第5話 霊との対決

 猿山一郎は何者に対してもまずはけんかを売るのが売りだ。

 どうやら幽霊というのはいるようだ、

 と思うようになると、

 これは一つ、けんかを売ってやらねばなるまい、

 と考えた。

 いったんそう考えてしまうとその考えに取り憑かれたように夢中になってしまった。

 怖い、という思いもあったが、持ち前のひねくれた理屈で、

 誰が幽霊は怖いものだと決めたんだ?

 と考え、

 生きてる人間とどう違うってんだ? なめんじゃねえぞ?

 と思ってしまった。


 猿山は「パワーボタンを押して即撮れる」という小型デジカメを購入し、常に持ち歩いた。

 気配を感じるとさっと後ろに構えて撮り、撮れたか?と思うと、廊下など実際そこに人が立っていて驚かれたりすることもあった。

 鏡を見る時はまずカメラを向けて鏡越しに背後を撮った。黒い影に気づいてからカメラを構えたのではその時点で隠れてしまっているからだ。

 なかなか影は写らなかったが、しつこく繰り返している内に何となく呼吸のようなものが掴めてきて、

『おっ、これは?』

 と思える物が撮れるようになってきた。しかしそれも、さっ、と移動する残像がかすかに残った程度で、

『ちくしょう、なかなか尻尾を掴ませやがらねえなあ』

 と、満足のいくものではなかった。


 しかし、とうとうその時が来た。

 テレビ局へ「猿山の登ってこい!」収録の為に入り、本番前、いつもの習慣でトイレに入った。

 用を足しながら、さあて今日の奴はどう料理してやろうかな、と考え、洗面台で手を洗い、

『おっと、忘れてた』

 と、半分条件反射的にカメラを鏡に向け、ボタンを押した。設定でフラッシュはオフにして、後はオートにしている。

 シャッターを切った瞬間、

『うん?』

 と、思わず鏡の中の背後を覗き見た。後ろは2メートルほどの距離で白い壁があるだけだ。昼間なので窓明かりだけで、個室の影で薄暗くなっている。

 何かもっと黒い物が、自分のもっと近い背後に見えたような気がした。

 慌てて撮影した画像を確認すると、


 それは写っていた。



 猿山は自分の個人ブログに写真を掲載して記事を書いた。


『やっべ、撮っちゃった。


 いたんだな、幽霊。


 ”幽霊なんているか!”


 なんて言っちゃって、ゴメンなさい。』


 写真は下へ視線を向けて無防備にボケッとした猿山の白っぽくぼやけた顔と、その左の背後に、黒い物がかなりはっきり写っていた。たまたま偶然なのだろうが、機械がどう判断したものか、その黒い物にピントがぴったり合ったようだ。

 輪郭が赤くにじんでいる。

 真っ黒と思われた物は、実は血まみれの男性であるようだった。

 劇画に出てくる空手道場の道場主みたいな、総髪を後ろに流し、白い道着を着た、50がらみの険しい顔つきの男が、大量の血を頭からバケツで被ったみたいに赤く濡れて、くわっ、と目を見開いてカメラを睨んでいる。

 記事の続き。


『あれえ?


 でも『さわり地蔵』の幽霊って、ばあさんとねえちゃんじゃなかったっけ?


 別件の幽霊?


 やだなあ、俺が幽霊の悪口言ったの、あれだけだぜ?


 まあ、ともかく、ゴメンネ?』


 写真に写った暗い影の顔といかつい肩は、やはりどう見ても男性だった。


 夜中記事が掲載されるや、たちまち数十件のコメントが寄せられた。


>おいおい、もう無理矢理な話題造りはいいだろう?

>見損なったなあ

>いや、これ、本物だろう?

>またおカルト信者が調子づいちゃってるよ

>この顔のおっさんを捜せ!

>これが本物なら……よく撮ったなあ

>シチュエーションがよく分からん


 コメントを受けて猿山は追加記事を書いた。実は以前から背後の視線が気になっていて、鏡越しの背後に黒い影を見るようになり、それで写真を撮るようになった経緯を書いた。


>マジ? やっぱり取り憑かれていた!?

>幽霊にもけんかを売る奴(笑)

>すげえよ。ふつう怖くてできねえよ

>猿山呪い確定

>のわりには絶好調だよな?

>とにかく「さわり地蔵」はガセ決定

>実はすごい霊感の持ち主?

>猿山再リスペクト

>幽霊がかわいそう(笑)


 猿山の撮った「心霊写真」の真偽については半々だったが、ネットは大いに盛り上がった。



 婚姻届を出して晴れて「猿山真弓」になった妻は、妊娠4ヶ月に入り、だいぶお腹が目立つようになった。

 今や人気タレントの猿山は「おめでた結婚」を報じられ、記者に囲まれてインタビューを受け、らしくないおのろけ顔を映されていた。

「ヨメさんは俺がぜんぜん稼げない時期をずっと支えてくれた大事な人なんでね、これからはヨメさんと生まれてくる子どもの為にじゃんじゃん稼がせてもらいますよ」

 ついついにやけてしまいながら答え、猿山は幸せのまっただ中にいた。



 そんな猿山に、霊能師北条百依が電話してきた。

『ブログの写真、みました』

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