第四章
第33話 あたしは必ず帰ってくる
「……という、事よ」
あたしは、新たな事実を元に考えたプランをみんなに説明し終えた。
「本当なの?」
サーシャは、きつねにつままれたような顔をしている。まあ、当然だろう。
「正直あたしも信じられないけど、これを見て」
あたしは、プローブが受信した認識ビーコンの分析結果をみんなに見せた。
「あたしは、さっき取り乱したわ。今も自分が冷静だと言い切れない。そんなあたしの考えたプランなので正直自信がない。だからみんなに問うわ。このプランに賛成か反対か。一人でも反対なら、時空管を抜いてワームホールを閉じるわ」
慧が手を上げる。
「僕は賛成。美陽を信じる」
「教授は?」
「危険だと思うが、やってみる価値はあると思う」
「サーシャは?」
「困った事に、反対する理由が見当たりませんわ」
これで決まった。
あたし達は今度こそ本当に《オオトリ》の乗組員達と別れを告げると、準備に取り掛かった。
そして、全ての準備を終えたとき、ロシア側のワームホールに新たな時空管が差し込まれたのをプローブの映像で確認した。
もう一刻の猶予もない。これ以上待つと敵の増援が増えるばかりだ。
「チャフミサイル発射」
ずっとワームホール外で待機していたミサイルが動き出した。
「慧、ミサイルの爆発と同時に、時空穿孔機始動よ」
「大丈夫。あんな大きな目標外しようがないよ」
慧はトリガーを握り締めた。
次第にプローブからのデータが入ってこなくなる。チャフの影響だ。やがて、チャフミサイルが爆発して、プローブからのデータが完全に途切れた。
今だ!
「時空穿孔機始動!!」
調査用時空管が眩い光に包まれワームホールは大きく広がった。今まで固定されていた時空管を《オオトリ》のマニピュレーターが素早く回収する。
「メインエンジン始動! 《リゲタネル》発進!」
《リゲタネル》は光の中へ突入していく。
そして特異点を越えて元の恒星系に戻った。
背後を振り返る。
ワームホールは急速に閉じていく。
完全に閉じないようにマーカーは入れておいた。ただし、マーフィに見付からないように六十日間ビーコンが出ないように設定しておいた。
さようなら。《オオトリ》のみんな。
あたしは必ず帰ってくる。
《リゲタネル》は進路を第五惑星に向け一G加速で突き進む。
チャフの影響がなくなり、プローブからデータが入り始めた。
マーフィは、ようやくこっちに気がついたようだ。だが遅い。
ずっと様子を見ていたが、《ファイヤー・バード》の加速性能は《リゲタネル》と大差はないようだ。今から追いかけても追いつけない。
それに《ファイヤー・バード》は、あたし達を探すために無駄に動き回っていた。推進剤もそんなには残っていないはず。
一方で《リゲタネル》は、ワームホールを出る前に貨物船から推進剤の補給を受けていた。
さらに予めワームホールの外に出しておいた予備推進剤タンクも、ワームホールを抜けたときに装着しておいた。
ちなみに《リゲタネル》の船体の外側にある装備は、ワームホールを抜けるときに全て吹き飛んでしまう。だから、ワームホールを抜ける前に予備推進剤タンクを装着する事はできなかったのだ。
そうこうしているうちに《ファイヤー・バード》は、推進剤が切れたらしく加速を停止した。
だが、最後のあがきとばかりにミサイルを二発撃ってくる。
まったくしつこい男ね。しつこい男は嫌いよ。
「私に任せて。射撃は得意なんだから」
「たのむわよ。サーシャ」
船体後部に二門取り付けた百メガワット自由電子レーザー砲のトリガーをサーシャに預けた。
レーダー上でミサイルの光点が迫ってくる。
百キロまで近づいたとき、サーシャはトリガーを押した。
その直後、二発のうち一発がレーダーから消えた。
自慢するだけあって大した腕だわ。
もう一発は八十キロ後方で爆発。
これで一息つけそうね。
でもあのしつこい男が、これであきらめるだろうか?
