第44話 楼蘭へ

 《リゲタネル》が隠れ場所から飛び上がったのは、爆発予定時刻の十分前。

 今度は迷わずワームホールの方へ向かう。

 ちょうど十分後に到着できる速度で飛び続ける。

 途中のどこかにマーフィは必ずいる。

 だが、あたしの推測が正しいなら、奴はすぐには襲ってこない。

 奴が襲ってくるのは《リゲタネル》が最も無防備になる瞬間だ。

 その瞬間が来るまで奴は現れない。


「慧。レーダーを入れて」

「分かった」


 この衛星に降りて以来、逆探知を恐れて今まで使わなかったレーダーを入れた。

 時計を見る。

 爆発まであと五分。


「敵影今のところなし、あ! ビーコンキャッチ」

「慧、ビーコン発信源の辺りの映像を出して」


 正面の映像が拡大される。

 間違えない。一ヵ月半前あたしと栗原さんが出てきた場所だ。仮設基地の残骸がまだ残っている。

 水タンクや酸素タンクはそのまま。

 傾斜路はほとんど吹き飛んでなくなっていた。

 しかし今はその方がいい。

 《リゲタネル》でワームホールに入るとき、傾斜路はむしろ邪魔になる。

 爆発まで後二分を切った。

 液化メタンの湖の上空を通り過ぎる。

 高度を落としていく。

 やがて《リゲタネル》は地表スレスレまで高度を落とした。

 爆発まで三十秒。

 レーダーには何も反応がない。

 マーフィは本当に隠れているのだろうか?

 爆発十秒前。

 《リゲタネル》減速する。

 カウントゼロ。

 右舷後方の山脈付近に閃光が走った。

 数瞬後に爆音が響く。

 そして重力波が消滅した。

 時空穿孔機始動!

 レーダーに影が現れたのはその時だった。

 山脈の後に隠れていたようだ。

 だが構ってはいられない。

 もうワームホームは開いている。

 《リゲタネル》はワームホールに突っ込んでいく。

 あたし達は光に包まれた。

 特異点を越え。

 そしてワームホールを抜けた。

 正面に小惑星 《楼蘭》の姿が見える。

 帰って来たんだ。


「右舷スラスター全開!!」


 あたしが叫んだ時には慧はすでに実行していた。この辺りはすでに打ち合わせどおり。

 ついであたしは通信機のスイッチを入れ、予め吹き込んでおいたメッセージを全周波数で流す。


「こちらは日本国宇宙省所属工作船 《リゲタネル》です。現在、凶悪なテロリストからの追跡を受けてます。《楼蘭》の皆さん救援をお願いします。テロリストの名前はジョン・マーフィ。彼は一連のワームホール圧壊事件の犯人です。私達はその証拠を掴んだために彼から命を狙われ続けています。どうか救援をお願いします」


 マーフィがワームホールから出現したのはまさにその時だった。

 ワームホールを抜ける前に奴の放ったレーザーが虚しく虚空へ消えていく。

 そしてワームホールから《ファイヤー・バード》本体が出現した。

 様子は分からないが、恐らく《ファイヤー。バード》の中は混乱していることだろう。正面にいるはずだった《リゲタネル》がいないのだから。

 そう。これがマーフィの意図していたこと。

 リゲタネルが最も無防備になる瞬間。ワームホールを抜けた直後を狙うことだったのだ。ワームホールを抜けた直後なら《リゲタネル》にはもうエネルギーがない。

 新たなワームホールを開けないばかりか、グレーザー砲も使えない。

 さらに《楼蘭》に帰ったことで安心しきっている。

 そんな時に背後のワームホールから襲われたらひとたまりもない。

 マーフィはそう考えてたのだろう。

 ただ、その場合リゲタネルを葬ったとしても彼は逃げることができない。

 《ファイヤー・バード》とて一度ワームホールを越えたら、もう一度ワームホールを開くまで時間がかかるはず。あたしはそう思って、マーフィがその作戦をやるはずがないと思っていた。

 だが、それが大きな間違え。

 《ファイヤー・バード》は《リゲタネル》と違い、時空穿孔機を二回連続で使えるのだ。

 《ファイヤー・バード》は《リゲタネル》を葬った後、すぐに背後のワームホールから逃げることができるのだ。

 マーフィはそうやって犯罪を隠蔽するつもりだったのだろう。

 それを予想したあたしは対策を用意しておいた。ワームホールを抜けた直後に右舷スラスターを全開にして、《リゲタネル》をワームホールの正面から逃がしたのだ。

 もし、あのまま真っ直ぐ進んでいたら、《リゲタネル》は背後からきたレーザーの直撃を受けて大破していただろう。

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