第36話 船外活動

「何……これ?」


 メインパネルには、新たな赤外線原が現れていた。数は十。


「なんなの? この艦隊は?」


 サーシャも、メインパネルを見て目を丸くしていた。


「いや、艦隊ではない」


 教授は、落ち着いた口調で言う。


「数は多いが、一つ一つの質量は大きくない。恐らく無人艇だろ。ただ、この加速度だと、第五惑星で追いつかれるな」

「艦隊じゃないにしても、相手は戦闘が専門の船ですよね。それが十機も……」

「サーシャ君。恐らくこれは大した戦闘力はない」

「教授、なぜそう言い切れるのです?」

「こいつらの質量の大半はブースターじゃ。ワームホールを抜けられる大きさという制約もあるから、本体はそれほど大きくない。恐らく偵察艇の類いだろう」

「偵察艇?」


 教授は、あたしの方をふり向いた。


「船長。これから船外活動をするが、手伝ってもらえるか?」

「船外活動?」

「ワームホールを抜けたとき、船外にコンテナを取り付けただろう。あの中身を取り付ける」

「ああ! バリュートですね。やはり、使うのですか?」

「戦闘になるかもしれん。そうなると、推進剤を少しでも残しておかねばならんからな」


 ガスなどにより展開する袋状の大気制動装置。バルーンパラシュート。略してバリュート。

 いざとなったら、これを使って第五惑星の大気圏上層部を掠めてエアブレーキをかけようと思い持ってきたのだ。

 エアブレーキをかけている途中で、万が一これが外れたりでもしたら船が破損するので、できれば使いたくなかったのだが、推進剤を節約するためには使わざるをえない。


 慧とサーシャを船内に残して、あたしは宇宙服を装着して教授と船外に出た。

 二人を残したのは、サーシャはあまり船外作業が得意でないので。慧は疲労が溜まっているから。

 しかし、疲労が溜まっていると言うなら、教授だって同じなのに……


 作業は三時間ほどかかった。これだけかかると、途中でトイレに行きたくなるけど、あたしの使っている宇宙服はトイレ機能付きなので問題はない。安物の宇宙服だとオムツを着けるらしいが、あんな物の世話にはできればなりたくないな。


 取りつけたバリュートの強度を点検している時、ふいに教授が近づいてきた。


 まさか、こんなところでセクハラ?


 なわけないか。


 教授はヘルメットをあたしのヘルメットくっつけてきた。通信機を介さずに宇宙で会話をするときはこうするのだ。


「船長。本当にこれでいいのか?」


 ん? あたし、何か作業手順間違えたかしら?


「いいって? 何のことですか?」

「幾島君とサーシャ君が、くっつくような事になっても、本当にいいのか?」


 何を言いたいのだ? この人は……


「べ……別にかまいませんよ。そんなの、あたしに関係ありません」

「船長は、幾島君の事を、どう思っているのだ?」

「どうって? 幼馴染で……弟みたいな奴……ですけど……」

「本当に、それだけか?」

「それだけですよ。他に何があるというのです?」

「幾島君とサーシャ君がくっついてから『慧はあたしのモノだ! 返せ!』などと言っても手遅れになるぞ」

「言いません」


 あたしは、朝ドラのヒロインか!


「そうか。ところで、今は船内でサーシャ君と幾島君と二人切りなのだが、今頃……」

「そんな破廉恥な!」

「何を想像している? わしはただ二人切りと言っただけだが……」


 は! あたしは何を動揺しているんだ?


 ていうか、今、何を想像していた?



慧『サーシャさん。今まで、憎まれ口を叩いてごめんなさい。僕、本当はあなたの事が好きでした』

サーシャ『私もよ』


 イチャラブ、イチャラブ……


 ええい! 妄想消えろ!



「気になるのだろう?」

「ち……違いますよ……あ……あたしはただ……船長として、船内の風紀を乱すような事は……許せま船長……なんちって……」

「……? すまん、何かギャグを言ったらしいが、翻訳機が翻訳不能なようじゃ」


 く……次から、ドイツ語も勉強しておこう。親父ギャグを翻訳できるぐらいに……

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