第34話 ボイスレコーダー
「……マーフィの追跡をかわすため、あたし達はチャフをばら撒きながら発進した。途中行く手を阻むキラー衛星を蹴散らしながら、一路第五惑星を目指したのである」
あたしは、ボイスレコーダーを止めた。
ワームホールを出発して二日目の事だ。
録音内容をチェックしていると、仮眠室にサーシャが入ってくる。
「美陽。随分と年代物のボイスレコーダー使っているわね」
「新しいボイスレコーダーが壊れちゃってね。お婆ちゃんからお守り代わりに持たされた奴を試しに使ってみたの。まさか、六十年前の機械がまともに動くとは思わなかったわ」
「ていうか、なんで、そんな古い物を持っていたの?」
「話せば長くなるけど聞きたい?」
「第五惑星に到着するまで時間は腐るほどありますわ。長い話は大歓迎よ」
「こんな話知ってる? 月の溶岩洞窟の中に異星人の作ったワームホールがあったって?」
「知ってるわ。有名なトンでも話だし」
「そんなトンでも話がどうして出てきたか知ってる?」
「たしか……月の溶岩洞窟で行方不明になった隊員がいて……数年後にその隊員が残したボイスレコーダーだけが見つかって、その中に『ワームホールを見た』という証言があったとか……でも、その後いくら探してもワームホールは見つからなかった。そもそも、行方不明になった隊員だって本当にいたのか分からないし。どうせ作り話でしょ」
「作り話じゃないよ」
「なぜ、そう自信を持って言えますの?」
「だって、行方不明になった隊員て、あたしの曾お爺ちゃんだから」
「うそ!? という事は、そのボイスレコーダーって……」
「溶岩洞窟で見つかった奴よ」
「なんですって! なんでそんな骨董品を待ち歩いてるの?」
「だからね。宇宙に出るとき、お婆ちゃんに持たされたのよ。お守りにもってけ」
でも、本当の理由は違う事をあたしは知っていた。
このボイスレコーダーが見つかったのは溶岩洞窟の中。
しかし、曾お爺ちゃんの遺体はどこにもなかったという。
だからお婆ちゃんは思ったのだ。
曾お爺ちゃんはもしかすると、異星人のワームホールを抜けて宇宙のどこかへ行ってしまったのではないかと……
もし、宇宙のどこかで曾お爺ちゃんが生きていて、あたしがばったり出会う事があったら、ごのボイスレコーダーを見せれば自分が身内だと証明できる。そう思って持たせたかったらしい。
でも、はっきりそれを言っちゃうと、あたしが持っていかないのじゃないかと思って『お守りに持って行け』と言ったのだ。
実際、お父さんに持たせようとしたら『宇宙人のワームホールなんてどうせ爺ちゃんが酸欠状態で見た幻覚で、遺体なんてどうせ瓦礫の下に埋もれているんだ』って言って持って行ってくれなかったらしい。
と、この前お母さんに会った時にボイスレコーダーを見せたら、その時のことを話してくれた。
「そういえば」
あたしが話し終わったとき、サーシャは何かを思い出したかのように言った。
「そのボイスレコーダーが見つかった事件があったと同じ頃、教授が月基地にいたかもしれないわ」
「本当?」
「エキゾチック物質収集のために頻繁に月に行ってた頃だから」
後で聞いてみるか。 第五惑星に着くまでどうせ暇だし。
「まさか!?」
ボイスレコーダーを見せられて、教授は酷く驚いていた。
ふざけているようには見えない。
「もう一度、これを見ることになるとは……船長、あんたのお婆さんから渡されたと言ったな?」
「ええ」
「その人の名前は、
「え?」
確かに婆ちゃんの名前は珠だが、旧姓は小太刀だったはず……しかし、なぜ教授がそのことを?
いや、同じ時期に月面基地にいたなら、直接会っていた可能性だってある。
「教授。祖母をご存じなのですか?」
「知ってるも何も、命の恩人じゃ」
「え?」
「それにしても、佐竹というのは日本でありふれた苗字だと思っていたから偶然だと思っていたが、船長が幸人の孫だったとはな」
爺ちゃんの名前まで知っている。
「そうか。幸人と珠は、あの後結婚したのか」
この人、あたしの祖父母の何を知っているんだ?
「話せば長くなるが、六十年前のあの日、ワシは月の溶岩洞窟で事故に遭って命を落としかけたのだ。洞窟の中で倒れていたワシを見つけて基地まで運んでくれたのが、船長のお爺さんとお婆さんに当たる人じゃ」
そんな偶然が……
「その時に見つかったのが、そのボイスレコーダーなのだ。それがきっかけで宇宙人のワームホール探しが始まったのだが」
「でも、結局なにも見つからなかったのですよね?」
「いいや」
教授は首を横に振った。
「ワームホールそのものは見つからなかったが、破片は見つかった」
「破片?」
「エキゾチック物質の破片だ。ワシは溶岩洞窟の中で見つけたが」
教授が懐から小瓶を取り出した。
その中に、白い破片が入っている。
「これがあの時、ワシが溶岩洞窟の中で見つけたエキゾチック物質だ。恐らく幸人も手に入れていたはずだ。あの後、各国のエキゾチック物質の研究が一気に進んだからな。どの国も、これを手に入れて黙っていたのだろう」
「公表すればいいのに。どの国も心が狭いですね」
そう言ったサーシャを教授は睨みつけた。
「言っておくが、ワシの言う『各国』の中にはロシアも含まれているぞ」
「……」
サーシャは、明後日の方を向いて黙り込んだ。
都合の悪いことは聞こえないようだ。
「だが、そんなのはまだいい方。一番酷いのはアメリカだぞ。あの時は何も見つからなかったとされているが、アメリカ隊が異星人の機械らしきものを回収して基地へ運び込んだのを、各国の隊員が目撃している。アメリカはあくまでも『月面車の残骸』と言っているが、月面を走る月面車の残骸が、溶岩洞窟の中から見つかるはずがない。あれは異星人の機械に違いない」
「どうしてそう思うのです?」
「事件の一年後に、アメリカのベンチャー企業が時空穿孔機を開発した。恐らく、月で回収した機械は、異星人の時空穿孔機だったのだろう」
そうなのだろうか? どれも状況証拠に過ぎないと思うけど……
(このエピソードは、番外編『月噴水(ムーンファンテン)』にあります)
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