第23話

「おい、シエル。起きろ!」


 さっきからカロール殿下が呼んでも、ぐっすり寝てしまって先輩が起きない。


「先輩、先輩」


 小声で呼んでも譲っても起きない。

 こうなったらと「ごめんなさい」と先に誤り、先輩の首筋をかじった。


 痛かったのか先輩はビクッと、体を動かして目を覚ました。その拍子に私は転げ落ちて先輩の膝の上に乗った。


 やばい、見つかっちゃった。

 カロール殿下は今、先輩から転げ落ちた私を、いぶがしげに見ている。


「そいつはなんだ?」


 殿下に聞かれて先輩は慌てず、自分の使い魔だと説明をする。それから何も聞いてこない、となると、殿下はその話を信じたみたいだ。


「シエル、もう直ぐでラザールの街に着く。うつつを抜かすな気合を入れろよ」

「わかっております」


 その言葉の通り、しばらくして街の門をくぐり、馬車は馬車着き場に止まる。

 殿下の護衛にと着いてきていた、騎士達が乗る荷馬車も横付けして止まった。


 馬車の窓からはレンガ調の街並みが見えた、馬車に揺られてきたけど、東のどこまできたのだろうか?


(ここは、港町よりも大きな街だわ)


 鎧を身につけた、騎士達が動き回っているのか外が騒がしい。

 どうやら騎士達は街の外も探すらしく、馬を借りたりと慌ただしく準備を始めていた。


 外に出る班が馬に乗り街を出て行く。それを見送ると、カロール殿下は先輩に。


「シエルは残った騎士達と、街の中を見て来い」

「はい、かしこまりました」


「それと、こいつはここに置いて行け」


 と、殿下が指を指したのは、ハムスターの私だった。


 

 ♢ 



 静かな馬車の中でカリカリ、カリカリと音が鳴る。


 従者が買ってきたひまわりの種を貰い、昔よく乗った殿下の愛用の馬車。

 椅子に使われた生地は、高級ベルベットその椅子の上で遠慮せず、殻のゴミを出しながら食べている。


(気にすると変だし、普通はこうだよね)


 殿下は何も言わずに窓枠に肘をかけて、眉を潜めて私を見ている。

 

(結構、ひまわりの種って美味しい)


 昔し子供の頃に遊びに行った、おばあちゃんの家でしか食べたことがない。

 外側の硬い殻を前歯で噛んで剥いてから、中の白いところを食べる。


 でも、余り食べない方がいいかな? 種を持って首を傾げた。


「ふふっ、それはそんなに美味いのか?」


 カロール殿下が笑った。


 昔はよくそんな風に笑っていたわ、私もその笑顔を見るのが好きだった。


(よく、笑っていたわ)


 今となっては、その好きだった笑顔を見ても心が動かない。

 本当に婚約破棄のときに、あの場所に全てを置いてきたんだ。



 ねぇ、あなたは今になって、なぜ私を探すの? 


 やめて欲しいわ。


 私の掴んだ幸せを壊さないで欲しい。

 あなたは自分が決めた人と幸せになればいいの。


 そのための婚約破棄でしょう?


「どうした?」


 種を持ったまま立ち尽くす私に、ギシッと馬車がしなり、殿下の手が私に伸びた。

 抵抗なく私は、彼の手のひらに乗せられる。


「お前は本当に? シエルの使い魔なのか?」


 小さな体を使いそうだと頷く。


「シエルはルーチェ嬢を隠していないのか?」


 同じようにそうだと頷く。それを見た彼の瞳は、悲しみに揺れたように感じた。


「そうか……」


 小さく呟き私を元の場所に戻すと、背もたれに寄りかかり、目を瞑っているようだ。


 ため息と共に。


「……ルーチェ嬢」


 それはまるで愛しい人を呼ぶように、殿下は私の名前を呼んだのだ。


(今更遅い)


 私はそれを無視してカリカリ、カリカリとひまわりの種をかじった。


 二度と戻らない。あなたが追いかけてくるのなら、全力で逃げきるわ。



 ♢



 時間にして約一時間立つころ、街を回っていた先輩が馬車に戻ってきた。


「どうだ、いたか? 何か手がかりはあったのか?」


「殿下、この街にもルーチェ様はおりません。綺麗な娘が街に移り住んだなどという、噂もありませんでした」


「そうか」


 さっきもだけど先輩にルーチェ様や綺麗な娘と言われてこそばゆくなり、手に持っていたひまわりの種を落とした。


「ん? 大人しく留守番をしていたか? そうかお疲れ様。おいでルル」


 ルルという名前なのねと、手を出した先輩の掌の上に飛び乗った。

 ひまわりの種は先輩が回収してくれたので、私はそのまま先輩の首筋に回る。


 あ、先輩の首筋には、私がさっき噛んだあとが赤く腫れていた。

 そこをもう一度、ごめんなさいの意味を込めて、ペロ、ペロッと舐めた。


「くっ……ルル、戯れるのはやめなさい」


 きつく言われて肩の上に移動して座った。先輩は怒ったの? と見上げた先にはローブで隠れた、先輩の耳は真っ赤に染まっていた。


 

「カロール殿下、馬車の準備が整いました。どこかによる所はございますか?」


「今日は無い。真っ直ぐ城へと戻る」


「はっ、かしこまりました」


 馬車は城までの道を、のんびりと戻るのだった。

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