第43話 捕虜
連れて帰るしかないだろうな。
見てはならないものを見られてしまったし、かといって殺すわけにもいかないし。
それに敵の情報も分かるしね。
マイケル・デリングハウスと言うのが彼のフルネームだった。長いので以後はマイクで。
マイクは《ファイバー・バード》の乗組員の一人だが、ほとんど雑用係のような事をやらされていたらしい。
とにかくマイクの話ではマーフィはすでにマーカーを見つけていたようだった。それは《リゲタネル》が島で修理を行っていたころらしい。
なのになぜマーフィはマーカーを壊さなかったのか?
それはマーフィがもっとも恐れていた事態を引き起こしかねないからである。
つまり《リゲタネル》がランダムに開いたワームホールに入ってしまうことを……
もし、そんな事になったら、いつか帰って来るかもしれないあたし達の影に、彼は死ぬまで怯え続けなければならなかったからだ。
あたしは仮眠室の鍵を開いて中に入った。
ベッドの上ではすっかり意気消沈したマイクが体育座りしている。
ただでさえ狭い《リゲタネル》で一人の人間を監禁するスペースを確保するのは大変だが、彼を野放しにもできないので仕方なかった。あたしの後から慧が入る。
「ねえマイク」
あたしが話しかけてもマイクは顔を上げようとしない。
「もう少しあなたに聞きたい事があるんだけどさ」
「僕はクビですね」
マイクは呟くように言う。
「会社の秘密をこれだけペラペラ喋っちゃったんです。マーフィ部長はきっと僕を解雇するでしょう」
「いや、だからねえ」
「バケモノから命を救ってくれた事は感謝してます。でも、どのみち会社クビになったら僕は野垂れ死にです」
「転職すればいいじゃない。だいたいさあ、船外作業を一人でやらせるようなブラック企業に義理立てすることないでしょう」
「転職? 無理ですよ。今の仕事見つけるのだって大変だったんです」
「いや、そんなのやってみなきゃ……」
「何を聞きたいんですか?」
「え?」
「何か、僕に聞きたいことがあるんですよね?」
「話してくれるの?」
「ええ。これだけ話してしまったのだから、この際何を追加しても同じですよ」
「それじゃあさ、《ファイヤー・バード》の武装を教えて欲しいな。ミサイルは、もう撃ち尽くしていると思うけど」
「一発残っています」
「ええ!? 残っているの?」
「撃ち尽くしたように見せかけて、油断しているところへ最後の一発を撃ち込んでやると言ってました。そのためにコンテナに一発積んであったんです」
「で、他には?」
「船首に、五百メガワットのレーザー砲があります」
「やっぱりあったのね」
しかし、五百メガでは正面から戦っても《リゲタネル》のグレーザー砲に勝てない。だから今まで正面からのレーザー砲戦は避けていたんだ。
「それと、もう一つ。武装ではありませんが」
「何?」
「マーフィ部長は《リゲタネル》をWCの実験台にするつもりでいました」
「WC? なにそれ」
「ワームホール・クラッシャーの略です」
「ああ! あの時空管破壊装置のこと。あれワームホール・クラッシャーっていうんだ」
「ええ。WCが時空管だけでなく、マーカーや時空穿孔船の破壊にも使えるか、この機会に実験してみたいと言ってました」
どうでもいいけど、おトイレみたいな略称はやめて欲しいな。
まあ、それはともかく……
「ありがとう。マイク。話してくれたお礼に無事に帰りつけたら、あなたの転職先紹介するわよ」
「本当ですか?」
「ええ。彼がね」
そう言ってあたしは慧の背中をグイっと押して前に出す。
「な……なんで僕が?」
「いいじゃないの。慧のお父さん社長でしょ。お父さんに頼んであげてよ」
「しょうがないな」
「あ! そうだマイク。もう一つ聞いて良い?」
「いいですよ」
「ありがとう。《ファイヤー・バード》の時空穿孔機は、一回使ってから次に使えるまでどのくらいかかるの?」
「それはどういう意味と考えればいいのでしょうか?」
「え?」
「つまりですね、エネルギーを蓄積するのにどのぐらいかかるかという事でしょうか? それとも蓄積したエネルギーだけで、次を使うのにどのくらいかという事でしょうか?」
「ちょっと待って。という事は《ファイヤー・バード》は二回分、三回分のエネルギーを蓄積できるわけ?」
「はい。蓄積したエネルギーだけで時空穿孔機を二回動かせます」
「じゃあ、蓄積したエネルギーだけで、次に時空穿孔機を使うまでどのくらいかかるの?」
「五分です」
「五分!?」
これで、マーフィの意図がはっきりしたわ。
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