第32話

 ドキドキと鼓動が煩い。先輩は「懐かしいと」言って私のおさげ髪に触れた。


 今は目が覚めたのか、驚いているようだ。


「悪い。ルー、寝ぼけていた……」


 慌てて私の髪から手を離した。


「驚きはしたけど、先輩が謝るようなことは、何もしてませんよ」


 先輩はただ私の髪に触れただけだもの、でも頬がものすごく熱い。


 もしかして、私の頬って赤くなってる?

 先輩はと見れば、フードを手で引っ張り深く被って、顔を隠していた。


「あー先輩! フードで顔を隠すなんて、ずるい」

「こらっ、ルー。フードを掴まな、取ろうとするな」 


「先輩の顔も見せて」

「嫌だ!」


 戯れ出した私達の二人の様子を、ラエルさんは微笑ましく、子犬ちゃんはにまにました目で見ていた。


「こうなったら、先輩のフード絶対に取ってやる」

「これは取らせないぞ」


 二人の攻防戦を打ち破ったのは。


「ぐうううっ~」


 慌てて、私はお腹を抑えた。



 ♢



「くっく。ルー、お腹すいたな」


「ルーチェさん、そろそろお昼にしましょう」

「キャーン」


 みんな笑ってる。先輩だって小さくお腹鳴ったくせに。私のお腹の音がちょっと大きかっただけ。


「料理始めますか。魔法屋……ラエルさん、キッチンをお借りしますね」

「ラエルさん?」


 先輩が私を眉を細めて見た。

 実は買い物に行った時に、魔法屋ではなく、これからは名前で呼んでください、と言われたんだ。


 いつまでも、店の名前を呼ぶの変だと納得して、ラエルさんと呼ぶようにした。


「ふーん。弟は名前呼びで、俺は先輩か……ルー、キッチンはこっちだぞ」

「あ、先輩待って」


 ムッとして、奥に入っていく先輩の後を追った。

 中に入ると一人には十分な。水色のタイル張りの可愛いキッチンと、二人がけテーブルが置いてあった。


「普通のキッチンだ」

「当たり前だろ?」


 先輩とラエルさんは魔法使いだから、なんだかこう、道具とか浮いてると思ったんだけど。

 先輩はカップとかを浮かしたりするから。


「ルーは、全く魔法使いに夢を見過ぎだ」

「そりゃ夢だって見るし、憧れる」


 使えないからこそ尚更だ。暗い顔してたのか、ポンポンと先輩にあやされた。


 無理なのはわかってるよ。


「さてと、始めますか」


 持ってきたエプロンを付けた。その横に先輩が黒いローブを椅子にかけて、シャツの袖をまくった。


「先輩、手伝ってくれるの?」

「あぁ、なにからやればいい?」


 先ずはご飯をお鍋で炊いて、チキンライスに入れる野菜と鶏肉を小さく切る。

 私はご飯を担当して、先輩には野菜と鶏肉を切ってもらうことにした。


「でもさ、先輩が居眠りするなんて珍しいね」


 学園でも一、二回位しか居眠りをする、先輩を見たことがなかった。

 私はよく見られたけど。


「ここに来る前にさ。面倒くさい奴に会いに行ったのと、部屋の前でも会ったからかな」


「それは大変だったね、今日はたくさん食べてゆっくりしよ」

「ははっ、そうだな」

 

 先輩と横に並んでたわいもない会話をして、料理出来て、嬉しいと思う自分がいる。

 最近、先輩と過ごす日が増えて、幸せだ。


「ルー、野菜と鶏肉切ったけど、次はどうするんだ?」


「大きめのフライパンがあったら、バターを溶かして、よく炒めて塩胡椒して」


 ご飯はもう直ぐ炊けるから。あとは一合ずつケチャップライスを作って、ふわとろ卵で包んで出来上がり。

 サラダは出来合いのものを買ったし、スープは粉末スープ……お給料日前で足らなかった。


 私が言い出したのだもの、ラエルさんに出してもらいたくなかったから、買える範囲で用意した。


「チキンライスを作ったら、別のフライパンで卵を流して半熟になったら、チキンライスを乗せて巻くの」


 実演すると先輩はフライパンを覗き込むように見てきた。

 その前で、クルッとフライパンを動かして、お皿の上にふわとろオムライスが乗る。


 あとはケチャップをかけて、先輩に見せた。


「先輩、これがオムライスです」


「オムライス、美味しそうだ。早く食べたいな」

「先輩。みんなの分も作っちゃおう」


 スープとサラダを取り分けて、出来上がった、オムライスをテーブルに並べた。


「これで、よし!」

「ラエル、子犬。オムライスが出来たぞ!」


 お店は休憩中にしてみんなで昼食。

 子犬ちゃんはさっき食べたからと、小さなオムライスにしたら、案の定ラエルさんのオムライスに突撃した。


「げっ、子犬!」

「子犬ちゃん⁉︎」


「キャン、キャン」


 それでも足らないと狙いを定める。


「嫌だ、俺のはやらないぞ」

「私だって嫌よ」


 先輩と私は食べかけを待ったまま、立ち上がる。その下で鳴く子犬ちゃん。


 ラエルさんのオムライスは無残。子犬ちゃんと言い合いしてる。


「ルー美味しいな、オムライス」

「うん、美味しいね」


 食べ終わって、ケチャップまみれの子犬ちゃんは、同じくケチャップまみれのラエルさんに抱えられて、一緒にお風呂中。


 お風呂場で嫌だ、嫌だと鳴いている。

 片付けを終えてテーブルに着くと、先輩が紅茶を入れてくれた。



「あいつは自業自得だな。はい、紅茶」


「ありがとう、先輩。でも、子犬ちゃんとラエルさんのケチャップの匂い取れるかな?」


「知らん。子犬は自分で付けたんだ我慢するしかないな、ラエルは大丈夫だろう……なぁ、ルー」


 なんですか? と先輩を見ると、何故か? 頬を少し赤くさせていた。


「一度でもいい。俺のことをシエルって呼んでみて」

「えっ……」


 先輩の真剣な赤い瞳が私を見てる。


「ルー、呼んで」

「シエル……さん」



 うわっ、耳が熱い。ううん、ぼっと体に火が付いた感じがする。



 先輩と呼ぶのに慣れてるから、名前を呼ぶだけで照れる。ラエルさんを呼ぶときとは違う。


「いいな、今日からそう呼んでくれると嬉しい」


 先輩は嬉しそうに瞳を細めた。

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