第5話マザコンとメンヘラ

 正午をすぎた頃、岩岡は例のハンバーガーショップに来店していた。とりあえず注文をした直後に店員に聞いてみた。

「あの、こちらにバイト募集のお知らせがあると知ってきたのですが・・・。」

「ああ、希望者ですね。今、店長を呼びますね。」

 すぐに店長が来た、広田益夫という名前だ。

「あの、私こちらでバイトがしたいと思っていまして・・。」

「わかりました、では履歴書を用意してください。来週の・・・木曜日の午前十時に面接を行います。」

「あっ、はい。かしこまりました。」

 その後、岩岡は注文したハンバーガーを食べ終えると店を出た。

「さて、履歴書を作るか・・。」

 岩岡はその後文具店で履歴書用紙を買うと、マンションに戻って来て作業を始めた。それから二十分後、完成間近というところでインターホンが鳴った。

「誰だろう・・・。」

 岩岡が玄関に出ると、かなり濃い目のおしゃれをしたマダムがいた。

「あの私、お隣の神山千里という者でございます。」

「ああ、お隣さんでしたか。初めまして、岩岡武です。」

「お願いします、あなたが七福神から授かったという力を、私に貸して下さい!」

 岩岡はドキッとした、今だ入院中で仏像を盗み出した伸弥の一件以降、岩岡は人付き合いに用心するようになったからだ。

「・・・どういった要件でしょうか?」

「息子の恋人が、息子の元から離れるようにしてください。」

「・・・わかりました、詳しく知りたいのでお上がりください。」

 岩岡は神山を家の中に入れた、そして神山は事情を話した。

「私の息子・正人に恋人ができたというのを知ったのは一か月前の事、恋人の名前は菊知直美と言ってそれは可愛らしいと息子から聞きました。直美さんはもう私以上に正人にくっついて、最初は嫉妬していましたがだんだん息子が懐いていくのを見て、彼女は正人に悪影響を与えるのではと不安を感じるようになりました。」

「なるほど、私はあくまで金銭的面でしかあなたを助けてあげられません。どうしてあなたには、お金が必要なのですか?」

「それが正人が言うには、『直美を手放したくはない、直美と一緒にいるにはお金が必要だ!』ということで、二週間まえから金をねだるようになりました。息子は有名企業に勤めているので多少は困らないと思っていたのですが・・。私が一度断ると昔弾いていたギターと集めていた漫画をホビーショップで売ってまでお金をつくりました。それで昨日も金をねだりき来たのでございます。」

 おそらく正人か直美のどちらかが、金の無心をしているのだろうか・・・。

「その時に大金を渡す代わりに、直美と別れるよう誓約書を書かせるつもりです。」

「あの、それってやり方が・・・。」

「そういうのはどうでもいいの!私は正人に立派な大人になってもらいたいのよ、父のようにはさせたくないのよ・・・。」

 どうやら神山はバツイチらしい。

「わかりました、明日お宅に伺ってもいいですか?それでできれば、正人さんとお話がしたいのです。」

「わかりました、ではまた明日。」

 神山はあっさりと帰っていった。

「やれやれ、お金で別れさせた所で解決するのか・・・?」

 岩岡は頭をリフレッシュさせるために、布団の中に入っていった。


 翌日、岩岡は神山の家に来た。

「いらっしゃい、岩岡さん。こちらが、息子の正人です。」

「ママから聞いています、初めまして。」

「こちらこそ。」

 神山家の中はかなり洋風に飾られていて、ヨーロッパのどこかの家庭に来たかのようだ。千里が紅茶とお菓子を用意し、話し合いが始まる。

「正人さん、直美さんはどういう方ですか?」

「可愛いだけでなく、僕のためになんでもする女性です。今同棲してるんですが、家事は全部彼女が進んでやってくれます。」

「いい彼女ですね。」

「ただ、困ったことがあって・・・。職場とプライベートの人間関係を、全て監視されているんですよ。」

 それはもう、完全にメンヘラである。

「さらに『この世で一番好きな人は誰?』と質問された時、僕はママと言いました。そしたら直美は僕に詰め寄って、『何で私じゃないの!』とわめきました。」

「きっと直美さんは、あなたに一番好かれたいのですよ。」

 と岩岡が言うと、正人が言った。

「僕はママも直美さんも好きで、どうして二人が揉めているのか意味が解りません。」

「じゃあ、ママか直美さんのどちらかと離れなければならなくなった時、どっちと離れる・・・?」

 岩岡の質問に、正人はしばらく黙り込みながらも答えた。

「だったら・・・ママかな・・?」

 やはり長く世話になっている母親がいいという事だ、おそらく正人と直美を結ばせたところで、あまり仲がいい夫婦にはなれない。岩岡は二人の未来の幸せのためにも、別れるべきではないかと思った。

「正人さん、やっぱり千里さんと直美さんは一緒にはいられません。二者択一の通り、どちらか一つをとるべきです。」

「・・・・分かりました、僕は・・・・ママをとります。」

「正人!!嬉しいわ、ありがとう!」

 千里はかなり大げさに正人を抱きしめた、やはり息子に溺愛している。

「それで、直美と別れるためにはいくら必要ですか?」

「そうですね・・・、恋愛を踏み潰すとなると・・・・、百万円は越えますね。」

「そうなのよね・・・、納得しないと向こうがヒステリーに任せて、かなり無茶苦茶なことをいいますからねえ・・。」

「取りあえず、一千万円でどうかな?」

「わかりました。」

 岩岡は持ってきた仏像を懐から取り出すと、念じながら仏像を振った。

「なんとあらま!!」

「嘘だろ・・・、ホントに札束が出てきた。」

 千里と正人は、突然現れた札束をみて口をあんぐりとした。

「これでいいですか?」

「・・・ええ、ありがとうございました。後は直美さんに離婚届を書いてもらうだけです。」

「そうですか、では私はこれで。」

 岩岡が立ち去ろうとした時、千里に呼び止められた。

「あの、用意はこちらでしておきますので、現金と離婚届けを渡してください。」

「分かりました、それでは二日以内に用意をお願いします。」

 岩岡はそう言って去っていった。


 そして翌日、準備が整ったと千里から連絡があった。岩岡は千里から一千万円が入ったスーツケースと離婚届が入った封筒を受け取り、近くの喫茶店に呼んであるから行くように指示された。岩岡が喫茶店に入ると、清楚な黒髪の似合う美人がいた。

「すいません、直美さんですか?」

「はい、そうです。」

「正人の代理の岩岡武です。」

 岩岡は席に座りコーヒーを注文、そして直美さんに正人が別れたいという気持ちだという事を伝えた。すると直美さんは、笑いながら涙をこぼした。

「結局、恋愛は母への愛には敵わないということね・・・。」

「こう言うのは間違っているのですが、もしあなたと正人さんが結婚したら必ずいい家庭にはならないでしょう。」

「・・・そうね・・、私は理想通り自分を愛してくれる人がいい。正人はそうじゃなかっただけだもの・・・。」

 直美は本当に泣き出した。十分間号泣した後、注文が届く前にスーツケースと封筒を持って店を出た。


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