いや、あきらめないだろう。
こっちの意図が分からないとしても、あいつの重大な秘密を知ってしまったあたし達を生かしておくはずがない。
もし、あたし達が適当にワームホールを開いてマーカーも残さないで逃げたとしても、あいつは決して安心できないはずだ。
その場合、あたし達は一生戻ってこれないかもしれないが、ある日突然ひょっこりと戻ってくる可能性もある。
ひょっこり戻ってくるかもしれない、あたし達に怯え続けるぐらいなら、なんとしてもこの場であたし達を仕留めようとするはすだ。
通信が入ったのは二発目のミサイルが爆発して二十分後の事だった。
「何の用かしら? マーフィさん」
ディスプレイに映ったマーフィは、どこかやつれているような気がした。
『もういい加減無駄な事はやめてください』
「いやよ」
『そう言わずに、大人しく捕まってくれたら殺しはしません』
「それをあたし達に信用しろと言うの?」
『しかしですね。これ以上進んでもこの先には何もないんですよ。ワームホールはないし、恒星系から出ても、
「上等ね。あんたなんかに捕まるぐらいなら、
「キラー衛星三機が前に回りこんできたよ」
レーダーを見ていた慧が報告する。
「ふうん。通信で気を引いてる間に、キラー衛星を回りこませるとはセコイ作戦ね」
『なんとでも言ってください。さっさと加速を停止しないと、キラー衛星の餌食ですよ』
「そう簡単にいくと思う?」
『思いますね。さっきの戦いでそちらレーザーの性能は分かりました。有効射程は精々三百キロほどですな』
「まあ、だいたいそのぐらいね。そちらの射程は?」
『千キロです』
ふっ。勝った。
『そちらに勝ち目はありません』
「残念ね。さっきのは副砲よ」
『え?』
「じゃね。マーフィさん」
あたしは通信を切った。
「慧、反物質は?」
「三パーセント溜まった」
グレーザー砲は一発撃つたびに、反物質を一パーセント消費する。
つまり一発も外せないわけだ。
「仕方ない。減速して反物質が溜まるのを……」
「必要ないですわ」
サーシャがあたしのセリフを遮る。
「一発も外さなきゃいいのね」
「できるの?」
「任せて」
サーシャはトリガーを握る。
「キラー衛星二千キロまで接近」
一機ののキラー衛星が一瞬にしてデブリと化す。
サーシャはトリガーを左右に動かし、残り二つを正確に撃破していった。
「私、地球に帰ったらスナイパーに転職しようかしら?」
それはコワいからやめて欲しい。
それからしばらくの間マーフィは現れなかった。今のところ追ってくる手段がないのだろう。
そのあと《リゲタネル》は三十時間の加速で予備タンクの推進剤を使い切った。
その後は慣性航法に入る。
内部の推進剤は減速時のために取っとく必要があるからだ。
「こっちがエンジンを止めたの、向こうも気がついただろうね」
慧は遥か後方を指差した。
エンジンが動いてるかどうかは、遠くからでも赤外線観測で容易に分かってしまう。慧はその事を言ってるのだ。
「今さら気がついても、こっちは秒速千キロまで達しちゃったんだから、追いかけてきても遅いですわ」
サーシャは気楽そうに言う。
しかし、これでマーフィも気がついただろう。こっちに目的があることに。
今まであたし達は目的もなく自暴自棄に外宇宙を目指しているようにマーフィに思わせてきた。だが推進剤を残したまま《リゲタネル》が加速をやめたことで、マーフィにはわかったはずだ。
あたし達がどこかで減速をしようとしている。つまり、あたし達には目的地が存在していると。
軌道要素を計算すれば、それが第五惑星だと推測するのに、それほど時間はかからないだろう。
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