第9話年末年始マネーラッシュ

 十一月十五日、この日も岩岡は相変わらずバイトをしていた。

「加藤君、エビカツバーガーセットの注文来たよ!」

「今日もお越し頂きありがとうございます。」

 店内に響く岩岡の声、岩岡は二週間前に広田が店長を辞めるときに広田が本部に強く推薦したことで、店長に昇格した。店長を任されてからも、岩岡は接客に徹した。

 深夜が迫る午後十時三十分、店内には岩岡と新米バイトの後藤がいた。元々二十四時間営業だって事は岩岡も知っていた、後藤が眠そうに欠伸をした。

「こら、欠伸をするな!」

「すいません、深夜のシフトが初めてなもので・・・。」

「まあ、慣れていくしかないな。おっ、いらっしゃいませ。」

 店内にきたのは身なりがボロボロで、沢山の荷物を持った男だ。髪も白髪交じりで顔も更けている。自分より年上だという事を、岩岡は直感した。

「ご注文をどうぞ!」

「・・・コーヒーを一つ。」

「コーヒーを一つ、他には?」

「以上です。」

 岩岡は変わっているなあと思った。

「百円になります。」

 男は着ていた上着のポケットから、がま口財布をだした。がま口財布は硬貨があまり入っていないのか、ほぼぺったんこだった。男はがま口財布から百円を出すと、店の角にかなり近い席に座った。後藤はコーヒーを用意して、男に渡した後こう岩岡に言った。

「あの人、低所得者というやつじゃないですか?絶対、朝までここに居座るつもりですよ。」

「加藤君、どのような事情があるにしてもお客様に失礼なことを言ってはいけないよ。」

「ごめんなさい!気を付けます!」

 加藤は陽キャラなところもあるが、根は真面目である。結局コーヒーを注文した男は、他の客からいろんなことを影で言われていたが、翌日の午前五時頃まで店内にいた。

 四日後岩岡が夜のシフトをこなしていると、また例の男が来た。

「またあの服装だ・・・、この人も辛い生活をしているのだなあ・・。」

 岩岡は男にホームレスだったころの自分を重ねていた。突然縁を切られ、初めてのネットカフェ、公園の遊具の影での就寝、ありがたみを感じた炊き出し、そして卓也との出会い・・・。岩岡の心は哀愁で満たされた。

「コーヒーをお願いします。」

 男は相変わらずの注文をして、いつもの席に荷物を置いて腰掛ける。岩岡はせめてもの慈愛でバックヤードに戻ると、自分の財布から三百五十円分の硬貨を出して、加藤君に言った。

「これ、テリヤキバーガーの単品代。」

「どうしたんですか、お金なんか出して。」

「私からのサービスしたくて、頼む!」

 加藤は了解し、テリヤキバーガーを作った。そして加藤からテリヤキバーガーを渡された岩岡は、コーヒーと一緒に男の所へ運んでいった。

「おまたせしました。」

「あの、ハンバーガーは注文していませんが・・・?」

「店長の気まぐれサービスです、気にしないで食べてください。」

 男は目に涙を浮かべると、岩岡にありがとうと一礼をしてテリヤキバーガーを食べ始めた。その食いっぷりを見た岩岡は、今までちゃんと食べたことがなかったという事を察した。

「あの、もし私でよければお話しませんか?」

「いいえ、サービスしてもらってとんでもない。」

「気にしないでください、実のところ私も今のあなたのような時期がありました。」

「本当ですか!」

 岩岡は男にホームレス時代の話をした、すると男も自分の現状について話した。

「私は中洲大志という者です、私は事業に失敗したことで嫁と息子に見捨てられ、三か月後に生活保護を受けるにまで落ちぶれました。マンションに住んでいたので出て行って、新しい仕事を探している時に住み込み派遣の仕事を見つけたのです。」

「じゃあどうして朝までここにいるのですか、職場に住んでいるというのに?」

「職場にいるのが嫌なのです・・・・、食事も部屋もあるのですがあそこにはヤクザみたいな管理人がいて、あれこれ文句を言って私達を怒鳴ります。しかもその管理人には仲間がいて、そいつらも怒鳴ります。だから住み込みと言われても居づらくて、私のように外で過ごす人がいるのです。」

「なるほど・・・、それは劣悪な環境だね。いつも所持金が少ないけど、給料は貰っているんでしょ?」

「・・・月三千円です。」

「えっ!!でも生活保護があるでしょ。」

「生活保護は貰っているのですが、私達の手取りは約一万五千円です。」

「えっ!!生活保護って月最低五万円は貰えるんじゃ・・・。」

「働くときに管理人から『お前らの生活保護の内から、家賃と水道光熱費として七割を頂く。』と言われました。」

 これは貧困ビジネスだと、岩岡は察した。毎月約二万ではまともな生活は不可能である。

「酷い職場だね・・・、でも辞められないんだろう。」

「ああ。もうホームレス生活は嫌だし、辞めたとしても再就職できるかどうか・・・。行く当てのない私にとっては、今の職場を辞めるなんて夢のまた夢さ。」

 中州はもう諦めたという顔をしていた、その後中州は店をでて仕事に戻り、その十分後に岩岡は帰宅した。


 帰宅した岩岡はあれから、どうすれば中州達を幸せにできるかを考えていた。

「今の中州達にはお金と家が無いんだよな・・・、あんなに酷い労働が辞められないのもそれが原因だ。」

 岩岡はただお金を渡すのではなく、中州達に落ちぶれる前の生活を取り戻そうと考えていた。そしてあることを思い出し、翌日その場所へ行くことにした。

 次の日、休日で町を散歩していた岩岡は柴田の所へ向かっていた。柴田弘明は近所付き合いで知り合い、アパート経営をしているが居住する人が全くいないので、近々土地を売って実家に帰ろうと考えていた。

「柴田さん、こんにちは。」

「岩岡さん、こんにちは。」

「相変わらずお一人ですね。」

「冗談じゃないよ、一人ぼっちどころか商売上がったりだ。これじゃあ廃墟に住んでいるようなもんだよ。」

 柴田は捨て鉢に言った、アパートを見た岩岡は柴田に言った。

「ここを建て直せば、まだやれるのでは?」

「そうしたいけど、金が無い。作るとしたら、もうここを売るしかない。」

 岩岡は懐から仏像を取り出して念じ一千万円を出した、その後驚く演技をして柴田に一千万円の札束を見せた。

「何だこりゃーーーーっ!こんな金が・・・どうして・・・?」

「神様が柴田さんの願いを叶えてくれたのですよ。」

「おお、ありがたやありがたや。今日は最高についているぞ!」

 柴田は飛び上がるほど喜んだ。

 十二月三十一日、岩岡は中州とその仲間達を連れて焼き肉店で忘年会をした。

「ありがとう、岩岡さん!」

「忘年会なんて何年ぶりだろう・・。」

 中州には前日に柴田のマンションの事を伝え、柴田さんにも会わせた。そして中州も柴田も互いに得をし、そのお祝いで忘年会をしていた。

「ありがとうございます、岩岡さん!おかげでみんないい年末年始が過ごせます!!」

「お礼はいいよ、それよりこれを正月になったらみんなにな。」

 岩岡が中州に渡した封筒には一人十万円のお金が入っていた、そして新しい年の訪れがテレビで告げられた。

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