第6話 2つの企画
『ブログの写真、視ました』
電話でそう言われて、猿山は嫌な気分がした。
自分としてはブログに発表した時点でこの話はおしまいと思っていた。
霊の存在うんぬんは置いておいて、もうそういう話はいいや、と。
「その節は失礼しました。もうああいう発言は慎みます。済みませんでした」
猿山としてはこの謝罪で話をおしまいにしたかったのだが。
『あなた、事態の重さが分かってませんね。あの写真を撮った同じ日に、Vメディアの人たち全員、交通事故に遭って首を傷めているんです』
「え?」
それは初耳で、さすがに気になった。
「本当ですか?」
『もちろんです。中でも重傷者が8名いて、O公園のロケのスタッフたちです』
「そうなんですか」
胡散くせえなあ、と思った。自分の撮ったのは男の幽霊で、O公園にいるのは女の幽霊のはずだ。自分のは別件だろう。
疑う気配を敏感に察して北条は反論した。
『あの辺りは江戸時代、処刑場がありました。あなたに取り憑いているのはそこで命を絶たれた罪人の霊でしょう』
とってつけたような、と思った。猿山は霊能師という人間たちの能力をあまり評価していなかった。幽霊はいると信じようになった今だからこそなおさら、
霊に取り憑かれちゃって精神を患ったかわいそうな人たち、
と見下す考えを持っていた。
これ以上関わりたくないなあと思いながら訊いた。
「それでは、僕はどうしたらいいんでしょう?」
『Vメディアの人たちはもう一度あの場所をロケして、今度はきちんと謝罪して、それを番組で放送してもらって、霊たちの許しを得たいと考えているそうです。あなたにも事務所の方に話が行くと思いますが、わたしからも是非参加するようお勧めします』
めんどくせえ、やりたくねえなあ、と思ったのだが。
『お子さんがお生まれになるんですよね?』
カアッとした。
「それがなんの関係が……」
はたと気づいて、ますます怒りが募った。
「……子どもに影響があるって言うんですか?」
『あるのではないかとわたしは恐れています。ですから是非、ロケに参加してください』
猿山は迷った。
幽霊なんか怖くない。自分に取り憑いているらしい血まみれの男の霊だって、ただ怖そうな成りをしているだけで、別にそれらしい悪いことも起きていない。幽霊がなんだと言うのだ? ただの死人の影じゃないか?
猿山は「超能力」というものも信じてなかった。ただの手品だ。呪いだの祟りだの、生きている人間が持たない「超能力」をなんで死人が持ってるんだ? と思っている。
幽霊が出来るのはただ、人を怖がらせて、精神をおかしくさせることだけだ、
と理屈人間の猿山は考えていた。
この北条がその哀れな被害者だ。
「それ、番組としてやるんですね?」
『きちんと放送して謝罪しなければ霊は納得しないでしょうから』
「分かりました。じゃあ、正式に番組からオファーが来たらお受けすることにします」
『そうですか。安心しました。何しろあなたが一番霊たちに恨まれているでしょうからね』
「はあ。お世話かけます」
電話を終えて、猿山はムカムカして仕方なかった。
このパラノイアおばはんが。
これ、ドッキリなんじゃないか?
とも疑った。どうもO公園はあれ以来イタズラがひどいらしい。まあ、そのことには責任を感じて申し訳ないと思うが、そもそもガセの怪談話を流布した奴らが悪い。自分はそれを潰してやっただけだ。今更そんな「偽物」の祟り地蔵に頭を下げて、それをわざわざテレビで放送するなんて。事故に遭って首を傷めたという話も嘘くさい。みんなグルになってるんじゃないか?
北条百依はどうだろう?
この霊能師のおばはんは本気で信じてるんだろうな。かわいそうに、テレビの連中に騙されて、いいように使われているんだ。
しょうがねえ、ドッキリならドッキリで、それなりの対応をしてやるまでさ、
と、猿山は考えた。
猿山の元相棒蟹沢健二は、猿山のレギュラー番組が決定したのを機に、2月、別の芸能事務所に移籍していた。コンビの「サルカニガッセン」は昨年10月に解散していた。
地味ながら堅実に活動していた蟹沢が、仕事のつてを頼って「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」チーフディレクターの三津木を訪れた。
「どうも、初めまして」と挨拶を交わして。
「三津木さんは心霊の専門家ですよねえ? 専門家から見て、O公園のさわり地蔵は、どうなんでしょう? 本当に祟りがあるんでしょうか? それとも…………」
「O公園のさわり地蔵ねえ……」
三津木は専門家と持ち上げられて気分を良くしながら、もったいつけて言った。
「うちも取材したことあるよ。もちろん、本物の心霊スポットとして、おどろおどろしくね。何年前だったかなあ? あの時は畔田先生……うちのお抱えのおじさん霊能師の先生ね、に同行してもらって霊視してもらったけど、畔田先生の言うことには、
この辺りは歴史的に悪い霊的磁場が出来上がってしまっているね。そこに残虐な殺人事件が起きてしまったせいで、この山がシンボル的な意味を持ってしまった。この山がアンテナになって広く辺り一帯から悪い霊を呼び寄せるようになってしまった。いったんこうなってしまうとなかなか悪い状態を改善するのは難しいね。静かに霊気が落ち着くのを待って、改めて慰霊塔を建てて諸々の霊を供養するのがいいんじゃないかと僕は思うねえ……
