第10話 紅倉の霊視1
『勝手な約束をしてえ』
と紅倉は文句を言ったが、三津木の要請に応じて中央テレビまで来てくれた。もちろん芙蓉の運転する車で、芙蓉も一緒だ。
場所は第8会議室。番組の制作会議に使う、高校の生徒会室をちょっと広くしたくらいの小さな部屋だ。
紅倉と芙蓉が到着すると、既にちゃっかりカメラがセッティングされていた。
「やあ、先生。突然、どうもすみません」
厚顔無恥な三津木を紅倉と芙蓉は一緒に睨んだ。
部屋には撮影のスタッフ5名と、三津木、そして猿山と蟹沢がいた。
紅倉は人と接近するのを嫌がる。長机が2つ、会議の時のまま離れて並べられ、それぞれに、蟹沢と猿山、芙蓉と紅倉、がパイプ椅子に座って向かい合った。
紅倉は半眼で向かいの猿山を眺め、
「フン」
と鼻から不機嫌そうに息を吐いて、しゃべり出した。
「霊っていうのは目で見る物ではないわ。頭で見るのよ。偉ーい学者の先生の言うように、幻よ。しょせん幻だから、頭で頑固に、
『幽霊なんかいるわけない』
と思っている人間には見えないわ。
じゃあそういう人にどうして黒い影や、血まみれの空手家みたいなおじさんが見えるようになったかって言うと、それだけ外部の霊に脳を浸食されているってわけよ。
生きている人間の中にも幽霊はいる。幽霊って言い方はしないで、霊体とか魂とかって言い方をするけれどね。
普通生きている人間は自分の霊体を見ることはない。自分の幽霊を見ちゃったら、それはドッペルゲンガー、自分はもうじき死ぬって合図よ。
あなた、自分の幽霊は見たことある?」
紅倉は意地悪に歪んだ笑いを浮かべて訊き、猿山は不愉快そうに
「ねえよ」
と答えた。
「けっこう。よかったわね?あなた、まだ死期は先みたいよ?」
三津木は、おや? と思った。なんだ、死なないのか、と。
紅倉は、
「あ、でも、鏡を見て、なんか自分が自分じゃないみたいに感じない? それはね、霊体が外へ半分出かかってる症状だから、気をつけた方がいいわよ?」
と意地悪に笑い、また不愉快な顔に戻ると続けた。
「はっきり言うとね、あなた、相当ヤバい悪霊に取り憑かれているわよ。もうね、最悪。救い様がないわね。ま、自業自得だから、しょうがないわね?
生きている人間にはたいてい守護霊って言うのが付いていて、悪い霊からその人を守ってくれているのよ。うーん……、多くの場合、4、5代前くらいの先祖がついていてくれるみたいだけど、ぜんぜん無縁の人の霊だったり、まれに外国人だったりもするから、特に決まっているわけではないようね。ま、相性なんでしょうね。霊の方が、この人間の守護霊になってやろう、って選んで付いてくれるみたい。
で、あなたの場合、やっぱり4、5代前のご先祖様ね。うん、なかなか立派な人だったみたいね。霊格の高い、強い霊だったわ。
あなた自身も、なかなか強い魂をしているわね。霊体が強いのと霊感の有る無しは関係ないから。
で、あなたは半年以上も経って、幽霊らしき黒い影を見るようになって、とうとう血まみれのすごい霊を写真を撮るまでになったのね?
