間話 俺達がきた理由 (シエルの初恋 後編)
日に日に離れていく王子とあの子、二人の距離に違和感を覚えた。
最初の一カ月はまるで幻のようだ。そしてピンク色の髪の女性の微かに感じる魔力。
あの子の悲しむ顔は見たくないとは思っても、しょせん俺は余所者だ。私情を挟み下手に動いて両国の友好関係を崩すわけにはいかない。踏みとどまれよ俺。
だけど俺の心配を他所に彼女は令嬢らしく戦っていた。
毎日の身だしなみ。髪型、ドレスを変えて、お化粧も派手ではなくしっかりしていた。
ピンク色の髪の子より、断然あの子の方が仕草に話し方は綺麗だ。
それなのに王子は一つも、あの子を見ていない。
(俺だったら喜んで隣にいるのにな)
あの子から貰ったヘアピンを大事に胸に仕舞い。遠くからわからない様、眺めて、モヤモヤする日々を過ごしていた。
日々、王子に募る怒り。何も出来ない自分へのもどかしさ。
落ち着くには一人になることだと、いつもは誰もこない魔導書などが置かれた第二書庫。俺は本を楽しみながら一人の時間を過ごしていた。
(近くに足音? 珍しい外に誰か来たのか?)
第二書庫の窓から見えるのは学園の裏だ。たまに、ただならぬ関係なのか逢引きをする貴族を見る程度。
今日は誰だと覗けばあの子だ。こんな所に何をするために来たんだ。
彼女はキョロキョロと辺りを見回していた。近くに誰もいない事を確認すると、徐に手に持っていた袋をひっくり返す。
その袋の中身は一人では食べきれない数、種類のパン。
(……ま、まさかな)
そのまさかと思った俺の勘は当たる。
裏に座りあの子は大きなため息をつくと、大量のパンを一つ一つ、ポロポロと涙をこぼしながら食べ始めた。
溢れる涙とその手は止まることなく、パンはあの子の口の中に消えていく。
「もう無理かな?」「ううん、もう少しだけ、がんばってみよう」彼女の悲しい声も聞いた。
(あんな奴のために泣くなよ。あー俺まで泣きたくなった)
それから昼休み。第二書庫から裏庭に来るあの子を何度も見かけた。
そして一年経ったある日。いつもの通り、大量のパンを食べ終えたあの子は「もうダメだね」ふっと寂しく笑った。
そして二年に上がった彼女は変わった。
今までやってきた事を全て辞めてしまったんだ。髪型はお下げ髪、質素なドレス、化粧も薄化粧。そして髪には銀のヘアピンが一つ付いていた。
(俺として断然こっちの方がいい)
それから一週間後。三年の魔法科の教室にあの子が現れた。
そして「シエル先輩を知りませんか?」何故か、俺を探し始めた。
他の魔法科の生徒ではなく何故俺なんだ。
『ごめんね、いないみたい』
『そうですか、ありがとうございます』
俺がいないと言われて、しょんぼり肩を落とし帰る彼女がいる。
(その表情はあいつではなく俺のせいか? せいなのか?)
会うことをためらった俺はウルラに観察を頼んだ。
《シエル、小娘はいま食堂にいる》
『おばちゃんB定食、ご飯大盛りでお願いします』
『あらルーチェ様、朝はありがとうね助かったわ』
『また言って下さい。料理好きなのでお役に立てて嬉しいです』
周りが驚き、生徒がざわつく中。彼女は大盛りご飯をお代わりをして食べている。周りに色々言われてるのに気にしないのか。
食べ終わると、第一書庫で本を枕にお昼寝していた。
そして何故か。毎日、毎日俺を探しに来る。
相談をしていた弟にも「会ってあげれば?」そんなに簡単に言うなよ、緊張するだろ。
今日も一連の動作を終えた彼女は書庫で寝ていた。可愛い寝顔に寝息を立てる彼女。
俺はドキドキしながら彼女に近づき、声を掛けた。
『お前か俺を探しているのは?』
俺のぶっきら棒な声にぴくっと動き、眠そうに顔を上げた。
『……だれ?』
『……っ』
(寝起きまで可愛いな)
彼女はハッとして俺を見て瞳を大きくさせた。
『あっ、あなたが学年で一番の魔法使いのシエル先輩ですか?』
『……一番かはわからないが、俺がシエルだ』
『本物? やっと会えました嬉しい』
ふにゃっと笑った彼女に俺の心はまた捕まった。
その時思ったよ。あまり表情が出にくい俺で良かったよと。
『先輩にお願いがあるんです』
そう俺に言った彼女は何故か王子から離れようとした。その為の魔導具を欲しいと言った。
『わかった、一週間待ってくれ』
『ありがとうございます、先輩』
それから一年間、彼女と一緒に過ごした。俺がルーと呼ぶと笑って先輩と返って来る。
『もう、先輩の意地悪』
『なんだよ、意地悪なんてしてないだろう?』
お弁当も美味しく、魔法を見るキラキラな瞳。王子から隠れる時にはみ出るお尻。
あれで、ルーは真剣に王子から隠れているんだ。
まったく何処かしらいつもはみ出ていたよ。
何をしても可愛いルー。そのルーはいま俺の恋人となった。
国へ戻り問題を解決したら、両親にルーを紹介をして婚約しよう。
「先輩、食べてる?」
「食べてるよ、ルーは?」
「しっかり食べたよ」
泣き顔よりも、笑ったルーは一番だ。
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