といった感じだったと思うなあ」
三津木は思い出し思い出し、畔田の口まねをしながら教えた。
「じゃあやっぱり、さわり地蔵の祟りは本物だということですね?」
「うちの見解はそうだね」
三津木は蟹沢がどういうつもりでこの話を聞きに来たのか……まあ見当はついているのだが、表情をじっと伺った。
「最近のO公園の様子は、ご存知ですか?」
「実際に行ってはいないけど、ネットではね。ひどいものらしいね?」
「すみません」
蟹沢は元相棒として頭を下げ、その上でお願いした。
「『本当にあった恐怖心霊事件ファイル』で取材していただけないでしょうか? もう一度、信頼できる霊能師の先生と一緒に」
「ううーん、どうしようかなあ? あんまりよその畑に踏み込みたくないんだがなあ」
三津木の「ほん怖ファイル」は中央テレビで、問題のVTRを流した「早く寝まショーね」は第一テレビだ。蟹沢は困った。
「駄目でしょうか? お世話になったところをこう言うのもなんですが、第一テレビはあんまり心霊って、まじめに取り上げないでしょう?」
「そうだねえ」
心霊オカルトに対しては各局で取り扱い方に差がある。中央テレビなんか、心霊に限らず、面白ければなんでもオッケー、というバラエティー乗りが全体的にあるが、第一テレビも以前はワイドショーなどで積極的に心霊を取り上げていた時期があったが、それも昔のことで、最近はすっかり専門に取り上げる番組もなくなって、完全に距離を置いている感じだ。問題のVTRもトークバラエティーショーの1コーナーに過ぎず、噂ではお蔵入りが決定していたのがスケジュールの都合で仕方なく使用したのだとか。あの放送は上の方からだいぶお叱りがあったのではないかと三津木は想像している。
きちんと対応してくれないのではないかと蟹沢が心配するのも分かる。それに蟹沢は仲違いした猿山への遠慮で第一テレビの仕事はすっかりなくなってしまっていた。猿山もブレイクしたのが第一テレビで、中央テレビでの仕事はあまりなかった。
手応えがなくしょげる蟹沢に、三津木は訊いた。
「別れても元相棒が心配?」
「ええ、まあ……」
蟹沢は元気のない顔で暗く答えた。色々思うところがあって複雑なのだろう。
「じゃあ、あの、写真だけでも……鑑定してもらえませんか?」
「猿山さんのブログの?」
「ええ」
「ま、うちでお世話になってる霊能師の先生を紹介するのはかまわないけど」
「はあ……」
蟹沢もあまり自分自身そういったものに関わりたくないのが本音のようだ。蟹沢の場合は、怖いのだろう。怖いから本気で、あんな写真を撮ってしまった元相棒を、心配しているのだろう。
いい奴だなあ、と、あんまりいい奴じゃない三津木は眺め、言った。
「正直言うとね、面白いなと思うんだよ。でも、第一テレビさんは面白い顔をしないと思うんだ」
「はあ……、そうかもしれませんね……」
「いいよ。俺も上に掛け合って、第一さんと共同制作を持ちかけてみよう」
「えっ、共同制作ですか?」
「言っちゃあなんだが心霊に関しちゃこっちに一日の長ありでね。あちらさんにも悪い話じゃないと思うんだがなあ。ま、申し込んで、その上で断られたら、こっちはこっちで好きにやらせてもらおうってことでね。となると、そうだなあ、サルカニガッセン再結成とセットでオファーするとあちらもその気になると思うんだがなあ?」
「いや、それは…… 猿山がかまわないんなら、共演するのは、僕はかまいませんが……」
「そう。じゃあそういうことで話をしてみるから」
と、三津木はプロデューサーに上の許可を取ってもらい、かなりノリノリで第一テレビのプロデューサーに連絡を取ったのだが、残念ながら断られてしまった。すでに向こうで同じ番組で第2弾取材が決定しているそうで、三津木は、なんだ、と拍子抜けした。第一テレビが自分たちで積極的に心霊取材をするとは予想外だったが、考えてみれば季節的にそういう時期だし、あの話題から1周年、美味しいネタを自分たちで番組にしようというのは当たり前か、と思った。
こっちも対抗して本格的な心霊オカルト番組にしてやろうか、とも思ったが、他局とけんかするのも面倒だし、ここは一つお手並み拝見と、取材は見合わせることにし、蟹沢にもそう電話で知らせてやった。
蟹沢にも行き違いであちらの番組スタッフから連絡があったようで、『どうも済みませんでした』と謝った。ただ、話は行ったものの、蟹沢にはロケ参加の要請はなかった。
『僕は無理にいらないそうです』
どうしても来たければ来ていいけど……来るの? という感じだったらしい。あっちは今や売れっ子の猿山に配慮したのだろう。蟹沢はちょっと寂しそうに笑って言った。
『僕自身はもう懲りごりなんで、ほっとしました』
「そう? 今度うちの番組で心霊スポットリポーターを頼もうかと思ったんだけど?」
『いやいやいや、勘弁してくださいよお~』
最後は笑い話になって、電話を終えた。
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