第2話(手直し)
「ルーチェちゃん、準備はいい」
「いつでも、いいです」
「今日も一日元気に働くよ!」
「はい!」
朝食が済んだら、のんびりしていられない戦場が待っている。
十一時に開店をしたカリダ食堂にはお昼を求めて、大勢の人が押し寄せてくる。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
お昼時を迎えてからも港町から、たくさんの人がコロッケを求めてやって来る。
みんなが頼むのはやっぱりお肉たっぷりの牛肉コロッケ定食。
食べ方は色々そのままかじっても美味しいし、醤油にソースにマヨネーズなど味付けは自由だ。
厨房からはコロッケを揚げる音にお腹が空く。
「コロッケ定食を三つお願いします」
「わかった!」
お盆の上のお皿に揚げたて、わたしの拳くらいある牛肉コロッケ二つとコーンコロッケが乗り、横には千切りキャベツとキュウリにトマト。
大根と揚げのお味噌汁に白菜の浅漬けに山盛りご飯。
「ルーチェ、コロッケ定食十一番さんのが上がったよ」
「はーい」
入り口から右の奥の窓側の席に、黒いローブのフードを頭からすっぽりと被る若いお客さん。
その方は魔法使いなのだろう、魔法使いの証、青い石が付いた指輪が指にはめられていた。
(このお客さんは水か氷属性なんだ)
「どうぞ、コロッケは揚げたてなので気をつけてお召し上がりください」
「ああ、わかった」
醤油をかけたコロッケを冷まして口に運ぶ時、フードからさらりと黒色の前髪が見えた。
この世界では珍しい黒髪だわ、その髪に目を奪われた。
「ルーチェ、次上がったぞ!」
「はーい」
ダメダメ、今は忙しいお昼の時間。
次から次へと注文が来る、少し手が開き黒髪のあの人は? と見たら違う人が座っていた。
レジは女将さんがしたのだろう。
それにどこと無く雰囲気が先輩に似ていた。
髪の色が違うから人違いだろうな、先輩の髪の色は私と同じシルバー色の髪だったもの。
卒業式後の舞踏会に、他の魔法省の人は来ていたけど先輩はいなかった。
学年が一つ上で卒業をしていたし。
わたしもカロール殿下との婚約破棄が終わった後は、すぐに王都を出てしまったから……かな。
もう一度、先輩に会えるのなら「一緒にいてくれてありがとう」と伝えたい。
♢
魔法科の先輩と普通科のわたし。
いつもの誰もいない学園の第三書庫に並んで座って本を読んでいた。
先輩はわたしをいつの間にか「ルー」と呼んだ。
本当ならば婚約者のいる公爵令嬢のわたしが、男性と書庫に二人きりでいるなんて許されない。
ルーだなんて呼ばれてもダメなこと。
でも、先輩といるとホッとして心が安らいだ。
どちらかというと一人でも平気な先輩から、わたしが離れなかったんだ。
『おい! 魔力が無いお前では無理だ、危険だからやめろ』
魔法を使おうとすると、いつも先輩はキツくわたしを止めた。
黒いローブから切れ長な赤い瞳が睨む。
『そんなの分かってるわ、ちょっと興味本位でやってみただけよ』
『興味本位って――出来ないものをやって、万が一怪我でもしたらどうするんだ』
くっ、正論すぎて反論できない。
『だって、先輩が羨ましいのだもの』
『……ルー』
元々、魔力が無いのに魔法を使おうとして、先輩をいつも困らせていたっけ……
悪役令嬢と呼ばれて、人々の嫌われ者でも普通に接してくれたから、わたしも普通に話せた。
でも、一度だけ胸の内を伝えた。
「わたしの近くにいると、先輩まで悪く言われるのは嫌」
「そんなこと気にしなくて良い、俺たちはあいつらが噂することなどしていない。言いたい奴が言えばいいんだ! 俺はルーと一緒にいたいけどお前は違うのか?」
先輩の赤い瞳が悲しげに揺れた。
「わたしだって先輩と一緒にいたいけど……先輩が悪く言われるのは嫌なの」
周りの人たちは面白がり、大袈裟に言いふらして人を傷つける。
「俺は平気だ。俺たちがいいならそれでいいだろ」
「先輩」
大きな手で頭を撫でて、笑い、常にわたしの側にいてくれた。
その先輩の卒業式。
いつもの場所で涙が止まらなかった。
「……やだ、先輩、う、ううっ」
「俺は王城勤務の見習い魔導士になったんだ、ルーも城には来るだろう? いつでも会えるから、そんなに泣くなよ」
「やだ、やだぁ先輩と離れたくない!」
あの時は泣きじゃくっちゃって、困らせたなぁ。
そんな、先輩に似た人が今日もお昼に来ないかと、期待をして待っていたのだけど。
あの日いらい忙しいのだろうか、次の日もまた次の日も閉店までその人はお店に現れなかった。
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