第8話
今朝の目覚めは、いつもの夢を見たのに苦しく、すんなりと目が覚めた。
「なんだか楽しい夢……だった?」
近くにもふもふが見えて、横を向けば腹天で寝ている子犬ちゃんがいた。
その子犬ちゃんを起こさないように、ベッドから抜け出して窓を開けた。
「福ちゃん、おはよう」
「ホーホー」
福ちゃんとの挨拶も終えて、子犬ちゃんの朝食を用意始めた。
それが終わると、仕込みに行く準備を始める。
「キュン、キュン」
「起きたのおはよう。これを食べて待っててね」
子犬ちゃんの前にバナナとリンゴの朝食を出した。
ひと鳴きして食べ始めるのを見てから、着替えを始める。
その、ものの数分。
「キュン」
子犬ちゃんのお皿の中は空っぽになり、わたしの近くに寝そべった。
「もう食べたの? 用意しちゃうから待っててね」
着替えが終わりエプロンを持って、子犬ちゃんを抱えて階段を降り裏庭に出ると、女将さんが準備を始めていた。
「おはようございます、女将さん」
「キュンキュン」
「おはようルーチェちゃんと……子犬?」
準備に加わり、昨日港街から「この子を連れてきてしまった」と説明する。
「あらあら君は港街から来たのかい、可愛いわね」
「キュンキュン」
「よしよし、いい子だ」
子犬ちゃんは女将さんに撫でられて、大喜びで尻尾を振っていた。
「女将さん、この子の飼い主さんを探したいので、今日は早めに上がらせてください」
その願いに、女将さんはにっこり微笑んだ。
「あぁいいよ、わかった……そうだ、ルーチェちゃん港街に行くんだろう? ついでに魔法屋に寄って氷を二キロ。明後日に届くように頼んできてくれる?」
「魔法屋さんで氷を二キロですね。はい、わかりました」
魔法屋さんは港街の路地裏の奥の奥に、ひっそりとお店を構える魔法使いの店。
魔法屋さんで売られている氷は、なんでも魔法で出来ていて、三日は解けないという代物。
食品を扱う店はみんな魔法屋さんの氷を使っている。
わたしも気になっていて、いつかは行きたいと思っていたお店だった。
「さぁ話は終わりにしてルーチェちゃんやるよ。今日も大変だよ。生姜のすり下ろしとキャベツの千切りに、きゅうりの薄切り!」
「今日のメインは生姜焼き定食ですね」
女将さんはにんまり頷く、いつもの生姜焼きのお肉が変わり、厚めの上豚ロースになる。
そのお肉に絡む生姜ダレ。
生姜焼きも人気のメニューだ。
「ルーチェちゃん、ちょっと待っててね」
女将さんは裏口に入っていき、休憩用の椅子を持ってきた。
「君の場所はここね」
その椅子をわたし達が作業をする真前に置き、そこに子犬ちゃんは大人しく座った。
わたしと女将さんで大きな樽を二つ用意して、その上にまな板を置き二人並んで作業を始める。
生姜をすり下ろして、下味用のしぼり汁と生姜ダレ用のすり下ろした。
付け合わせのきゅうりの薄切りは塩揉みして、あとで水分をしっかり絞る。
「ルーチェちゃん、これが大変だ」
女将さんがそう言い、用意したのはカゴ一杯のキャベツ。それの千切りだ。
まず、キャベツを剥がして芯を取り丸めて千切りにする。
できた千切りは冷水にさらして、ザルで水分をきる。
その作業中、女将さんが何か思い出したのか手を叩いた。
「そうだルーチェちゃん。ニックがね、前にルーチェちゃんに習った味付けで、卵焼きを焼くって言ってたよ」
「本当ですか!」
「ああ、家でも何度かニックが作って食べさせてくれたんだ、甘めの味付けが美味しいね」
わたしは微笑んで頷く、甘めの卵焼きはほっこり、温かい気持ちにしてくれる。
「今日の朝食は卵焼きと塩おむすびに、きゅうりの塩もみの朝食が食べたいなぁ」
「あら、いいわね、汁物と焼き魚も欲しくなるね」
「焼き魚、いいですね」
わたし達の会話に。
「じゃー、お袋とルーチェの朝食はそれでいい? 焼き魚はないけど」
いつのまにか裏口にいたニック。
「それでお願いします!」
「ニック、よろしく頼むよ」
「キュ」
「おっ、なんだ? この子犬はぁ?」
ニックにも子犬ちゃんの説明をした。
「ふーん、ルーチェはちゃんと飼い主を探すんだぞ」
「うん、わかってる」
「じゃー、俺は朝食作りに戻るよ」
少し経って厨房からニックにできたよと呼ばれて店に入ると、中のテーブルには大皿に塩おむすびが並び、椎茸のお吸い物ときゅうりの塩もみ、生姜焼きが乗っていた。
子犬ちゃんにも蒸して、一口大に切ったサツマイモが用意してあった。
「いただきます」
みんなとの楽しい朝食の後は、お店の忙しいお昼の時間がくる。
サツマイモをペロリと食べた子犬ちゃんは、桶にタオルを引いたベッドで、カウンターの一段高い位置でお昼寝中だ。
「ルーチェ、生姜焼きが上がったぞ」
「はーい」
これまた人気のある生姜焼き定食。
今日の注文はこれだけなので、回転が速くなる分、いつもよりもお客さんが増える。
そのお客さんの中に、黒いローブのあの人が珍しく、奥の席に来ていた。
今日は来れたんだ、生姜焼き好きなのかな?
気になり、ついついその人に目がいってしまう。
あ、卵焼きを食べ後に口元が緩んだわ。
「なにルーチェちゃん。お客さんを見てにやけてんだい」
「女将さん、何もにやけていませんよ」
「ルーチェはご機嫌だな、生姜焼き上がったよ」
女将さんとニックにからかわれた。
そして勘違いをした女将さんに「ほら会計に行っておいで」と背中を押される。
「ありがとうございました」
「……今日も美味しかったよ」
と、帰り際に黒いローブの人が言ってくれた。
あの人はやはり、どことなく先輩に雰囲気が、似ているような気がした。
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