第3話 祟りはどうした?

 藤原玉恵が亡くなったのはロケの1週間後のことだった。


 埼玉県の駅からだいぶ離れた古いマンションの一室が彼女の住居で、周辺住民の知る限り三十年来ずっと一人暮らしだった。時たま客が訪れて、読経の声が聞こえて、近所迷惑に思われていたが、彼女が霊能師であるというのは有名だった。そんな気味の悪い職業の老婆、出て行ってもらおう、という住民運動が起こりそうなもので、実際過去にそうした動きもあったようだが、4つある棟の1つで、階段に不気味な男の幽霊が出没する騒ぎが起きて、その棟の住民が数家族出て行ってしまった事があったのだが、藤原が除霊してこの騒ぎを収め、それ以来彼女を追い出そうという動きはなくなった。


 藤原はこの部屋で心霊相談の仕事をしていたわけではなく、相方の北条百依が近所に家を借りて住んでいた。北条は子どもの頃から霊感が強く、霊障に悩んでいたのを藤原に相談し、藤原は取り憑いていた悪い霊を祓ったものの、北条の強い霊媒体質を心配し、自分が若い頃修行した寺で修行することを勧めた。北条はアドバイスに従って仏道に入門し、修行を終えた後、なお経験を積むため藤原に弟子入りし、以来十余年、二人でコンビを組んで心霊問題の解決に当たってきた。藤原は北条の借家に通い、ここが二人の活動拠点になっていた。


 藤原は普段から言葉数の極端に少ない人で、常に何か苦痛を感じているように深いしわを顔の中央向かって寄せていた。彼女を理解するのは弟子の北条だけで、弟子の存在は彼女の苦痛の人生の救いになっていたと思われる。


 その前夜、藤原は北条の家を辞去する際、靴を履く前に板の間に正座して、

「あなた様にはお世話になりました。ありがとうございました」

 と、指先揃えて手をつき、しっかりお辞儀した。北条は慌てて、

「何をおっしゃいます」

 と師匠に面を上げてもらった。

 北条は表に見送りに出たが、電灯の下とぼとぼ歩いていく小さな丸い背中が妙に心に焼き付いた。


 翌朝、いつもの9時を過ぎてもやってこない師匠を心配して北条はマンションまで訪ねていった。北条の足なら10分くらいの距離だ。

 3階の部屋を訪ね、呼び鈴を鳴らし、鉄のドアをノックしても返事がなかった。

 胸騒ぎがして、預かっていた合鍵を使ってドアを開けると中に入った。


 藤原は布団の中で、くわっと頭の上へ両目を見開いていた。しわだらけの口をへの字にぎゅうっと結んで、そのまま固まっていた。


 救急車が来て病院へ運ばれていったが、夜中の間に亡くなっただろうということだった。死因は心臓発作と思われるが、高齢であり、事件性などはないということで特に詳しい究明はされなかった。満68歳。今の世の中では特に高齢とも言えないが、藤原は年齢よりだいぶ老けて見えた。


 北条は藤原の死に霊の影を見ることはなかったが、お師匠様はご自身の死期を知っておられたのだろう、と思った。

 もっと長生きしてもらって、出来るならばもっと楽な毎日を送らせてあげたかったと師匠の死を悲しんだ。

 北条は46歳。彼女も独り身で、これですっかり独りぼっちになってしまった。

 北条は、師匠の死をあのロケが原因ではないかと疑い、罰当たりな若い芸人を恨んだ。



 その後のさわり地蔵であるが、

 番組が放送され、ネットであれこれ噂が飛び交い、けっきょく猿山が何事もなくぴんぴんしていると分かると、


>なんだ、やっぱり祟りなんてねえじゃねえか


 と、白けた意見が圧倒的になった。

 それもそうだろう、あれだけのことをやって、霊能師がヒステリックに「死ぬわよ?」と叫んでいたのが、死ぬどころか、噂される交通事故にも遭わないで、ぴんぴんしているのだから、

 きっと、

>祟りに遭って死ね

 と期待していた怪談ファン、心霊ファンは多かったに違いない、その期待がまるっきり裏切られたのだから、


>なんだよっ


 と、つばを吐き捨てるごとく怒りを買ったのも当然だろう。


 怒りの矛先は当の「さわり地蔵」に向けられた。


 元々有名な怪談であり、場所が都内のバイパス沿いで分かりやすく、上に上がってしまえば周りからは木で目隠しされていて、興味本位の者たちが訪れやすい場所だった。

 それで大勢の訪問者があったのだが、中には不心得者もいて、

 実は過去、何度か地蔵の欠けた首には新しい首が据え付けられていた。それが、新しい首を付けるたびに、また誰かがそれを取ってしまうのだ。

 地蔵ばかりでなく、歴史的な場所なのでいくつか記念の石碑が立っているのだが、それが、わざわざハンマーでも持ち出してくるのだろうか、無惨に上下に割られて、これもコンクリートで補修されているのだが、または何者かが割ってしまうのだった。

 そうしたひどい悪戯が以前からあったのだが、猿山の一件以来、エスカレートしていった。

 地蔵や石灯籠、石碑に、カラースプレーでイタズラ書きがされるようになった。


『ハッタリ』

『ヘタレ』

『タタレヨ!』

『猿山殺せ!(笑)』

 等々。


 あまりのひどさに地元自治体から猿山及びテレビ局に抗議がされた。

 そこで番組で昼間、猿山をO公園に連れて行き、地蔵に頭を下げる姿を撮影し、謝罪文と共に番組ホームページに掲載した。

 しかしそれでも悪質なイタズラは止まらず、しかしイタズラは放送以前からあったものなので、番組、テレビ局も、それ以上の謝罪は行わなかった。


 それでも、祟りに遭って誰かが死んだだの、けがをしただのといった話は出なかった。

 これによって「さわり地蔵」は完全に「偽物」と見なされ、次第に物好きたちの興味も薄れていった。

 半年も経った頃にはO公園はすっかり静かになり、そうした意味では図らずも良い結果となった。



 しかし。

 さわり地蔵の障りは、着実に関係者たちに浸透していたのであった。

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