第8話親の影法師

 卓也が遠野に引き取られていって一年が経った、あれから岩岡は変わらずに一人暮らしをしている。生活ルーティンは変わらないのはいいが、実は七福神からの借金が滞っている。

「この所、金に困っている人を見ていないなあ・・・。まだ五億以上も残っているのに、俺はこのまま地獄送りか?」

 岩岡は布団の上でぼやいた、すると響きのいい音と一緒に弁財天が現れた。

「岩岡さん、こんな所で寝ぼけていて大丈夫ですか?」

 岩岡は弁財天の声を聞いて、子供のように飛び起きた。

「弁財天様!!」

「そう驚かなくてもいいですよ、それより最近幸せが届いていなかったので、様子を見にきました。」

「ああそうか・・・、最近金に困っている人を見かけなくなったからなあ・・・。この国じゃあ、たいていの人間は必要最低限の金は持っているからなあ・・・。」

「なるほど、では他人ではなく親族を当たってみてはどうでしょうか?」

 弁財天の言葉を聞いた岩岡は、去年離婚した恵と娘の文香を思い出していた。離婚してから、一度も会ったことがない。

「親族か・・・、もしかしたら困っているのかもな。」

「あなたの父母とか兄弟とか・・・。」

「私は一人っ子で、両親は二人ともすでに亡くなっている。」

「そうでしたか、それではあなたに幸せの道しるべを示します。」

 弁財天は岩岡に琵琶を向けると、神秘の音楽を奏でだした。

「いい曲だなあ・・・。」

「・・・どうやらあなたの所に、身近な人がやってくる。という道しるべが出ました、それではまた幸せ集めを続けてください。」

 そう言って弁財天は消え去っていった、今日は休日なので特にやることは無いのでこのまま過ごすことにした。

 翌日、その日は土曜日だったのでいつも以上のお客が来店していた。岩岡は必死に、レジのボタンを連打していた。そして午後三時三十分、客足も落ち着き岩岡がほっとしていたところに、五人組の女子高生が来店してきた。

「うわあ・・・、ありゃスケ番ってやつか・・。見たのは中学以来だなあ・・。」

 五人組の女子高生は制服をちゃんと着ていたが、髪は明らかに染めていて耳にピアスをしていた。

「あのー、チーズのセット三つとテリヤキバーガーセットとビックセット、おねがーいしやーす!」

「かしこまりました。」

 若者の口調に少し困惑しつつも、岩岡は会計を進める。岩岡はふと、自分をじっと見つめる女子高生に気づいた。そして注文を届けた時・・・。

「お待たせしました、こちらになります。」

「ふみっちーーっ!」

「シーーーーーっ!」

 女子高生は後ろの四人に「静かに」と合図を送ると、「ありがとうございます」と言って四人の方向へ行った。しかし、岩岡はこの時点で察していた。

「あれっ・・・まさか文香!いや、人違いかな。・・・・でも私の事じっと見ていたんだよなあ・・。」

 岩岡はレジの前で平然を装っていたが、内心はパニックだった。まさか自分がいない間に愛娘がこんなことに・・・、何があったか知りたかったが突然のことに、この日岩岡は文香に何も言えなかった。そして五人組の女子高生は、最後までペチャクチャ会話しながら店を後にした。岩岡は帰路を歩いている間、文香のことを考えていた。

 そして翌日のお昼が近づいてきたある日、あの女子高生・文香が来店してきた。この時岩岡はホールでの作業をしていたが、岩岡の後輩にあたる加藤がホールに言って岩岡に言った。

「岩岡さん、あなたに会いたい人が来ているそうです。」

「・・・そうか、来たんだな。なら、会おう。」

 岩岡は全てを理解した。

「岩岡さん、もしかしてあの女の子は、岩岡さんの・・。」

「皆まで言わなくてもいい、大丈夫だ。」

 岩岡はそう言ってレジ前に出た、文香は岩岡の顔を見て目に涙を浮かべた。

「パパ、また会えたね・・。」

「文香・・・、いつからそんなふうになってしまったんだ?」

「パパが家を出てから五ヶ月後、高校に入学してから。」

「学校では上手くやっているのか?」

 そう尋ねると、文香は首を横に振った。

「どうして、誰かからいじめられているのか?」

「違う、もともと行く気が無かったから。」

「ん?どういうこと?」

「本当はアナウンサーになりたくて、高校はD校を目指していたの。でも祖父母が「自分達の母校がいい!」って、凄く無理矢理にその高校に志望を変更されたの。」

 あの夫婦は相変わらず、家族の事には強引だな・・・。孫娘の将来すらも思い通りにするなんて・・・。

「それでグレたのか・・。」

「失礼ねパパ、これは私の意志なの。もうあんなジジイとババアの思う通りにはならないというね。でも、出来れば学校はもう辞めたいな。」

「どうして、前に一緒に来ていた友達がいるのに?」

「あれは付き合い、高校生になってから友達は一人もいない。中学時代の友達とは、離れ離れになっているし・・。」

「そうか・・、苦労しているんだな。」

「私、高校を卒業したら自分で入る大学を決めたいんだ。でもやっぱりあのジジイとババアがあれこれ言ってきてそれでケンカになって、「自分の望む大学に行くなら、学費は出さない!」とまで言われた。だったらそうするつもりなんだけど、ママのお金と私のバイト代を集めてもとても足りなくて・・。」

「ちなみに、文香が行きたい大学の具体的な学費はいくら?」

「・・・七十万円、私とママの貯金が二十万・・・。もう全然足りない。」

「そうか・・。よし、ここはパパに任せてくれ!」

 そういうと、文香はおかしそうに笑いだした。

「・・・何か変だったか?」

「当たり前じゃない、だってホームレスで今バイトしているパパに、五十万を出す余裕は無いよ。」

「実は運よくマンションを見つけたんだ、今はそのマンションに住んでいる。」

「凄い・・・、でもやっぱり五十万は無理だと思うよ。」

「じゃあ、明日少なからずだけど仕送りをするよ。」

「本当!まあ、あまり額は期待しないけど。それじゃあね。」

 文香はそう言うと、茶色く染めた髪をさっと翻して帰っていった。


 二日後、岩岡は手紙と仏像から出した三十万を入れた封筒を持って、元マイホームにやってきた。岩岡がインターホンを押すと、修司が玄関に出た。

「お前は武!!今更家に何しに来た。」

 修司は岩岡を見るなり、鋭い目つきになった。

「元嫁と娘に仕送りをしに来ました。」

「ほう、別れたというのに随分家族思いなのだな。」

「パパ!本当に来たんだね・・。」

 文香は家に戻ってきた、岩岡を見て驚いた。岩岡は文香に封筒を渡すと、足早に帰ろうとした。

「パパ、上がらなくていいの?」

「文香!!もう関係ない人を、家に入れるな!!」

 修司は文香に怒鳴った、岩岡はそれをなだめて帰っていった。文香は自分の部屋で封筒を開けると、凄く驚いた。そして岩岡からの手紙には、短くこう書かれていた。

「パパではなくなったけど、何時でも会いに来てくれ。また三人で出かけよう。

                                 岩岡武」

 その手紙には岩岡の住所も書かれていた、そして文香の心に岩岡の影法師が降りた。



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