第9話
午後一時。カリダ食堂の入り口の前には『本日終了』の看板が立てかけられた。
「ルーチェちゃんが早く上がる前に、生姜焼き定食完売だよ!」
「たくさんのお客さんでした」
テーブルの上を片付けながら、女将さんと話し一息付く。
いつものお昼時には二、三人のお客さんに待っていただくのだけど、今日は外に行列ができるほど来ていただいた。
「洗い物はこれで最後です」
「ルーチェ、そこに置いといて」
残った食器を持って調理場に行くと、大将さんは奥の椅子に腰掛け休憩をして、ニックは洗い物の真っ最中だった。
子犬ちゃんはというと、カウンターの上で終始大人しく寝ていた。たまに女性のお客さんに撫でられて「キュキュ」と鳴いて喜んでいる姿が見えた。
「お疲れ様ルーチェちゃん、あとはこっちでやっとくから、港街まで気をつけて行っておいで」
「はい、すみません。お先に失礼します」
「ルーチェ。しっかり探してこいよ!」
「うん、ニックもごめんね」
ニックにはたくさんの洗い物を任せてしまった。
「いいって、明日はルーチェに任せるからなぁ、よろしく」
「えぇ任せて! 行ってきます」
いったん部屋に戻りブレスレットと服を着替えてから、子犬ちゃんを連れて港町まで向かった。商店街は今日もたくさんの買い物客で賑わっている。
その中で昨日は休みだった店を中心にまわった。けど、みんなは知らないと首を横に振るばかり。
まだ探していない、路地や裏路地は大人のお店や飲み屋などが多く、夕方過ぎにしか店が開かないし。
わたしでは入りにくいお店ばかりだ。
(ふぅ……疲れた)
時計台近くのベンチに座り、いったん休憩をすることにした。
「子犬ちゃんの飼い主さん見つからないね」
「キュ、キューン」
「ゆっくり探せばいいって?」
子犬ちゃんは気にしていないのか店から持ってきた、蒸したサツマイモを夢中で食べていた。
(この食いしん坊さん……こんなに探しても見つからないなんて、もしかしたら……)
ふと、悪い考えが頭中をよぎり首を振った。違う、この子には絶対に飼い主さんがいる。
わたしは諦めないと、子犬ちゃんを抱えてベンチを立った。
しかし飼い主さんは見つからないまま、時間だけが過ぎていった。
(もう、三時か……)
「子犬ちゃん、魔法屋さんに寄って帰ろうか」
「キュン」
今日がダメでも明日も来ればいいのだと、魔法屋さんに行くために裏路地に向かった。
表通りとは違い、まだ開店前の店が立ち並ぶ静かな路地。
その中を少し早歩きで奥へと向かうと『この先の左奥に魔法屋』と書いてある看板を見つけた。
その通りに左に曲がり奥に進む。
(……見つけた)
裏路地の奥の奥にひっそり立つ、古い煉瓦調の店構えの魔法屋さんがあった。
屋根には大きく魔法屋と書かれた看板。店先に吊るされたお洒落なランプには火が灯り、入り口を明るくさせていた。
店の扉の横には[魔法のことなら何でも魔法屋にお任せ]と書いた板が立て掛けてある。
(魔法かぁ……楽しみ)
それだけで自然と心が躍る。その気持ちを抑えつつ店の扉を開けると、カラン、コロンとドアベルが鳴る音と同時に声が聞こえた。
「いらっしゃいませお客様。今日は何をお探しですか?」
黒いローブのフードを深くかぶり、目に黒い目隠しをした。
見た目、若そうな魔法屋の店主が扉すぐ横に立っていた。
「こ、こんにちは」
「キュ? ギュギュ⁉︎」
子犬ちゃんは飛び上がり聞いたことのない声を上げて、その場にコテンと倒れた。
「こ、子犬ちゃん⁉︎」
「おやおや、驚かせてしまったようですね。大丈夫ですか?」
魔法屋さんが近寄り、子犬ちゃんを両手で抱き上げた。
「これは、じつに可愛い子犬ですね」
「ウー、ウー」
めずらしく威嚇する子犬ちゃん。
それを気にせず魔法屋さんが顔を近寄せると、威嚇をやめて今度は両手を前に出して嫌々をした。
「どうやら、嫌われてしまいましたね」
「キューキュー」
どこか楽しそうな魔法屋さんと、嫌を前面に出す子犬ちゃん。
(そうだわ)
「魔法屋さん。この子の飼い主を知りませんか? もしくは探している人がいませんでした?」
そう聞くと「飼い主ですか」と言い。
「知らないですね。お客様の中にも探している方はおりませんでした。明日に店に来たお客様に聞いてみましょう」
「ほんとうですか、ありがとうございます。それと注文なんですが……氷を二キロ。明後日にカリダ食堂まで配達をお願いします」
「明後日に氷を二キロをカリダ食堂ですね。承りました…では、あちらで注文書に名前の記入をお願いします」
「はい」
どうやら魔法屋さんは子犬ちゃんが気にいったらしく、抱っこしたままレジカウンターに向かっている。
当の子犬ちゃんは諦めたのか、魔法屋さんにされるままになっていた。
(すごい!)
