第47話

 夕飯を終えて、流し台に並んで立ち洗い物をしていた。


「先輩、洗うものこれで終わり?」

「終わりみたいだな」


 その後はキッチンの食卓で福ちゃんと黒ちゃんから、カロール殿下とイアンの様子を聞いた。


「二人の結婚は国王陛下にも認められており、イアンの方は側室の部屋へと兵士に連れてかれた」


「そおっす。王子はリリーナの魅了にかかったままでラブラブだったっす」


 カロール殿下がリリーナさんの魅了にかかっているのなら。

 後を追ってくる心配はなさそう、だけど、側室ってイアンは男だよ。


「まさか……先輩、イアンに何かしたの?」

「したぞ。あいつには永遠に女性になる呪いをかけた」


 女性になる呪いって……


「先輩達の国に行ってしまえばイアンとは二度と会わないと思うけど、弟が妹で、それもカロール殿下の側室だなんて複雑だわ」


「ルー、俺はかけたことに後悔していないから謝らんぞ。あいつはルーに酷いことをしたんだからな」


「それは、わかったけど。他にも何かしてきていないの?」


 先輩が瞳を逸らしたわ。やっぱり、福ちゃんに乗る前に杖を二回、コツ、コツ床に当てていたもの


「ちょっとした記憶操作だ。あの二人の結婚と側室をみんなが喜び、望んだことにしてきた……カロールとイアン以外な」


 二人以外、となると。


「カロール殿下の魅了が仮に解けたとしても、イアンが側室に入るのを嫌がって逃げても、周りが押さえ込むのね」


「そうだ、周りのお祝いムードに何も言えないだろうな。くっくく、その後どうなろうと俺の知ったこっちゃない」


 あー先輩の悪い笑顔だわ。まったく楽しそうに笑っちゃって。

 でも。ほんと、知ったこっちゃないだよね。


「ちょっと兄貴、それやめなよ。ルーチェさんが見てるよ」

「シエルは相変わらず怖いな」


 福ちゃんはテーブルの上でやれやれとした顔、黒ちゃんはしれっと私の膝の上でまるまってる。温かく、優しいみんなと離れなくていいんだ。


「うん、どうした?」

「え、先輩と離れなくていいんだなぁって、末永くよろしくね、シエルさん」


 先輩の瞳を見て言ったけど……やっぱり、恥ずかしくて頬が熱くなる。先輩も同じなのか、声がどもって、あーとか言ってる。


 これから、いろんな先輩を知れるんだ、楽しみ。



「さてと、遅くなったし帰るね」


 膝でまったり寛いでいた黒ちゃん「嫌っす」と騒いだけど、先輩がチラッと見るとすぐに膝から飛び降りた。


「おやすみ、ルーチェさん」

「ルーチェちゃん、おやすみ」


「おやすみ、小娘」

「おやすみっす!」


「おやすみ。そうだ、ルーは明日、店の人に伝えるんだろ?」


 私はそうだと頷く。大将さん達にたくさんの感謝とありがとうを伝えたい。ここに残していく、レシピ帳にもう少し書き足さないと。


「朝だな、俺もついて行くよ」

「ありがとう、おやすみなさい先輩。みんなもおやすみ」


 魔法屋から部屋に戻り、部屋片付けと掃除を始めた。

 ガリタ食堂に来て約半年ぐらいだったけど楽しかったな。


 この部屋に住み出して二、三日たった頃、海側の窓に福ちゃんが現れた時は驚いた。窓に大きな影が映るんだもの。

 来た頃はたくさん失敗もし、悲しくて泣いた日もあった。


 みんなは優しくて、それ以上に、ここで声を上げて笑えた。

 

 いい思い出ばかり。

 思い出して、鼻の奥がツーンとして涙が込み上げてくる。


「あーだめだめ、最後の別れじゃないの。手紙だって会いにだって来れる。先輩との子供も……それはまだ先かな、ふふっ」


 思い出にふけりながら、この日は夜遅くまで掃除をしたり、レシピ帳を書いていた。


 

 ♢



 遅く寝たのに、いつもより早く目が覚めた。

 それなのに福ちゃんはそれ以上に早く、海側の窓に来ていた。


「福ちゃん、おはよう」

「ホーホー、おはよう」


「そうだ、福ちゃん。これからよろしくね」

「小娘、こちらこそ、よろしく頼む。また、後でな」


 もふもふな羽で、なでなでと髪を撫でて飛び去って行った。


「また、後でね!」


 鏡の前で髪をセットして、ピシッと仕事服に着替えた。今日でこの服を着るの最後になる。

 でも、急に辞めるって言うのは大将さん達困るかな。普通だと辞める一ヶ月前、一週間前には言わないといけないよね。


 でも、先輩について行きたい。

 準備が終わった頃、壁にスーッと扉が現れて、コンコンとノックされた。


「ルー、入ってもいいか?」

「どうぞ、先輩」


 返事を返すと扉が開き先輩が入ってきた。


「おはよう、ルー」

「おはよう、先輩」


 見慣れた、黒いローブ姿の先輩が現れる。

 この日、先輩はフードは被っておらず、黒い髪はいつもより綺麗にセットされていた。


「時間だろ、行くか」

「うん」


 短い返事と緊張が伝わったのか、大丈夫だと私の手を取り、一階に降りると仕込みの準備をする女将さんの姿が見えた。


「おはようございます、女将さん」


「ルーチェちゃんおはよう。あら、後ろの人はまさか! ルーチェちゃんの彼氏?」



「「はぁ! ルーチェに彼氏だって⁉︎」」



 女将さんの声が厨房にも聞こえたのかニックが飛び出てきた。

 その後にゆっくり大将さんも出てくる。


 早く、何か言わなくちゃと焦る。でも、焦れば焦るほど喉が鳴り口が乾く。


「あの……あの私」


 みんな集まると何から伝えればいいのか、頭の中はごちゃ混ぜだ。

 

