第38話 大気圏突入

「サーシャさん!! 今、船を敵に向けた!! 撃って!!」

 グレーザー砲は、リングの岩や氷を蒸発させながら突き進み、その先にいた戦闘艇を打ち砕いた。

 それにしてもこの二人、いつの間にこんなに息が合うようになったんだろう?

「残り二つよ! 慧君、次に向かって」

「はい!!」

 慧は次の敵を探していた。でも、もうそんな時間はない。

 赤外線源はあと十分ほどで第五惑星の大気圏を掠める。あたし達と同じようにエアーブレーキを使う気だ。

「サーシャ、慧、雑魚を相手にしている暇はなくなったわ」

 二人はあたしの方を振り向く。

「今からリングを出ましょう。そして船体を対レーザーシールドガスで包みながら、あの衛星に突入するのよ」

「でも美陽。戦闘艇がレーザーじゃなく、体当たりをしてきたらどうするのよ?」

「その時は迎撃して」

「行き当たりばったりね。でも、もうそれしかないみたい」

 サーシャはチラっとレーダーディスプレイを見た。

 《リゲタネル》はリングの上に出る。同時に船体からレーザーを拡散する粉粒体を含んだ気体、対レーザーシールドガスを放出して船体を包み込んだ。

 浮かぶ大地のようなリングの上を衛星に向かいフル加速で突き進む。衛星はもうすぐそこ。

 突然、リングに隠れていた戦闘艇が出てくる。《リゲタネル》は戦闘艇に左右から挟まれてしまった。

 左右からレーザーが襲い掛かる。

 今のところ船体を覆うシールドガスがレーザーを防いでいる。

 だが、ガスはあと五分で尽きる。

 しかし、化学ケミカルレーザーの燃料も無限じゃないはず。

「左舷の奴が突っ込んでくる!」

 レーダーを見ながら慧は叫ぶ。

 左舷の奴、レーザーを撃ちつくしたな。

「慧君!! 船を左に向けて!!」

 慧は操縦桿を倒す。

 船は左に旋回する。

 正面に戦闘艇が現れた。

 グレーザー砲が一瞬にして戦闘艇をプラズマに変えた。

 船体に衝撃が走る。

 もう一機の奴のレーザーが当たったか。

「損害は?」

「後部第二砲塔じゃ」

 教授が確認しくれた。

 あたしは生き残った第一砲塔のトリガーを握った。

 レティクルを戦闘艇に合わせる。

 命中。

 でも、グレーザー砲のように一撃必殺とはいかなかった。

 まだ、エンジンが動いている。

 さらに数発レーザーを叩き込んだ。

 ようやく、エンジンが爆発。

 リングの上に大輪の花が咲いた。

 《リゲタネル》は船尾を衛星に向けて減速を開始した。正面に第五惑星が見える。

 そして第五惑星を背にして《ファイバー・バード》がこっちへ向かってくる。

 映像を拡大してみた。

 ちょうどブースターと予備推進剤タンクをパージしているところだった。

 あれ? まだパージしてないタンクがある。

 と思ったらタンクじゃない。

 コンテナのようだけど……

 どうせろくでもない物が入ってるんだろうな。

 余計な重量物を捨てて《ファイヤー・バード》の加速度はさらに上がった。

 まだグレーザー砲の射程外。

 しかし、マーフィは簡単にレーザーの射程内に入ってくるような素直な男には見えない。

 たぶん、次に来るのは……

「ミサイルを撃ってきた。数は十発」

 一度に大量に撃って、こっちの迎撃能力を飽和される気ね。

「サーシャ!! 迎撃たのんだわ」

「任せて」

 サーシャはトリガーを握る。

「ミサイル、距離七千。射程内に入ったよ」

 レーザー発射。

 ミサイルは次々にプラズマに変わっていく。

 プラズマ雲を突きぬけて後続のミサイルが続く。こっちのレーザーはもつだろうか?

