はないかね?」

「……現時点ではなんとも言えないですね。」

僕は答える。鈴木さんは言う。

「そうか。まあそうだろう。それと、調査に協力するとしばらく元の場所には戻れないと思うのだ。そのことも一応伝えておこう。」

「えっと…協力しなければ、普通に今まで通りに生活出来るんですよね?」

「ああ、そうなるが、君の能力も使えないままだ。」

「……考えてみます。」


 ぐっ…厨二病的精神がこんなにも僕を蝕んでいるとは思ってもみなかった。普通に考えたら、協力しない方が最適な選択なのに。あ、そういえば…


「学校にも行けないんですか?」

僕が聞く。刀坂さんが答える。

「協力するとすれば、毎日登校することは出来なくなるので、通信制の学校に行くことになると思います。」

いつの間にか鈴木さんがいなくなり、刀坂さんがいた。結構驚いた。

「じゃあ、僕には協力できなさそうです。申し訳ないのですが、あの学校には思い入れがあって。でも、他になにか僕に出来ることがあれば手伝います。」

 学校にいけないのならば、この話はなかったことにするしかない。僕は学校文芸部に行きたいんだ。


さて、方針が決まったところで、僕は今、施設の中にいる。なぜか。アンカーが何をしたのかは分からないが、学校に遅刻の連絡をして、かつ、親には、友人松笠の家にとまると説明してあるらしい。昼から松笠と一緒に登校する予定ゆえに、二時間ほどこの施設の中にいる必要があるということだ。因みに今は8時半だ。1時間半で学校に着くということは、学校に近いということ。つまり、……日本だ。おそらく。

 今ほど、小学校の地理の授業を真面目に受ければよかったと思ったことはない。


施設6階。

 さて、施設の中とは言ってもどこなのかよく分からないだろう。もう少し細かく言うと、ここは施設の6階だ。ここには、ジム的なものと道場的なものがある。つまり、格好よく言うと、鍛練する場所だ。

 ここで、今僕は刀坂さんから施設の説明を受けている。


「マリンハイツの2から5階までは、アンカーのメンバーの宿泊施設なので飛ばしました。簡単に説明すれば、あなたがいた場所です。そして今見た6階は運動するための施設です。これより下の階は、向かいつつ説明しましょう。」

マリンハイツとはこの施設の名前だ。さっき聞いた。

「6階は、これ以上特に説明する物もないので、次に進もうと思いますが、どうですか。」

「あの、シャワーとかはどこにあるんですか?」

「シャワーでしたら、7階にあります。他には大浴場とランドリー、キッチンなどがあり、長期の生活のためのスペースになっています。今説明したので7階はエレベーターから少し見るだけで飛ばしましょうか。」

「はい。それで問題はないのですが、ここに住むなら自炊ですか?」

「いえ、まあそれでも構わないのですが、地上に出ると、食堂があります。実はマリンハイツの地上はかなり大きな研究所になっているので、研究者のための食堂があります。」

 良かった。料理は苦手だ。最低限出来るようにはしたいと考えてはいるが。


マリンハイツ8階。

 白くて清潔な壁とリノリウムの床、ほのかにするアルコールの香りからして、ここは、ずばり研究所だ。

「8階は研究所です。」

やった、当たった。

「ここでは、刺鯖タトゥーによる能力の発現の仕方についてなど、主に刺鯖のことについて研究しています。見ていきますか?」

「はい。」

文芸部には所属しているが、僕は一応理系だ。研究という名が付くものがあったら気になる。基本的には見ていてもよく分からないのだが。

 ほらやっぱりよくわからない。


マリンハイツ9階。

 8階で分かったことは、白衣を着た人が機械の前でボタンを押していたり、大きなスポイトで紫色の液体を吸っていたりしたということくらいだった。

 そして9階、ここは事務所だった。特に説明する物もない。あ、1つあった。事務所はまるで高層ビルの上の方のようにガラス張りで、一面にとても画質の良い液晶パネルが張ってあった。地下なのに外が見えるって良いなあ。……それだけ。


 そこで、時間が来たらしく、僕は刀坂さんと一緒に1階に向かった。

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