「ルー、俺から言おうか?」

「でも、先輩」


「なんだね、彼とルーチェちゃんは私達に何か話があるんだね。店が終わってからでもいいかい?」


 それもそうだ、今日もたくさんのお客さんは、ガリタ食堂の美味しいご飯を待ってる。


「はい、後で伝えます」

「ルー、俺も手伝うよ」


「手伝うのはいいけど、けっこう大変だよ。あんたに出来るのかい?」


「大丈夫です」


 今日のガリタ食堂のメニューは肉厚トンカツ定食! 衣がサク、サクッと揚がった肉厚トンカツに甘めのソースとマスタードが合う。

 大盛りのキャベツの千切りと、大根と揚げの味噌汁、付け合わせはきゅうりと白菜の浅漬け!


「さて、キャベツの千切りを始めるよ!」


 今日の仕込みが始まった。



 ♢



「七番テーブルよろしく!」

「はい!」


 先輩もホールに立ち出来立ての料理を運ぶ。前に一度だけやっているからか、スムーズに料理を運んでいる。働く先輩も素敵だな。


「ほら、ルーチェちゃん。素敵だからって見惚れてないの。あなたもよ」


「すみません、女将さん」


 肉厚トンカツ定食は飛ぶように出て行き。開店から二時間半で用意した70食は完売した。

 

 後片付けを終えて、みんなはテーブルに集まる。


「お疲れ様、じゃ話を聞こうかね」


 私はゆっくりみんなに伝えた。

 お付き合いをしているシエルさんが急用で、彼の母国ストレーガ国に戻る事になったと。

 ここを辞めて彼に着いて行きたいと話した。


 頷きなから私の話を聞き、女将さんと大将さんはしばらく考えて話し出した。


「ルーチェちゃんはいつか、ここを出ていくとは思っていたけど……素敵な人を見つけたんだね。寂しくなるけど、幸せになるんだよ」

 

「そうだ、幸せになりなさい。ルーチェ、何かあったらすぐに戻っておいで。二階の部屋はいつでも空いてるからな」


 女将さん、大将さんありがとう。

 ガタッと席を立つニック。


「おい、お前! ルーチェを、ルーチェを必ず幸せにしてやってくれ!」


 机を挟み先輩を睨んだ。それに先輩は冷静に返す。


「それは大丈夫だ、必ずルーは俺が幸せにする。大切にする、決して離さない」


「言ったな! 男同士の約束だ。ルーチェ、大切にしてもらえよ!」


「うん、ありがとうニック」


 

 その後、大将さんと女将さんにお給料とは別に餞別を貰った。

 私も書き足したレシピ帳を渡す。


「ありがとう、いつでもここを家だと思って帰っておいで」

「はい、帰ってきます……そのお父さん、お母さん、お兄ちゃん」


「あら、可愛い娘が嫁に行っちゃうわね」

「そうだな、元気でな」


 二人に抱きしめてもらった。お兄ちゃんか……と、ニックは泣き出す。


「ルーチェ……俺は、お、いや、幸せになれよ」


 ニックは何か言おうとしたけど、首を振りやめて、ギュッと抱きしめた。


「ほんとうにお世話になりました」


 明日の定休日に出て行きますと告げた。



 ♢



 みんなと別れて部屋に戻り荷物をまとめる。先輩が持っていくものをアイテムボックスに入れるから出してと言う。


 ここにきて始め聞くアイテムボックス「それはなに?」 と聞くと。「まあ、なんでも入る便利な箱だよ」と先輩は説明した。


「ずるい、私も欲しい。どうやったら持てるの?」


 聞くと、先輩は少し考えて出た答えが。


「それは追々な、ルーにはまだ早い。さあ持っていくものを出し、てって、そこはあれか?」

  

 二段目にタンスを開けると、先輩の顔は瞬時に赤くなる。


「そう、下着だよ。ちょっと慌てないで鞄に入れて渡すから、用意するまで、先輩はこのお菓子を詰めて」


 一番下の山盛りお菓子入れを引き出した。そこには新たなお菓子がぎっしりと詰まってる。


「また知らないうちに、こんなに溜め込んだな」

「えへへっ、このチョコはサクサクして美味しいし、こっちのクッキーはしっとりして美味しいよ」


 はい、はいと、先輩はお菓子を謎のアイテムボックスにしまってくれた。

 次にと開けたタンスで先輩の手が止まる。そこには最後の日に着たドレスとアクセサリー一式が入っていた。

 

「これって、あの時に着ていたやつだよな」

「あれっ先輩見たことあったっけ? 終わった後で換金しようと思ったのだけど、王都まで出ないと無理みたいで、結局はタンスに入れっぱなし。ドレスは流行遅れだけど売れば、旅の足しには成るかな?」


「成るとは思うが。なー、ルー」

「何? 先輩」


 そのドレスを持ち先輩は「これを売る前に、着てくれないか?」と言った。

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