第11話 魔法屋での男達の話 (シエル視点)

 魔法屋の扉が閉まり、静かになった店内に息を一つ吐く。

 ようやく、カロール殿下が城に戻った。

 あいつは毎日、毎日と朝早く俺の部屋まで、騎士を数名連れて現れる。


(断れば斬るとでも、俺を脅しているのだろう……)


 こうも毎日では本来の仕事が出来ない。イライラする。


「兄貴、ここに座って」


 ラエルが奥から椅子を持ってきた。俺はそれに今日の疲れと共に座る。


「はぁーっ、疲れた」

「お疲れ様、兄貴」


「あぁ……あいつに連れ回されて、ほんとうに疲れる」


 よりにもよって今日はルーが港街に行く日に、港街付近を探すと言い出すとはな……

 ウルラからのルーの行動を聞きながら。

 そこの町を見て来い、あの村に行けと人を顎でこき使う、あいつの相手をするのは……もう、うんざりした。

 

 その、ルーは?


「兄貴。あの子ならちゃんと食堂に帰ったよ。ガットにもついて行ってもらったから」


「そうか……ありがとうラエル」

 

 あの店の裏口から故郷の森に行ける、と言いたいが、似せて二人で作り上げた森。普段は手伝いをする精霊や使い魔の住まいだ。

 その森の中央には、転送用の魔法陣がちょうど扉から十歩ほど、歩いたところにある。


 魔力無しと言われてきたルーに目を瞑らさせたのは。魔力を持ったものにしか見えない、精霊達と魔法陣を見せないためだ。


 俺達しか見たことない森の精霊達も、ルーが入ってきて物珍しさに意地悪をしただろう。

 いつもなら二人でやるところを一人で転送までやり、ラエルはかなり魔力を消耗しているはずだ。


「ラエル、薬草茶を入れようか?」

「ああ、頼むよ兄貴。少し体が重いんだ」


 わかったと、いつもなら魔法で済むところだが、俺も魔力不足だな。

 奥の部屋でお湯を沸かして薬草茶を淹れて、近くの棚を漁りパンも見つけた。


 それらすべてトレーに乗せて、レジカウンターに座るラエルの元に持っていく。


「ほら薬草茶だ。棚にあったパンも貰ったぞ」


「ありがとう兄貴。僕にもそのパン頂戴」

「パンか? 俺にもくれ、くれー!」


 食べ物と知り、二つしかないパンを俺では無く、ラエルに飛び付く子犬を押さえつけた。


「ギャーッ、なんてことするんだシエル!」


「疲れているラエルに飛び付くな。俺のパンを半分、分けてやる」


「シエルが? やった!」


 パンを半分ちぎって渡すと、喜んで尻尾を振り食べ出す俺達の国の王子。


(なぜ? この国にいて、子犬の姿なんだ?) 


 まあ……聞くのは後でもいいか疲れてるしと、薬草茶を飲む。


 ふぅ、安らぐ。


「おい、くつろぐなぁ! ラエルとシエルは俺に何も聞かないのか?」


 別に……と言いたいところだが。


「なんでベルーガは子犬の姿なんだ」


「シエル、棒読みかよ。ま、いいか。それはお前達のいない間に国が魔女、一人にやられてしまったからなんだ」


「はぁ魔女だと?」

「え、魔女?」


「何を言ってるんだ、ベルーガ。俺達の知っている魔女はみな優しいぞ」

「そうだよ。僕達に薬草の種類や調合の仕方などを、一から丁寧に教えてくれる人達だよ」


 俺とラエルは顔を合わせた。


「それは俺達の国の魔女の話。でも、よそ者が俺の元婚約者をそそのかした、みたいなんだ」


 元婚約者って……あ、あいつか。


「ナタリー様だったか?」

「うん、公爵令嬢のナタリー様。でも、ナタリー様はお体を崩して領地に帰られたよね?」


 ベルーガは「……じつは」と言い、眉をひそめた。


「それは表向きの発表なんだ。ほんとうは……ナタリー嬢はいなくなってしまったんだ」


「いなくなったぁ⁉︎」

「いなくなったの?」


 そうなんだと、ベルーガは頷いた。

 

「あれは俺が十三歳、月一のお茶会の日。二人で庭園の中を歩き、幼い日に出会った優しい王子と姫の話をした。そしたらナタリー嬢は泣きだして『わたしよりも、その子の方がいいんだぁ。バカァ、ベルーガ』と俺を押し倒して帰って行った」


 そりゃ婚約者に違う女の子の話をされれば……ん? 王子と姫? 


「ベルーガ……その話には、続きがあるのか?」


「あるよ。あのときの二人のように俺達も優しい国王と王妃になりたいな。これからも俺の隣にいてくれナタリー嬢……と、俺は彼女に伝えたかったんだ」


 はぁ……ナタリー様は少し落ち着きのない、お嬢様だったな。たんなる早とちりか。



「でも、どうしてそこから魔女になろうと思うんだ? 俺には訳がわからないぞ」

「そうだね兄貴。でもさぁ、ベルーガは昔からナタリー様が好きだったよね」


「……うん、好きだったよ。ナタリー嬢とは結婚したいとも思っていたよ」


 ガックリとこうべを垂れた、ベルーガをラエルはそっと撫でた。


「それからナタリーを城に呼んでも「嫌だ」と来ず。会いに行っても「会いたくない」と会えず。そんな日々が続き、ついに業を煮やした父上がナタリー嬢の父を呼び出して、婚約を白紙にして戻してしまったんだ」


「あの時か……お前、泣いてたもんな」

「辛かったね、ベルーガ」


「はは……はぁ、そうだな辛かった」


 落ち込んだベルーガを励ますために、ラエルと二人で色々魔法を見せたな。

 召喚でドラゴンを呼んだり、洞窟に冒険だと言って、連れて行ったりしたものだ。


「……ふふっ、楽しかった」

「兄貴は独り言が漏れてるよ。ドラゴンや洞窟は楽しかったね、ベルーガ」


「それはお前達がだろう! まあ、怖かったけど、お前達流の励ましは効いたよ」


「そうだろう、そうだろう」


 ベルーガも少しずつ元気を取り戻した頃。


 俺達は国王陛下に呼ばれた。

 国王の話にはよれば、ベルーガの婚約者を探しに行って欲しいとのこと。

 他の国にも魔法使いを出したが、俺達にも行って欲しいと国王陛下は願われた。


『わかりました』


 そして、俺達は国同士の友好関係がある。魔法の国、マージア国に来たんだ。



 ベルーガは生まれた時から他の人よりも、魔力量を多く持って生まれた。

 そして自身の魔力を扱うのが、ど下手。制御する指輪をつけても、感情の浮き沈みで魔力がダダ漏れてしまう。


 そのちょっとした魔力量のバランスで周りの者は、魔力酔を起こして倒れてしまう。


 その中で唯一、ベルーガとバランスが取れたのはナタリー様、ただ一人だけだった。

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