第7話立ち上がるための糧

 岩岡がM小学校に押し掛けてから翌日、出勤していた岩岡は偶然登校中の大木君に出会った。

「岩岡さん、久しぶり。」

「ああ、大木君じゃないか。学校生活は上手くいっているのか?」

「うん、ところで昨日学校に来てたんだよね?」

「ああもちろん、ちなみにその後どうなったの?」

「あの後募金はやらなくなって、校長先生が変わったんだ。クラスのみんなは、岩岡さんの事を「七福ヒーロー」って呼んでる。」

 おそらく募金ノルマの事が警察から町の教育委員会に伝わり、校長先生はクビになり新しくなったのだろう。

「ところで卓也君はまだ、学校には来ないの?」

「・・・まだ、気持ちの整理が出来ないみたい。もしかしたら、もう今更行っても依然と同じに・・・、なんて思いこんでいるかもしれない。」

「そうか・・・、おっ!もう行かないと、じゃあね!」

 大木君は学校を目指して走り出した、その後岩岡はハンバーガーショップへと向かい、バイトを始めた。

「いらっしゃいませ。」

 岩岡がレジ前で言うと、六十代後半のカジュアルな服装の女性が現れた。女性は岩岡の制服についた名札を見て、あっとした顔で岩岡に近づいていった。

「あの、岩岡武さんですか!」

 岩岡はきょとんとした後、返事した。

「はい、私は岩岡武です。」

「お願いします、卓也を引き取らせて下さい!!」

 女性は叫びながら頭を下げた、岩岡は顔を赤らめ慌てふためいた。

「今、このような話は・・・。」

「お願いします、お願いします!」

 何度も言う女性、お客からは「あの店員とおばあちゃん、どんな関係なの?」と、ひそひそ話ながら見ていた。

「岩岡君、ここは任せて。・・・お客様、お気持ちは分かりますが今は注文を・・・。」

 広田が間に入った。女性は顔を上げると、ようやく自分が好奇の眼に晒されていることに気が付いた。

「これはすみません。あの、もしよければこの後岩岡さんとお話してもいいですか?」

「うーん、岩岡はどう思う?」

 広田が岩岡に聞いた、この女性は「卓也」の事を知っている、もしかしたら私の事を探していたのかもしれないと、岩岡は感じた。

「会ってもいいですよ、ただ午後五時まで待っていただかないと・・・。」

「わかりました、午後五時にまた伺います。」

 その後、女性はポテトSサイズを持ち帰りで注文し店を出た。そして午後五時、岩岡が帰るときにあの女性が待っていた。広田から「気を付けろよ。」と言われてはいたが、岩岡はこの女性にはあまり悪い印象は見えなかった。

「それで話と言うのは何ですか?」

「私は遠野富士子といいます、卓也の祖母でございます。」

「なんと!大輔さんの母でございましたか・・・。」

「いいえ、私は母の方・香里の母でございます。」

「ああ、これは失礼。それで卓也君を引き取りたいというのは、どういうことがあって言っているのですか?」

 遠野は咳ばらいをすると、次のような話をした。

「大輔が交通事故で亡くなりました、それで志野と卓也の将来について両家で話し合った・・・、というより一方的に私側に押し付けられたと答えたほうがいいでしょう。」

「どういうことですか?」

「私の娘の香里は、姑と舅から酷くいびられておりまして、私の所によく泣きついてきました。そんなある日、香里が実家の部屋で首を吊っていました。そして部屋の机には(あの家には戻りたくない。卓也・志野、勝手なことをしてごめんなさい。)と書かれたメモがありました、私は姑と舅にいびりについて怒りましたが「そんなこと言われても、自殺は本人の責任でしょ?」と言われて全く話になりませんでした・・。」

「それは信じられない事ですね‥。」

「はい、それで私も絶縁することにしたのですが・・・、その条件として子供たちを引き取れと言ってきました。」

「なるほど、それで私を探していたという事か…。」

 そして岩岡と遠野は自宅に着いた、そして中へ入ると中にいた卓也が遠野の姿を見て驚いた。

「婆ちゃん・・・。」

「卓也!会いたかったわ!」

 遠野は卓也に親愛の抱擁をした、卓也は遠野の腕の中で笑みを浮かべていた。

「卓也、これから話があるからリビングに座って。」

 卓也は頷くと席に座った、そして岩岡と遠野はかわるがわる卓也を遠野が引き取ることについて説明した。

「つまりこれからは、岩岡さんと離れ離れになるという事?」

「そう、姉の志野も遠野さんが引き取るということになったから、卓也も来た方がいいという事。」

「嫌だ、岩岡さんがいい。」

 卓也は静かにはっきりと言った。

「どうしてだい?」

「だって僕の事ちゃんと見てくれたの、岩岡さんだけだったから。遠野さんも死んだ父さんみたいに・・。」

「そんなことない!志野は志野、卓也は卓也として、面倒を見る!どちらかをえこひいきなんてしない、ちゃんと二人とも愛して見せる!」

 遠野ははきはきと訴えた、しかし卓也の顔はまだ納得しない顔である。

「卓也、君は今の君が好きか?」

「・・・いや、嫌い。」

「だったら変わるしかない、今の状況を変えるためにも私の所にいるべきではない。」

「うん・・・・。」

「勇気が湧かないか・・・。」

 岩岡はしばらく腕組をして考え込んでいたが、急にひらめくと懐から仏像を取り出して、四十万円を出した。

「岩岡さん、どうしたの!?」

「この四十万を君に預ける、そして君はこの四十万を好きに使ってほしい。これは君の夢のための金だ。」

「夢のための金?」

「そうだ、生きていくうえで夢は大切だ。生き続ける目標であり、悪行を働かないためのブレーキになる。夢がないと、生きていくうえできついぞ。」

 岩岡は熱い口調で卓也に言った。

「じゃあ、目指してもいいの?」

「ああ、目標があるのか?」

「俺、鉄道の運転手になりたいんだ。電車が好きだから、みんなを乗せて運転したいって・・。」

「あら懐かしいわね、卓也が四・五歳の時『僕、電車を動かして婆ちゃんを運んであげる』と、胸をはって言ってたわね。」

 遠野が言うと、卓也は恥ずかしくなった。

「そうか、じゃあそれを目指すためにも遠野さんと一緒に暮らせるか?」

「・・・・・うん、そうする。」

 卓也は沈黙の後、大きな声で宣言した。そして岩岡と遠野は、その決意に賞賛の拍手を送った。


翌日、卓也は半年ぶりにM小学校に行った。引きこもり始めたのが小学四年の二月、それから卒業式も入学式も遠足も顔を出さず、とうとうこれがM小学校に行く最後の登校となった。岩岡と遠野もついていき、担任の先生に事情を話した。

「そうですか、神奈川へ・・。」

「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」

「いいですよ、それが卓也のためなら。でも、みんなにお別れを言えないのが残念ですね。」

 今は八月、学校には僅かな人数の先生しかいない。

「あの、これお別れの手紙です。」

 卓也は先生に、一枚の原稿用紙を渡した。

「わかった、二学期の始業式に必ず読むよ。」

「ありがとうございます。」

 そして三人はM小学校を去った。

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