魔法屋の店内は所狭しと魔法のグッズや魔導書、魔道具で溢れかえっていた。
目に入るものがどれも珍しく足が止まる。
(あれはなんだろう? あっちのは?)
それに気が付いた魔法屋さんに呼ばれた。
「カリダ食堂さん?」
「あ、ごめんなさい、いま行きます」
レジカウンターに向かい、魔法屋さんが用意した注文票に名前を書いた。
「明後日に氷を二キロ、カリダ食堂にお届け致します」
「はい、お願いします」
注文が終わったけど店の中をみたい。子犬ちゃんはレジカウンターで大人しくしてる。
「あの、魔法屋さん。子犬ちゃんを少し預けてもいいですか? お店の中をみたいので……」
わたしの無理なお願いに魔法屋さんは少し驚いた様子、でも直ぐに口元がこうを描き。
「えぇいいですよ。子犬は私が見ていますので、ごゆっくりどうぞ」
「キューン」
あら、さっきまで魔法屋さんを嫌がっていた、子犬ちゃんもいいと言ってくれた。
わたしはその言葉に甘える事にして、さっそく気になった魔道具の棚を見に行く。
(な、なに、これ⁉︎)
フラスコの中が渦が巻いていた。
注意書きには[風魔法を封じ込めています]割らないようにお気を付けてください。
このフラスコを割るとどうかなるの?
その隣の棚にはお洒落なランタンが並んでいた。
[火種が一カ月持ちます。切れたら魔法屋までお持ちください、新しい火種をご用意いたします]と書いてある。
この魔法のランタンがあればロウソクを買わなくてすむんだ。
でも、高い。わたしには手がでない高価な代物……でも、タンスにしまった宝石を売れば、あ、ダメダメ。
次、次の棚。そこでわたしは食いついた。
「これであなたも魔法使い気分、一回だけライトが使える杖!」
ライトは光の玉を出す魔法。わたしが使ってみたかった魔法の一つだわ。
(一本、百ヘルかぁ)
この値段ならわたしにも何本か買える。
真っ暗な部屋の中で使えば魔法使いになった気分を味わえる。
「…うわぁ、この杖いい。絶対、欲しいわ」
今日はお財布を持っていないから、次に来たときに買おう。
ここの棚は古い魔導書ね。次はと隣の棚を見る前にボーンボーンと店の時計が五回鳴った。
(もう五時? そろそろ帰らなくちゃ)
日が暮れて外が暗くなってくる。
帰ろうと、レジカウンターに魔法屋さんに預けた子犬ちゃんを迎えに行く。
(あれ?)
レジカウンターに近づくにつれて、ボソボソと話し声が聞こえた。
お客さんが来ているのかな? と、レジカウンターを覗いた。
(えっ?)
お客さんではなく、魔法屋さんと子犬ちゃんが顔を近づけて、なにやら話をしているようだった。
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