第11話新生活の鬼門
岩岡は今まで住んでいた三重から、新しく働く会社がある東京都に引っ越した。岩岡がいるのは六本木にある閑静なマンション、ここから会社までは地下鉄と徒歩で三十分かかる。
「三重からここに引っ越したからかなり高くつくと思っていたけど、意外とやすかったな・・・。」
引っ越し費用は十万円、最低限一人分の荷物しかないので送料が安く済んだようだ。
「明日は初仕事だ、頑張るぞ!」
岩岡はその日、いつもより一時間早く就寝した。
そして翌日、岩岡は着替えて支度を済ませるとすぐに出社した。時刻は午前六時四十分、すぐ近くの地下鉄に入り昨日買った定期券でホームに入る。そして電車に乗って銀座へ向かった、銀座駅から会社までは歩いて十分程である。銀座に着いた岩岡はすぐ近くのコンビニで朝食と缶コーヒーを購入し、近くのベンチに座り朝食をとった。そして食べ終えるとすぐに会社に入った、入ると岩岡と同い年の眼鏡をかけた男が話しかけた。
「君が岩岡武か?」
「はい、よろしくお願いします。」
「私は営業課・課長の杉浦だ、君は経理に入るから会う事はあまりないがよろしく。」
「それで経理課はどこですか?」
「ああ、二階の左奥だ。経理課長の七海には話してあるから、気軽に入ってくれ。」
岩岡はエレベーターで二階に向かい、降りて左奥の部屋に入った。
「今日から働く岩岡武です。年寄りの身ですがよろしくお願いします。」
「ああ、こちらこそ。あらためて私が経理課・課長の七海弘雄だ。」
七海は自己紹介の後、作業を止めて部下全員に岩岡を紹介した。そして岩岡は仕事を始めた、銀行で働いていたこともあり岩岡は七海ら先輩からの教えをすぐに理解し習得した。そしてその日は、沢山褒められながら岩岡は帰宅した。
しかし岩岡が帰宅すると、玄関のドアの前にゴミ袋が三つ置かれていた。しかも中身は生ゴミのようで、嫌な臭いを放っている。
「誰だこんなことをするのは!!」
岩岡は怒りのあまり声が出た、それに気づいた隣人の女性が声をかけた。
「私、心当たりがあります。」
「ん?どういうことですか?」
「あっ、自己紹介が遅れました。私は七海由香といいます。おそらく雅さんかと思います。」
「雅さんは、どういう人ですか?」
「雅さんはここで主人と一緒に中華料理屋を営んでいたのですが、土地の持ち主が強引にここを今のマンションに建て替えてしまったそうです。ですから雅さんはもう一度ここで中華料理屋を営むために、マンションから人を追い出そうとしているのです。」
「なるほど、それで雅さんはどこに住んでいますか?」
「ここから徒歩五分以内の小さな家です。」
「わかりました、ところで七海弘雄という方をご存知ですか?」
「はい、主人でございますが・・。」
「今日から部下になった岩岡です、今後もよろしくお願いいたします。」
そう言って、岩岡は部屋に入っていった。
翌日岩岡が会社で作業をしていると、七海から肩を叩かれた。
「そういえば昨日、由香と話したそうだね。」
「はい、そうです。」
「まさか君がお隣さんだったとはなあ・・・、まあとにかくこれからよろしく。」
「ふん、上司に媚を売るマネしやがって。柄にも合わないわ。」
そう言ったのは岩岡より年下だが頭がハゲている中野だった。
「こら、中野!あんまり言うな!」
「そもそも経理課に入る予定の人が急遽来なくなってしまったから、地方から実力のある人材に来てもらうことになったのに、それがこんな生い先短いジジイだとはよ。」
中野は岩岡に悪臭を放つほどの皮肉を言った、怒りに震える七海を岩岡はなだめた。
「岩岡君、あんなに言われて大丈夫か?」
「はい、自分が年上とはいえこちらは後輩ですから。」
万年サラリーマンの岩岡に精神的な傷はつかなかった。
翌日、この日は会社が休みなので二日前に玄関前に生ゴミを置いた、雅さんの家を探していた。岩岡がマンションから出ると、大きなゴミ袋を持った背の高い婦人を見かけた。両手には生ゴミが入っているであろう、大きな袋を二つ持っていた。
「すみません、雅さんですか?」
「はい、そうですが・・・?」
雅は面倒くさい雰囲気で答えた。
「私は岩岡武です、貴方に話があって来ました。」
「もしかしてゴミの事?だったら私が言う事は何もない、とっととマンションから出ていきな。」
自分の悪事を隠そうともせず堂々と言う、雅という名前には合わない性格のおばさんだ。
「そんなこと言わずに、私の話を聞いてください。」
「あんたから聞く話なんて一つもない。」
「あなた、ただ嫌がらせを重ねてマンションから住民を追い出そうとしているようだけど、それじゃあ望みが叶わないどころか恨みを買っているだけですよ!」
岩岡は強い口調で言うと、雅はゴミ袋を持っていた右手を振り上げ、ゴミ袋で岩岡を殴った。
「あんたに・・・。」
雅は何か言いかけたが、ゴミ袋を両手から放して地にへたりこんだ。
「・・・あっ、大丈夫ですか!?」
「あんたに言われ、痛い・・・!」
どうやら急に力み過ぎて、腰が悲鳴を上げてしまったようだ。
「おい!大丈夫か!!」
岩岡と同い年の少し太めの男がやってきた。
「あの、雅さんの主人ですか?」
「ああ、そうだが・・・?」
「よかった、私が雅さんの肩を持ちましょう。」
「助かる、ありがとう。」
岩岡は雅の肩を持った、雅にとっては不本意だが腰が痛い以上どうしようもない。雅の主人の案内で家に入った岩岡は、主人が急いで敷いた布団に雅を寝かせた。
「おかげで助かりました、所で頬が赤くなっているのが・・・?」
「えっ!ああ、大したことないですよ。」
「ふん!私が一発ぶち込んでやったのさ。」
悪びれも無く言う雅に主人は怒鳴り、岩岡がなだめた。主人は岩岡にお茶を入れると、開口一番で土下座した。
「妻がご迷惑をおかけして申し訳ありません!訴えてもいいです!」
「そんなことしなくても・・・、ところで私が住んでいるマンションがあなた達の店だったという事を知りました。」
「はい、そうです。あの頃はサラリーマンや学生達で、大いに賑わっていました。でもいつからか客足が減り、実力が無いなら店をたためと持ち主に言われ、挙句には強引に店を取り壊されました。実力が無い自分が情けない・・・。」
「その気持ちわかります、私は元銀行の支店長で妻子がいます。でも突然クビになり再就職も上手く行かず、妻の両親から無理矢理離婚させられました・・。」
「そうでしたか・・、お気の毒に。」
岩岡と主人は互いに同情した。
「でもいつか幸せな事はあると思います。」
岩岡はそういうと懐から仏像を取り出して一千万を願いながら静かに振った、突然現れた札束の山に主人は驚き椅子から転げた。
「あわわわ・・・、なんだこの札束は!!」
「おおお、きっと神様からまた店を始めなさいというお達しだ!この札束はそのおぼしめしだ!」
「本当か・・・なんてありがたい・・。」
主人は泣き崩れながら、神を拝んだ。
その後主人は家を改装し新しい中華料理屋を始めた、小さきながらも昔なじみの常連も来る温かい店になった。そして雅からは邪悪な垢が抜け落ち、笑顔を取り戻した。
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