第12話戒めの対価
新天地での生活と仕事にも慣れ、充実とした日々を送った岩岡武。しかしこの世にいる以上は大きくても小さくても問題を抱えるもので、岩岡もその一人だった。今の岩岡を悩ませるものは、職場での嫌がらせである。
「岩岡さん、これお願い。」
「あの、これは貴方の仕事では・・・?」
「はあ!!その内体に限界が来たとかで退職するくせに、何だその態度は!俺たちと同じ大人なら、働けることに感謝しろ!とにかく頼んだぞ、いいな!!」
岩岡はいつも中野から無理矢理仕事を押し付けられる、その理由は岩岡も分かっている。中野は生れつき金銭的に恵まれていたので、貧しい人たちを少年の頃から「実力不足で意気地なしで価値観の低い者」として罵倒したり蔑んできた。岩岡と同じ境遇の者やシングルマザー・父子家庭で育った同僚にも、「お金で解決できないなんてあほらしい、何をしてでも金を手に入れればよかったのになあ。」とせせら笑うのだ。
「仕方ない、今日もやるか・・・。」
岩岡は黙々と仕事を続けた。そして昼休憩になり、岩岡は七海に昼食に誘われた。七海は人に好かれる性質で、他の課長や社長が嫉妬してしまう程人たらしだ。外食に行くのはいつもの食堂、岩岡を入れ五人の社員が七海に同行した。注文をしてカウンターに座ると、七海が岩岡に話しかけた。
「そういえば今日も中野に仕事任せられていたよな?」
「はい、見てたんですか?」
「ああ、続きは私がやっておくからいつもの仕事をしてほしい。」
「ありがとうございます。」
「いいってことよ、それにしても中野は相変わらずだなー。」
「そういえば七海さんは、どうして中野さんから嫌がらせを受けないんですか?」
同僚の一人が七海に質問した。
「まあ、僕も中野みたいに家が金持ちだったからねー。でも中野みたいには、絶対なりたくない。」
七海は真顔で言った。
「そういえば中野さんやけに仕事抜ける時間が長いと思いませんか?」
同僚の一人が言った、岩岡はそのことが特に気になっていたので、同僚に尋ねた。
「何か知っているのか?」
「会社の資料倉庫で煙草やっているんですよ。」
「えっ!!うちの会社って禁煙だろ?」
「そうなんだけど、どうも資料倉庫の管理人と中野がグルのようで、資料倉庫を締め切ってこそこそ吸っているようなんです。」
「それは本当か!!」
七海が同僚に尋ねた、同僚が頷くと七海は顔をしかめながら言った。
「あいつたまに臭うことがあるから半分疑っていたが、やはりそうか。何か手を打たないと・・・。」
「まずは証拠集めですかね。」
「そういえば前々から会社に防犯カメラを設置しようという話があったなあ、あの話を持ち出してみよう。」
同僚の一人が言った。
「あの話かあ・・・、でもあれは社長に反対されているんだよな・・・。」
七海は首を傾げた。
「どうして社長は反対なんですか?」
「なんかね「設置する金が勿体ない」とか「そんな疑りあう社内環境にするな」とか、とにかく理由をつけてくるんだ。」
岩岡はこの時点で社長にも何かあるのではと感じた、そこで岩岡は社長に会って防犯カメラ設置について説得することにした。
翌日、岩岡は七海の付き添いのもと社長室に向かった。岩岡と七海を社長・銀野山崎は、怪訝そうな顔で見た。
「どうしたんだ、経理課の七海と岩岡。」
「実は岩岡さんから禁煙破りの社員がいるという話を聞きました、そこで社員を特定するために防犯カメラを資料倉庫に設置していただけますでしょうか。」
「やめろ、我が社に犯人捜しをする暇はない。」
「あなたはタバコがどれほどの損害になるかわかっているんですか?社員全員の健康に関わるだけでなく、人件費の無駄払い、最悪火事になりかねませんよ!」
岩岡は強く説得した。
「タバコがどれだけ会社の害悪になっているかは私も分かっている、しかし小さな害悪よりもまず売り上げ向上の方が大切だ。せっかく経理課からいい意見が出たところだが、私は却下する。」
結局その後は話にならず、岩岡と七海は社長室を出た。
「こうなったら私だけでもやります。」
「ふう・・・、分かったよ。全て自己責任にするなら。」
岩岡がそう息巻いていた。
ところがその日の午後、会社内で非常ベルが鳴り響いた。
「これって、訓練じゃないよね?」
「ああ、これは本当の火事だ!」
「火事だ、逃げるぞ!!」
「慌てるな、落ち着いていくんだ。」
七海先導の元経理課全社員は、一人も逃げ遅れずに脱出した。すると目の前に中野と一人の社員がいた。岩岡が中野と社員に声をかけた。
「中野さん、どうしてあなたがいるんですか?」
「は?そりゃ俺だって会社で働いているんだから。」
「違います、どうしてあなたがそこの社員と一緒に、私達より先に逃げているんですか?」
「えっ!それは・・・・俺が先にこいつと火事を見たからだ・・・。」
「火事を見た・・・、じゃあどうして火事が見れたのですか?」
中野はしまったと口に手を当てたが、もう遅かった。
その後、火事の原因はやはり資料倉庫にあったくずかごだということが分かった。あの日資料倉庫にいたことを中野と沼田(あの時中野と一緒に逃げた社員)は告発し、二人には当然懲戒解雇が言い渡された。ところが中野は「あの日一緒に吸っていたのは、沼田と社長です!」と告発、社長は当初言いがかりだと否定したが社長が脱ぎ捨てた一部黒焦げのスーツが見つかったことと、社長の財布から煙草を購入したコンビニのレシートが見つかったことで社長も喫煙を認めた。
「まさか社長も喫煙していたとはなあ・・・。」
「だからあの時、強く反対していたんだな。見かけによらず、後ろめたい男だ・・。」
岩岡は七海や他の社員との居酒屋で、吐き捨てるように言った。
「でも俺たち大丈夫ですかね・・、会社は半焼で済んだけどもう倒産は決定になっているし、どこで働こうか・・・・。」
「俺、地元にしようかな?」
「うーん、私はどこの会社でもいいんですけどね・・。」
岩岡は正直転職はごめんだというのが本音だ、今から転職は自殺行為と言ってもいいし、それに過去のトラウマもある。
「私は今でも会社で働きたい・・・、でもどうすれば・・・。」
そんなとき不意に肩を叩かれ振り返ると、そこには寿老人がいた。
「寿老人様、一体どうしましたか?」
「岩岡よ、こんな時こそ人助けだ。そうすればそなたの望みも造作なく叶う。」
「分かりました、けど叶うかどうか・・・。」
「悩んで入るなら、行くしかない。動かないでいると、時も可能性も過ぎ去ってしまう。」
「わかりました、やってみます!」
岩岡がそう言った時には、寿老人の姿は無かった。
その後、岩岡の口座には退職金がふりこまれていた、現在はコンビニバイトをしながらなんとか質素に生活をしている。しかし岩岡が再就職するのは、まだ先の話である。
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