第44話
我ながらがっつきすぎた。
あんな柔らかで甘い唇、その唇から漏れるルーの甘い吐息に、我慢できなかった。
「もう離してやれん」
これから俺を知っていけばいいなどと、嬉しいことを言ってくれる。
♢
約半年前
その夜はルー達の学園卒業を祝った、舞踏会が開催されていた。
俺はルーを見て、自分がどうなってしまうのか分からず、それが怖くて。
その場には行けず、ウルラに映像を送って貰いそれを見ていた。
(……ルー)
この日は、いつにもまして綺麗だった。
もし願いが叶うのならば、ルーの隣に立ちエスコートとをしてダンスも踊りたい。
俺の願いは決して、叶うことはないのは分かっている。
二日前に届いた国王陛下からの手紙には、俺らにストレーガ国に戻るよう書かれていた。
(もう、何通目かになる帰国要求の通知)
俺の学園卒業までに『ベルーガ王子の相手が見つからなければ帰国せよ』との言葉を、伸ばに伸ばして半年もたっている。
ストレーガ国に戻ったら、また別の国にベルーガ王子の相手を探しに、行く事になるのだろう?
ルーは学園生活を終えた、そして王妃になる教育もほぼ終わりに近い。ルーは、のちにカロール殿下と結婚をするのだな。
この結婚は国王陛下がお決めになったこと、いわば国王陛下からの勅命、くつがえることはない。そんな事は初めからわかっていた。
最後に、ルーの姿を目に焼き付けたいと言った俺の我がままに、ラエルが付き合っているだけだ。罰ならいくらでも俺が受ける。
本当に最後なんだ。明日、俺達はストレーガ国へと戻る。
(出来れば、ルーを連れ去りたかった……くくくっ)
馬鹿な俺一人の軽率な行動で、友好国関係は崩れて国際問題となり、戦争が起こるやもしれない。
そんなことは出来ぬ。さよならだ、ルー。お前と出会えてよかったよ。
『ウルラもういい。戻ってこい』
『いや、シエル待て。会場の様子が少しおかしいぞ。カロール殿下はピンクの女性を連れて会場内へと入って来た』
ピンクの女性だと?
『なんだと。ウルラ、もっと詳しく見せてくれ!』
そこに映された一人の女性。あの女性はいつも、カロール殿下の側にいた男爵令嬢リリーナ嬢。
こんな公の場に、第一王子カロール殿下がその男爵令嬢の腰を抱き、見せびらかすように連れてくるなど、あってはならない。
そして、誰しもが考えない事が起こる。
カロール殿下は大勢の貴族がいる前で、ルーとの婚約破棄を宣言した。
あんな膨大な量の王妃教育をルーにさせておきながら、学園で仲良くしていただけの男爵令嬢を選ぶとは。
なんて身勝手な奴の軽率な行動に怒りが湧く。
「「カロール! それがどんな事を意味するのか、貴様はわかっているのか!」」
その女は男爵令嬢で、ルーは公爵令嬢なんだぞ。
「……そうですか、婚約破棄を承りました。国王陛下へのご報告、書類など全てカロール殿下にお任せいたしますわ」
ルーは慌てず騒がず、すべてを飲み込み、深々礼をして王の間を後にした。
「ルー?」
どうして、そんな簡単に奴を許せる?
(そういえば前に一度だけ、あんな事を口にしたな)
『先輩、もし私がカロール殿下に婚約破棄をされたら、迎えにきてくれる?』
『婚約破棄だと? そんな事はないだろ?』
『もう、もしもの話だよ』
『そんなの迎えに行くに決まってるだろ!』
『ほんと、嬉しいな』
その時は冗談なのか? 本気なのか? わからなかったけど。
今日の日の事を分かっていて言っていたのか? ルーは本当にカロール殿下を諦めたのか?
だとしたら、これはチャンスだ。なんの隔たりもなく、ルーをストレーガ国に連れて行ける。
ウルラをすぐに呼び、話を伝えるべく行こうとしたが……王の間のカロール殿下の振る舞いが一変した。
頭を抱えて苦しみ、ルーの名前を読んだ。
「ルーチェ嬢? 俺は何をした? 俺は何故、彼女に婚約破棄など告げたのだ?」
「どうしたの、カロール様?」
心配して、側に寄ったピンクの女性をいきなり突き放した。
「誰だ? 誰だ貴様は? 俺はこの国の第一王子だ? 貴様など選ばぬ」
「そんな! カロール様は彼女ではなく、私を選んだでしょう?」
カロール殿下は頭を押さえながら、そんなはずないと首を振る。
「俺はお前など選ばぬ! ぐうっ、頭が痛い。お前は俺に近づくな! 誰かこやつを何処かに連れて行ってくれ! ルーチェ嬢を連れ戻してこい!」
まるで、人が変わったようだ。まさにそれが、カロール殿下に当てはまった。
(あの様子、奴は魅了されていたのか?)
そうかと手を叩いた。カロール殿下はあの男爵令嬢に魅了されていたのか。
稀に魅了魔法を使う女性が居ると聞いている。この国では、その対策を王族の間でされていなかった。
それで、まんまとあの女性の魅了魔法にかかり。今し方、何かのきっかけで解けたというわけか。
なんと危機感の無い、平和な国だ。さて、俺はルーの所に行こう。
『ウルラ、ルーを迎えに行くぞ』
『待て、シエル。カロールがお前の名前を叫び出した』
(はぁ? 何故、俺の名前を叫ぶ?)
