第37話 第五惑星

 ワームホールを出発して六日後。

 ようやくあたし達は第五惑星に到着した。

 第五惑星は巨大な木星型惑星ガスジャイアント。その周囲には五十以上に及ぶ衛星が周回し、巨大な輪を持っていた。

 推進剤を節約するため、《リゲタネル》は、バリュートを開いて第五惑星の大気圏上層部を掠めてエアーブレーキをかけた。

 そうして十分に減速を終えたとき、敵は現れた。

 現れたのは教授の予想通り無人偵察艇。


 減速を終えてブースターを切り離したその機体は全長三十メートル、直径二メートルのシリンダー状。

 その形状をカタログと照合したところ一致する機体が見つかった。

 CFCの私設宇宙軍がよく使っているSR76型無人偵察艇。

 その機体体積のほとんどはエンジンと推進剤タンク。武装は二十メガワット化学ケミカルレーザー砲。

 武装は大したことないが、問題は……

 サーシャの撃ったグレーザー砲は氷塊に隠れていた無人戦闘艇を氷塊ごと蒸発させた。

 これで七機目。

 問題は数がちょっと多かったことだ。低武装とはいっても十機も来られてはちょっとやっかい。おかげでかなりの時間を浪費してしまった。

 七機目の敵を倒した後 《リゲタネル》は直ちにリングの中に隠れる。さっきまで《リゲタネル》のいたあたりに浮いていた氷の塊が蒸発する。戦闘艇からの攻撃だ。

 それにしても何もないところで襲われたら危なかった。咄嗟に第五惑星のリングの中に隠れたのは正解だったようだ。

 この戦闘艇の最大の強みはスピード。だが、小さな岩や氷が無数に漂っているリングの中ではその強みが生かせない。

 あたし達は岩や氷を、時には羊飼い衛星を盾にとって逃げ回り、戦闘艇を一機ずつ各個撃破していった。

「船長。時間がかかりすぎじゃ」

 あたしは少し苛立ち気味に教授をにらみつけた。

「分かってます」

「いや、別に非難しているわけではない。恐らくこの戦闘艇は時間稼ぎだと思うんじゃ」

 それも分かっているって。

 この惑星系に巨大な赤外線源が近づいてきているのは分かっていた。間違えなくマーフィの《ファイヤー・バード》だ。

 ブースターと推進剤タンクをありったけ付けて追いかけて来たに違いない。それでも追いつけそうにないので、先に戦闘艇を送り込んであたし達の足止めにしているんだろう。

 目的地は目と鼻の先だというのに。

「あの戦闘艇、大気圏突入能力はなさそうじゃ。この際、思い切ってリングから出てあそこへ逃げ込んでみないか」

 教授の指差す先にそれはあった。

 宇宙空間に浮かぶ縞模様の大地のように見えるリング。そのリングによって下半分を隠されているオレンジ色の巨大な衛星。

 そこがあたし達の目的地だ。

 そう。一ヵ月半前にあたしと栗原さんがメタンクラゲに追い回された衛星。

 あの時はメタンクラゲに追い回されて天測をする余裕もなく逃げ出した。そのために衛星の位置を特定できなかったが、まさかこんなところにあったなんて。

 ワームホールはどこにつながるか予想できない。しかし、何かの法則性があるのかもしれない。

 ある人の説によれば、ワームホールを最初に観測した人の思いがつながる場所を決定するという。もちろん根拠のない俗説だ。

 でも、あたしはその説が正しいような気がしてきた。

 猫の惑星につながったワームホールも、メタンクラゲの衛星につながったワームホールも、最初にファイバースコープで観測したのはあたしだった。

 二つのワームホールが同じ恒星系につながったのはあたしの思いが作用したからだろうか?

 あるいは……

 あたしは小箱を開きトロトン・ナツメにもらった桃色水晶を眺めた。

「ねえ、サーシャ」

「なに?」

「この恒星系につながったロシア側のワームホールは、誰が最初にファイバースコープで観測したの?」

「私だけど。なにか?」

「ごめん。なんでもないの」

「変なの」

 助けを求める猫達の切実な思いが、あたしとサーシャをこの恒星系に呼び寄せたのだろうか?

 でも、だとするとなぜカペラには……いや、つながるわけがないんだ。

 あたしは相手町に帰りたいと思いながらも、心の底で相手町の惨状を見るのを恐れていた。その恐れが、今までカペラへのワームホールを開けなかった? 

 では今回開けたのはなぜ?

 今回はキラー衛星に追われ、あたしは死を覚悟した。その時あたしは相手町に戻りたい、死ぬ前にもう一度見たいと切実に思った。

 その思いが、恐れに打ち勝ってワームホールをカペラにつなげた?

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