幽霊が見えるようになったのはそれだけあなたの頭が幽霊に浸食されてきたから。じゃあそれまでなぜ見えなかったのかと言うと、あなたの頭がそんな物を拒否していたのと、守護霊が悪霊の攻撃からあなたを守ってくれていたからよ。あーあ、守護霊様が一生懸命戦ってくれていたのに、あなた、神も仏も信じない、って考えでしょ? あらら、命がけで戦う甲斐がないわねえ。
あなたの守護霊は悪霊たちとの戦いに敗れた。
あなたが写真に撮った血まみれの男性の幽霊は、あなたの守護霊の断末魔の姿よ」
猿山は目を剥いて真っ青になった。
「あなたに完全に取り憑いた悪霊が、あなたに守護霊の死に顔を写真に撮らせて、世間へさらし者にさせたのよ。
あなたはまんまと、自分の最大の味方を、自分の手で辱め、貶めたのよ。
お気の毒に、さぞや無念だったでしょうねえ」
猿山はいつもの「ケンカモード」に自分を持っていこうとしたが、駄目だった。
紅倉は半眼で、フン、と無慈悲に笑った。
「あなたは霊的にまるっきり無防備で、悪霊たちの思うがまま。こうなってはもう、手の施しようがないわね。諦めて運命を受け入れなさい」
「ふざけ……」
んなよ、という言葉を紅倉の不機嫌きわまりない目に睨まれて飲み込んで、猿山はがっくりと肩を落とした。
ここまでの紅倉の説明、以前なら「くだらねえ」とせせら笑って、心霊なんて物がいかにくだらない思い込みの勘違いか畳み掛けてやるところだが、紅倉は最初から「幽霊は幻」と言い切っている。つまり、信じる信じないはあなた次第、勝手にしなさい、ということだ。そして猿山は今、信じることを拒否できなかった。
「頼む…… 頼みます……」
猿山は背筋を伸ばして、頭を下げた。
「助けてください。俺は……死ぬわけにはいかない……。妻と、生まれてくる子どもがいるんです。ここで、こんな状態のまま終わるわけにはいかないんです。どうか、助けてください。お願いします」
となりで蟹沢は痛々しく見ていたが、紅倉に目を向けると、「お願いします」と一緒に頭を下げた。
紅倉は迷惑そうに
「もう手遅れだって言ってるんだけどなあ」
と顔を逸らしたが、しつこそうな二人と、期待感満々の暑苦しい三津木の視線と、芙蓉の「どうします?」という哀れみの視線に、面倒くさそうにため息をつくと、
「どういうことになってもわたしを恨むんじゃないわよ? みんな、あなたのせいなんですからね?」
と猿山に念押しし、
「番組にしたいの?」
と三津木に嫌な目で問い、
「そりゃあまあ、せっかく取材するならお蔵入りにはしたくないですねえ」
そこんとこよろしく、と拝まれて、ハアー……、と、げっそりしたため息をついた。
「じゃあねえ、第一テレビに話を通して、制作会社のVTR、見られるようにして。ロケに参加したスタッフたちにも会えるように。それと、北条百依さん、彼女を捜して」
「捜す?」
「多分ね、」
紅倉は殺伐とした目を外に向けた。
「彼女が一番ひどくやられているわ。取りあえず直接邪魔な二人だったから。生きているとは思うんだけど……」
「分かりました。手配します」
三津木は早速オフィスへ走っていった。
三津木がいなくなってしまうと進行の方向を失って、手持ち無沙汰で居心地の悪い雰囲気に支配された。
芙蓉はまったく空気を解さず紅倉に訊いた。
「先生。この人に悪霊が取り憑いているなら、今ここでお祓いしてしまうということではいけないんですか?」
そうだよ、と猿山と蟹沢は紅倉に期待の視線を向けた。対して紅倉は、
「それは駄目」
とあっさり却下した。しかしすぐに考え直し、
「いえ、それでいいんなら、いいわよ? いい?」
と猿山に訊いた。猿山は、
「それじゃあ何か拙いんですか?」
と意地悪な紅倉に恨みがましく問い、紅倉は、
「すっごく拙いのよ……多分ね」
と脅し、後は黙ってしまい、部屋はまた沈黙に包まれた。
20分ほどして三津木が帰ってきた。
「お待たせ。第一テレビさんの関係は、ま、なんとか、協力してもらえると思います。北条百依さんの方ですが、連絡がつきません。こっちは直接行ってみないとなんとも分かりませんねえ」
「VTRは今どこに?」
「Vメディア……ロケをした制作会社にあるそうです」
「じゃあまずそこ。急いだ方がいいみたい、わたしも北条さん同様『敵』としてマークされちゃったから」
一同は急ぎ駐車場へ向かった。
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