第18話
「誰?」
お弁当を近くの机の上に置き彼に近付いた。
その男性がどこか先輩に似ているように思えたからだ。
「せん――ぱい?」
「んっ……ルー?」
確かめるために先輩と男性に呼びかけると、わたしの声に「ルー」と反応を返してきた。
この呼び方をするのは先輩だけなのに……
(きゃっ、手を掴まれた⁉︎)
力強く引き寄せられて、男性の胸の上に転がる。
「どうした? ルー」
優しく呼ばれて男性の瞳が薄ら開く、先輩と同じ切れ長な赤い瞳だ。
(この男性は先輩?)
先輩は私を見ているはずなのだけど、気付かないのか目を細めて優しくみつめた。
「ルーに、また会えるなんてこれは夢か? なんて幸せな夢なんだ」
くっくと小さく笑い、先輩の腕が背中に回った。
先輩との近づいた距離に吐息が首筋にかかる。
(んんっ⁉︎)
「せ、先輩、離して!」
「やだ、離さない。もう少し……ん、これはルーの香りだ」
香りだなんて……「やだ、離さない」って先輩⁉︎
力強い腕に身動きが取れず羞恥心だけが募る。
「ん? 温かく、柔らかい……ルー?」
何か気付いたのか眉に皺を寄せて
「えっ、温かい? 柔らかい⁉︎」
私の背中をさわさわと触り、パチっと先輩の瞳が開く。
胸の上にいる私を見て、先輩はなんとも言えぬ表情をした。
「ルー⁉︎」
「おはよう、先輩」
微笑んで挨拶をすると、先輩は「まじかぁ」と呟き片手で頭を抱えた。
「なんで、ここにいる?」
「なんでって、私にもわかんないよ。魔法屋さんに行こうとして先輩に貰った鍵を使って扉を開けたら、ここに繋がったの」
真実を告げると、先輩はさらに眉をひそめた。
「ここに繋がった――まさか俺は術の失敗したのか? いいや、しっかり魔法屋と繋げたはずだ……ラエルと確認も取ったはずなのにどうしてだ?」
先輩は私を乗せたまま考えだした。
「先輩、一緒に来たはずの子犬ちゃんもどこにもいないの」
「子犬が……いないだと?」
♢
薬品が香る部屋のソファーの上――先輩は私を下ろす気はないのかそのまま黙っている。
そして、ふーっと一息つくと私を見た。
「子犬は魔法屋にいるってさ」
「ほんと、よかった。でも、どうして私だけ?」
「さーなぁ……」
先輩の瞳が扉に向く。
「ちっ、来やがったか――ルーは、このまま動くなよ」
と言うと、着ていたシャツを脱ぎ捨てて、ソファーにかけてあった黒いローブを取り私ごとかけた。
目の前に先輩の胸板がぁ! と照れるよりも前にキィーーンと耳が痛いくらいに音がした。
(くっ!)
その直後に、勢いよく扉が開きどかどかと数人の足音がして、ソファーの近くで止まった。
付けてきたブレスレットは真っ赤で、警戒音に耳が痛い。
先輩の手が背中を撫でると、音はしだいにやんだ。
「おい! シエル。貴様の部屋から女性の声が聞こえたと、いましがた報告があった。誰を連れ込んでいる? まさかとは思うが……」
先輩は慌てず寝起きの演技を始めた。
「ふわぁっ、まさかとはなんですか? 今日は午後からのはず。なのに、こんな大勢でノックもなしに、私の部屋に入るなど失礼ではありませんか?」
「それは、そうだが……いいや。貴様、その上にいる女性はルーチェ嬢ではあるまいな?」
(ドキッ⁉︎)
な、なんで私の名前が出るの? 今、先輩の上にいますけど……
先輩はくっくと笑い。
「殿下は何を言ってるのですか? ルーチェ様は見つかってはおりませんよ。その方がどうして、私の胸の中になどいるのでしょう?」
そう言うけど先輩の手は私の髪を撫でて、くるくるとか指に絡めて遊ぶ。
それがくすぐったくて笑いそうで……ドキドキと緊張が混ざる。
その時ドクンと脈を撃つ。
体がピキピキと音が鳴るくらいに痛い。その痛みに我慢出来ず(くっ)と声に出さないようにうめいた。
それに気付いた先輩は声を上げた。
「殿下、私の連れが目を覚ましてしまう。お帰りください……それとも殿下はルーチェ様ではなく、彼女の肌を見たいのですか?」
腕の中の女性が騒ぎに気付き起きてしまう、と、先輩に強めに言われ、ことがことだけに殿下は引き下がった。
「すまなかった。シエルと女人失礼した」
出て行き静かになる先輩の部屋。その部屋の中で先輩は指をパチンと鳴らして、ローブを取った。
「はぁ、ビックリしたな」
「えぇ、びっくり」
「ルー?」
「なんですか?」
あれ、先輩がやけに大きく見えるけど……。
「お前、この部屋で何か触った?」
何か触った?
「あ、魔法陣が描いてあった紙を拾って、そこの机の上に置きましたけど……」
「そうか触ったんだな……それが原因だな。ルーお前、ねずみになってるぞ」
ねずみ⁉︎ 自分の手を見ると灰色のふさふさが見えた。
「ほんとうだ、ハムスターかな? それともチンチラ?」
「小さいから、ハムスターだな」
そっか……ハムスターか。
「え、ええーっ、ハムスター⁉︎」
何故か、ハムスターの姿になっていた。
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