第26話

「ちょっと待ってろ、ラエルを今呼ぶ」


 先輩は壁の前で鍵を出して、魔法屋さんに繋がる扉を出してノックした。


「おーい、ラエル、ラエル」

「なんだい、兄貴?」


「こっちに来てくれ」


 先輩は簡単にやってるけど、扉を出して遠くの人を呼んでる、魔法使いって……すごい。


 しばらくして扉が開く。そこには寝起きで、魔法使いが来そうなパジャマを着た、魔法屋さんがいた。


「ラエル、寝てたところをすまん。もうすぐ、ルーの朝の仕事が始まるのだが……まだ、ハムスターのままなんだ」


 肩に乗るわたしを見せた。


「あーほんとだ。すぐには元に戻らなかったみたいだね、じゃあ、兄貴頑張れ」


「頑張るとは?」


 兄貴と魔法屋さんが先輩を手をひらひらしせて呼び、耳元で話す。目を大きくしたあと、みるみる頬を赤くして眉をきっと上げた。


「何を言い出すんだラエル! 俺がルーになるだと……無理だ、そんなことは無理だ」


「でも、早くしないと来ちゃうんじゃない?」


「それは、そうだが……くそっ、俺のせいだし、わかった準備する」


 そう言って、先輩はわたしをベッドの上に置いた。そして膝を折り目線を同じにする。


 少し頬が赤く、困った表情の先輩。


「ルー、ごめん。先に謝っておく……見たくて、見たんじゃないからなぁ」


 先輩は立ち上がり服を脱ぎ出した。ええ、わたしは驚きで、ベッドの上で飛び跳ねた。


(先輩の上半身⁉︎)


 昨日見たけど、なんだか見ちゃいけないと、感じて目を瞑った。

 その、先輩があれっ? と、ペチペチ自分の胸板を触ってる。


「ラエル見てくれ」

「どうしたの? 嘘だ、消えてる」


「どうしてだ?」


 何が消えたの? どうして? こっちが聞きたい。もう、気になるような単語ばかり言うの? 気になって見ちゃうよ。


 目を開けてチラッと見た。見えたのは先輩の背中と、わたしを見下ろす子犬ちゃん。


「キュン」


 ひと鳴きのあとに、ペロンとわたしを舐めた。一緒に魔法屋さんについて来たんだ。


「おはよう、子犬ちゃん」

「キュン、キュン」


「おい、子犬! ルーに戯れるな、お前はベッドから降りるなよ」


 ズッポリ頭からローブを羽織った先輩。近くには畳んだ服が置いてある。

 部屋の奥では、魔法屋さんが白いチョークを持ち、何やら魔法陣を描いていた。


 子犬ちゃんはキュンと鳴き、大人しくベッドで丸くなった。

 さらさらと描き上がる魔法陣。引き寄せられるかのように近付く。


「ルー、踏むなよ」

「わかってる」 


「それと、俺の足元に来るなよ」

「どうして?」


 どうしてもだ! と教えてくれない。そこに、魔法陣を描き終えた魔法屋さんが笑う。


「ふふっ。ルーチェさんそれはね、兄貴は今裸だからだよ」


 は、裸⁉︎ 先輩に近付こうとしていた足を一歩、二歩下げて後ろを向いた。


「おい、ラエル教えるなって」

「ルーチェさんに見られるよりはいいでしょ? さあ、時間もないし始めよう」


 描き上がった魔法陣を挟むように、先輩と魔法屋さんが立った。そして互いの手を掴み詠唱をはじめる。

 詠唱が進むにつれて魔法陣が光り、先輩の髪が黒から銀色に変わり長くなる。

 男らしい体の線が、女性のように丸くなっていく。


 不思議だ。先輩が紛れもなく女性に、それも私になっていった。





 あと、三十分で仕込みの時間が始まる。女将さん達は下に、すでに来ているかもしれない。


「ふぅ、これでどう?」

「どうだルー?」


 喋り方は先輩なのに声まで私だ⁉︎ 

 そっくりなのだけど、私は一つ疑問を抱えた。

 そもそも、先輩って料理できるのだろうか? そんな話はしたことがない。


「私にそっくりだけど……先輩って、料理できるの?」

「うーん、凝ったのは無理だけど。一通りはできるぞ。城でいつも自炊してるし」


 自炊!


「そうなの。なんだ料理ができるのなら先輩が大将さんと女将さんに説明をして、そのまま店に出ればよかったのに」


 今日一日だけかもしれないのに?

 先輩はその言葉にハッとした、表情を浮かべる。


「そうだ、それでよかったな。ラエル、お前、焦る俺を丸め込ませて、俺で魔法を試したな」


 その先輩の問いに、魔法屋さんはにっこり笑った。


「あー、バレちゃった。この魔法を本で見つけてやってみたかったんだぁ。魔法自体は一日しか持たないけど、成功だよ兄貴。この魔法を杖に仕込めば商品にもできるよ」


 あっけらかんと言われて、先輩はため息をついただけで、なにも言わなかった。

 弟、魔法屋さんの性格を知っているからかな?


「すまん。ルーまで巻き込んだな。で、服はどれを着るんだ?」


「タンスの横の壁にかかってる服だけど、その下は裸なの?」


 そうだと、頷く先輩。


「だったら、そのままシャツを着ちゃダメ。下着を付けないと肌が透けるわ」


「はぁ、下着だと⁉︎」


 先輩が一気に真っ赤になった。

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