 反物質はまだあるけど、さっきから撃ち続けでそろそろオーバーヒート気味だ。

「距離五千」

 後続のミサイルもプラズマに変わっていく。

 最後の一発は距離三千でレーダーから消えた。レーザーは辛うじて持ちこたえたようだ。

 あと一発でもくれば危なかったかも……


「《ファイヤー・バード》から通信が来ているよ。どうする?」

「つないで。慧」

 ディスプレイにマーフィが出た。

 顔には以前ほど余裕がない。

「マーフィさん。久しぶりね。なんか顔色が悪いけどどうかしたの?」

『あなた達が大人しく捕まってくれないからですよ』

 そりゃ責任転嫁だって。

『おかげで私は夜も寝られない日々を過ごしているんです』

「じゃあ昼寝でもしてれば」

『いったい、こんなガス惑星に何をしに来たんです?』

「観光旅行よ。あたしガス惑星のリングって大好きなのよ」

『ふざけないで下さい。さあ、ここに何があるんですか?』

「国家機密には答えられないわね」

『国家機密? まさか!? ここにワームホールが!?』

 う! 意外と鋭いわね。こっちは軽口で『国家機密』と言ったつもりだったのに……

「あらいけない。もう大気圏突入の時間だわ。それじゃあマーフィさん。今度は法廷でお会いしましょう」

『待ってくれ。本当に殺したりしない。だから大人しく捕まってくれ。そうだ! 辺境の惑星であなた達を解放しよう。それなら……』

「あのさあ、なんであたし達が辺境の惑星で暮らさなきゃいけないのよ。だったらあんたが辺境に行けばいいでしょ」

『そんな……許してくれ』

 あたしは通信を切った。

 これ以上あの男の顔を見てもムカムカするだけだ。

「船長、ちょっといいか」

 教授の顔がいつになく深刻だ。

「どうしました?」

「修理の必要がある」

「どこをやられたんです?」

「さっき第二砲塔をやられたろ。あの時、エキゾチック物質の船殻に微かな亀裂ができてしまったようじゃ」

「なんですって?」

「通常航行に問題ないが、このままワームホールに入ると圧壊の危険がある」

「修理はできますか?」

「それは大丈夫じゃ。亀裂に充填剤を注入すればいいだけだからな。ただ船外作業になるんじゃ」

「船外作業!?」

「なに。ほんの三十分もあれば終わる。反物質を蓄積するより早いだろう」

「ロボットにやらせるんですか?」

「いや、ワシがやった方が早い」

「実は」

 あたしはメタンクラゲの事を話した。

「なるほど、そんな物騒な生物がいるのか。まあ、地表に降りたら対策を立てよう」

 《リゲタネル》は衛星への降下を始めた。

 大気が次第に濃くなる。

 ん? 待てよ。

「慧! 降下中止! 上昇して」

「え? なんで」

「いいから、上昇して」

「分かった」

 《リゲタネル》は再び上昇を開始した。

「どうして上昇するのよ?」

 サーシャは不思議そうな顔をする。

「あたしの思い違いかも知れないけど《ファイヤー・バード》って確か……」

 あたしが言い終わる前に、慧の叫びがあたしの推測の正しさを証明してくれた。

「ミサイルだ! ミサイルがこっちに来る」

 やっぱり!

 この前 《ファイヤー・バード》はミサイルを全部で十二発使ったはず。

 やはり二発残していたか。

 こっちが大気圏に突入してレーダーが利かなくなる瞬間を待っていたな。

 さっきの通信も、こっちを油断させるためにやったのね。

 でも、おかげでこっちも、レーザー砲を冷却する余裕ができたわ。

「油断もすきもないわね」

 サーシャはトリガーを握りなおす。

 グレーザー砲は千キロ手前でミサイルをプラズマに変えた。

 今度は何も通信は来ない。通信はなくてもマーフィの落胆ぶりが目に見えるようだった。

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