第7話

 わたしは前世を思い出しても、婚約破棄されると知っても、カロール殿下を愛していた。

 殿下にしても、幼い頃から一緒に過ごしたもの、簡単に気持ちは変わらないと思っていた。



 ーーだけど現実は違った。



 学園から戻り、ベッドで泣く日々。


「どうして、カロール殿下はわたしの側にいてくださらないの?」


 流行りのドレスを身につけて髪だって綺麗に編み込み、カロール殿下に『ルーチェ嬢、綺麗だ』と言われたかった。

 これからのことも考えて、王妃様とのサロンにお茶会。

 自らもサロンを開き、殿下の側近になる方達の婚約者とも交流をしていた。


 どんなに努力を重ねてもカロール殿下は変わられた。


 会話もなく、笑ってくださらない。

 側に来ることなく、男爵令嬢リリーナさんのところに行ってしまわれる。


 引き止めようとすれば、冷たい目線を送られた。


 そしてこの頃からかやってもいないことを、わたしがやったと言われ始める。

 リリーナさんの教科書が破かれた、廊下で足を引っ掛けられた、中庭の池に落とされたなど……


 誰しもがわたしを悪女だと悪役令嬢だと、クラスの中だけでは無く、外を歩くだけでも陰口をたたかれた。


 そんなある日、偶然にも眺めた中庭でカロール殿下とリリーナさんがベンチで、仲睦まじく肩を寄せ合って微笑んでいた。


 衝撃を受けつつわたしは思う。

 これは、何をしても婚約破棄はくるのだと悟ったんだよね。


 

 もう、昔のことなのだと。そう頭では思っていても、なかなか二人から目を離せずにいた。



「おい、泣くなよ!」


 

 とつじょ近くで、初めて聞く若い男性の声が聞こえた。


 誰だと……初めてのことが夢の中で起こり、焦り、少し怖く感じた。


「ねぇ、君は平気か?」


 どうやらこの声はわたしを心配しているようだ、わたしは焦る心を落ち着かせて声の方を向く。



(えっ、黒いモコモコ⁉︎)



 近くでわたしよりも大きな、雲の様な黒いモコモコが動いていた。



(なんなのこれ?)



「君には、僕の声が聞こえている?」


「えぇ聞こえていますし、泣いてもいません」


「ほんとに? ほんと」


 黒いモコモコから、手のようにニョキっとモコモコが伸びて、確かめるようにわたしの頬に突っついた。

 頬を触られてビクッと驚きはしたけど、モコモコは冷たくひんやりしていた。

 それに、不思議と怖く感じなかった。


「でも、君は悲しい表情をしてる」


 悲しい表情? かぁ……このモコモコにはわたしの表情が見えているのか。


「でしたら、よくやったと頭を撫でてください」


「えぇー!」


 今度は逆にモコモコが驚いたように体をビクつかせた。

 しばらくその場をうろうろして、すーっと息を吸う動きをした。



「き、君はよくやったー!」


 

 モコモコから二本のモコモコがニョキニョキと伸びてきて、わたしの髪をくしゃくしゃに撫でた。


 それはぜんぜん乱暴でなく優しいモコモコだった。


「もう、撫で方が雑。髪がくしゃくしゃだわ」

「なんだよ。君が撫でてって言ったんだぞ、もっともっと撫でてやる!」


「いやよ、今度はわたしがお礼にあなたを撫でるわ」


「うわぁっ、それは勘弁」


 慌てて、逃げるモコモコを笑って追いかけた。

 

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