ノックも無しに、いきなり扉が壊され騎士が大勢、部屋に押し入ってきた。
♢
押し入った騎士に抵抗せず、会場に連れてこられたはいいが。
騎士数名に押さえ込まれ、頭を押さえつけられ、膝までつかされるとはな。
(俺は罪人か、何かか?)
「シエル、これはお前の策略なのだろう? ルーチェ嬢を素直に返せば事は公にせず、逃してやる」
はぁ? ルーを返せ? 逃してやる? それよりもカロール殿下は周りを見ろよ。すでに公になっているぞ。
学園に入学する前に、一度だけお会いした国王陛下と王妃の姿もこの場にない。この場に入る前に止められたのか。
仕方がない、ここは下手に強気に出ずに行くしかないな。
「カロール殿下、私は何も知りませぬ。ルーチェ様は公爵家に戻られたのではないでしょうか?」
「何も知らぬだと? お前が俺に、この女性を寄越したのであろう?」
そんな面倒な事するかよ! お前が自分で勝手に彼女の魅了魔法にかかり、ルーを蔑ろにしていただけだ。
さすがに、その物の言いにイラっときた。
(すべて、燃やしてやろうか? ここにいる者、全て灰にしても……)
『おい、シエル! 黒い魔力が溢れている、落ち着け! 魔力の低いものがこれを嗅ぐと中毒になるぞ』
『はぁ? この状態で? どう落ち着けと?』
『一気に燃やして仕舞えば楽だが。あとのことを考えろ、小娘が悲しむぞ、泣くぞ、番になりたいのであろう?』
ウルラめ。俺とお前は対等だが、ルーの名前を出すとは卑怯だ。
『ぐぬぬ、ここは我慢してやる。ウルラはルーの後を追ってくれ』
『了解した』
ウルラにルーを追わせた。
♢
これら、全ての始まりはカロール殿下の軽率な行動の癖に。
俺が拐かした? 全ては俺の所為だと、カロール殿下からの非常につまらない、物言いに耐えていた。
「ルーチェ様の行き先など、私が知るはずがありません。それよりも殿下、早く探さなければルーチェ様は、この闇夜に消えてしまうかもしれませんよ」
それは俺にも言える。ウルラ間に合ってくれ! 公爵家を追い出される前にルーを保護してくれ。
カロール殿下は俺を見下ろし笑った。
「そうだな、お前の言うことも一理ある。しかし貴様は逃さんぞ、お前もついてこい! 誰か! エレジーア公爵家に向かう馬車を用意しろ!」
「はっ! かしこまりました」
「ほら、お前も来い!」
屈辱的に騎士に連れられて、カロール殿下と、公爵家に向かう羽目になった。
♢
暫くしてウルラの連絡が来る。
『すまないシエル、一足遅かった。小娘は公爵家を追い出された後だ』
『そうか……この状態だと、その方が良かったのかもしれない。いま、カロール殿下を乗せた馬車がそちらに向かっている。ウルラは公爵家から離れて、空からルーを探してくれ』
『了解した』
その夜ウルラは探したが見つからなかった。
ルーはウルラが探していた馬車道ではなく、少し離れた畑道の方を隠れながら歩いていたからだ。
明け方、近くの市場から帰って来た。ガリタ食堂の大将さんと女将さんが乗る荷馬車に乗せてもらう所を見たと、ウルラから連絡が入った。
『そうか、ありがとう。ウルラは暫く休んでくれ。俺の方もカロール殿下は今日の捜索を諦めたらしく、騎士を公爵家に置いて城に戻って来ている』
『そうか、シエル。何かあったら呼んでくれ』
『あぁ、分かった』
よかった、変な奴に捕まらなくて……。
それから俺は、カロール殿下に連れ回される日々を送っていた。
ラエルに「お前だけでも国に戻れ」と言っても、嫌だと言うことを聞かない。
(仕方がない)
いろんな事を伏せて『国王陛下に暫く厄介ごとで国には戻れない』と書いた、手紙を送った。
ーのだが。
暫くして子犬となったベルーガ王子が、国がナタリーにやられたと現れた。
それから今日まで色々あった。
一番の驚きは俺の不注意で、ルーをハムスターの姿にした事だな。
あれは、あれで可愛いが、あんな不注意は二度と起こさぬ。
それにカロール殿下とリリーナ嬢は元々くっつくはずだったのだし、おまけも付けておいたからいいよな。
これでこの国のことは全て終わった。
あとはストレーガ国のことだ。
ストレーガ国、最強な国王陛下がナタリーにやられたのはおかしい。
まぁあの人のことだ。ご自身よりも大切な王妃と国民を守ったのだろう。
息子のベルーガはナタリーなら手を出さないと、分かっていたのかな?
「んっ……」
「ルー、起きたのか?」
「あ、あれ、先輩? ……あのまま、私、寝ちゃってた。みんな待ってるのに。先輩、早く魔法屋に行かなくっちゃ」
寝起きで慌てるルーを引き寄せ、ルーの髪を撫でた。
「先輩?」
「そんな、ボサボサな髪で行こうとするな」
「ボサボサ? え、ほんと? すぐに直すから待ってて」
壁に掛かる鏡を見て「すごい寝癖!」と、髪を直し始めた。
無防備だな。これからこの様なルーの無防備な姿をあいつらと、ラエルには見せぬぞ。
自覚はあるようで無いが、俺はそうとう嫉妬深いようだからな。
どうした? ルーは俺になにかを訴えかける瞳を向けてきた。
「先輩、ここの跳ねが直らないの!」
「そうなら、お下げにしたらどうだ?」
「あ、そうか、それにする」
くっ、くくなんて可愛さだ。
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