第42話 気にしなくていいよ。ただの反陽子爆弾だから。

 メタンクラゲが今にも彼に襲いかかろうとしている。

 どうやら運は良くなかったみたいだ。


「助けて!!」


 彼は通信機を取り出したが、手を滑らして落としてしまう。

 拾おうしたが、その前に彼の身体が触手に絡め取られる。


「マーフィ部長助けてください!! バケモノです!! いやだ!! 死にたくない!!」


 ど……どうしよう? このままじゃあの人殺されちゃう。


「誰か助けてえ!! ママ!!」


 もう我慢できん!!

 あたしは隠れ場所から飛び出した。


「ちょっと美陽!! 何する気? そいつは敵なのよ」


 そんな事は分かってる。でも、あたしは人間であることをやめたくない!

 レーザーガンをメタンクラゲに撃ち込んだ。


「ピキィィ!!」


 メタンクラゲは悲鳴を上げて彼を放す。

 さらに神経中枢を撃ち抜いてトドメを刺す。


「あわわわ」


 腰を抜かしている彼に、あたしは手を差し出した。


「大丈夫? 一人で立てる?」

「あ……ありがとうございます」


 彼はよろよろと立ち上がる。


「うわわ!! また来た!!」


 そして彼は腰を抜かした。

 背後を見るとメタンクラゲの群がこっちへ向かってくる。


「明かりを消して! 奴らは光に引き寄せられるのよ」


 あたしは投光機を指差した。


「うわわ!」


 だめだ、完全に混乱している。

 そうしている間にサーシャが飛び込んできた。サーシャは投光機を蹴倒すと明かりが出なくなるまでレーザーガンを撃ち込む。

 スイッチで消せよ!

 群の方に目をやると慧が信号銃を構えて立っていた。

 群の反対側に向かって信号弾を発射する。

 眩い光源が空中に出現。

 メタンクラゲの群は光源へ向かっていった。

 なんとか助かったわね。


「ねえ、これ何かしら?」


 サーシャが装置を指差す。

 直径一メートル程の多面体がいくつも、装置を取り囲むように配置されている。なんだろう?

 慧は多面体を観察する。


「位相共役鏡だ!!」


 位相共役鏡って、たしかレーザー光線を元来た方向に反射する装置よね。じゃあ、もしグレーザー砲でこのあたりを攻撃していたら危なかったかも……

 もちろん、グレーザー砲を食らったらこの装置もあっという間に蒸発するけど、その前にレーザーの一部がこっちに跳ね返ってくる。

 グレーザー砲を使わなくて正解だったわ。


 さて……


「じゃあ始めましょうか」


 あたし達はそれぞれ待ち寄った部品を出し合った。あたしが用意した円筒形の容器には、さっき《リゲタネル》のトロイダルコイルからちょびっとだけ抜き取ってきたプラズマ状態の反陽子が強力な磁場で封じ込められている。それに慧の用意した電子装置とサーシャの持ってきた加熱装置を取り付ける。

 時間がくれば加熱装置が反物質容器の超伝導物資の一部を過熱し、超伝導転移温度以上に温度を上げてクエンチを起こさせる。

 そして磁場の支えを失った反陽子が容器の壁に触れて対消滅を起こす仕組みだ。

 抜き取ってきた反陽子の量から計算してその威力はTNT火薬十トン分。

 それを時空管破壊装置の下にセットする。

 最後に慧が時限装置をセットしているところへ彼が這い寄ってきた。


「あのう」


 作業中の慧に彼が話しかける。


「ん? なに?」

「その箱はなんですか?」

「ああ、気にしなくていいよ。ただの反陽子爆弾だから」


 おいおい。『ただの』って言うなよ。


「なあんだ。ただの反陽子爆……ええええ!?」


 あーあ、また腰を抜かしちゃった。

 ん? サーシャがあたしの肩を叩く。


「なに?」


 サーシャは腰を抜かしている彼を指差す。


「あれ、どうするのよ?」

「どうするって……そりゃあやっぱり」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る