第27話 浮島と猫型異星人

 シャトルは、バリュートに包まれて大気圏に突入した。

 あたし達は、狭い機体の中で減速が終わるのをひたすら待ち続ける。

 やがて役割を終えたバリュートは、切り離されてシャトルは水平飛行に入った。

 天気は快晴。

 下界は一面の青い海がどこまでも続いている。

 陸地はまったく見えない。

「十時の方向百キロに浮島発見!」

 後部座席でレーダーを見ていたサーシャが言った。

「ラジャー」

 あたしは機体を十時の方向に向ける。

 前方に何かが浮かんでいるのが見えてきた。

 それはみるみる大きくなり、やがて浮かぶ大地があたしの眼前に現れる。


 大きい!


 思っていたよりずっと大きい。

 直径二十キロほどの円形の大地だ。

 シャトルを減速させながら、一度浮島上空を通り過ぎる。島の中央部に、大きなカルデラを持った山がある。カルデラは水を満々と湛えていた。カルデラ湖から地下水脈を通って流れた川は平野部を通り、やがて島の端から滝となって落ちている。

 幻想的な光景に、あたしもサーシャもしばし見とれていた。

 あたしはシャトルを反転させもう一度島に近寄る。

「サーシャ。一気に減速するわよ」

「オーケー」

 減速をかけた。強烈なGであたしの身体がベルトに食い込む。やがて、シャトルと浮島との速度差がゼロとなる。

 あたしはシャトルを垂直に着陸させた。

 キャノピーを開く。

 念のため機密服のヘルメットは被ったままにした。

 大気が呼吸可能なのは分かっているが、気圧が低そう。

 あたしは機体から飛び降りた。

 浮島への第一歩を踏みしめる。

 機体の下を覗き込むとエンジンの噴射で草が焦げていた。

 気圧計を見たら、どうやらヘルメットは取っても大丈夫そうだ。

 あたしはヘルメットを外した。

 爽やかな風が頬を撫でる。

「さて」

 あたし達はシャトルから測定機材をおろし、島の調査を開始した。

 サンプル回収、地中レーダーによる調査、写真撮影、やることはいくらでもある。

 だが、時間は限られていた。

 CFCの事もあるがそれより問題は……


「美陽、来たわよ」

 どうやら、問題は思ったより早く来たみたいだ。

 周囲を見回すと、あたし達はすっかり彼らに囲まれていた。

 直立歩行の猫型異星人達に……

 猫たちは、明らかに文明を持っていた。

 その証拠に服を着ている。 

 実は服によく似た毛皮という可能性もなくはないが……

 猫たちは、あたし達を遠巻きにしていた。

 どうやら武器の類は持っていないようだ。

 しかし、油断はできない。

 愛らしい姿をしているからと言って、性格が凶暴でないとは限らない。

 凶暴じゃないにしても、猫達にしてみればあたし達は怪獣みたいなものだ。

 恐ろしさのあまり攻撃してくるかもしれない。

「美陽。猫と仲良くするにはどうすればいいかしら?」

「カツオ節とかマタタビをやるとか」

「ないわよ。そんなもん」

 まあ、えさで釣ってうまくいくとも思えないが、とりあえず意思疎通を図るにはもう少し近づかないと。

 とは言っても、こっちから下手に近寄ると逃げ出すかもしれない。

 公園での猫ナンパの基本は、猫を無闇に追いかけたりしない事だ。猫は追いかければ逃げていくもの……いかん、猫と似ているからって彼らの性質が猫とは限らん。

「こっち来るわ」

「え?」

 二匹の猫が近づいてくる。

 一匹は太った豚猫……て言っては失礼か。

 とにかく、恰幅のいい猫。

 身なりも他の猫よりよいものを着ている。

 もう一匹は従者のようだ。

 猫たちの代表者だろうか?

 猫はあたしの手前一メートルで立ち止まりあたしに向かって両手を合わせた。

 まさか猫が合掌を挨拶にしているとは思わなかったが、あたしも真似してみる。

「ミャミヤミャオ」

 何かを喋っている。もちろん分かるわけないが、あたしはその声を記録した。後で言語学者に分析してもらうためだ。

 それにして、声も猫にそっくりとは……

「ミ・ハ・ル」

 あたしは自分を指差しそう言った。

 まず名前を覚えもらう事だ。

 隣でサーシャも同じ事をやっている。

「ミハル?」

 猫はキチンとあたしの名前を発音できた。

 すると恰幅のいい猫が自分を指差す。

「ナ・ツ・メ」

 それが、彼の名前のようだ。

「ナツメ。それがあなたの名前ね?」

「トロトン・ナツメ」

 苗字もあるんだ。

 トロトン・ナツメは従者から筆記具らしきものを受け取ると、板に絵を描き始めた。

 どうやら、あたし達に何かを訴えたいらしい。

 絵と身振り手振りで意思疎通を図ったところ、どうやら猫たちは元々地上で暮らしていたという事だ。

 まあ、地上にあった遺跡を見てそれは予想していたが、彼らは自分達の意思で浮島に移り住んだわけではなかったらしい。

 住んでいた土地が突然浮かび上がってしまい、降りられなくなったというのだ。

「どうやら、私達に地上に降ろして欲しいと言ってるみたいね」

 つまり、この猫たちは住民であると同時に漂流者でもあったわけだ。

 だからずっと待っていたのである。飛行機械を持っている者が通りかかることを。

 そういう事なら、彼らの願いを聞き入れてあげたい。だけど、あたし達のシャトルではとても無理だ。

 このことを伝えようとしたが、トロトン・ナツメもそれは分かっていたみたいだ。彼の望みはあたし達のシャトルではない。

 もっと大きな船で、迎えにきて欲しいという事だったのだ。

「こういう場合、マニュアルではどうなってるの?」

「ちょっと待って」

 サーシャが携帯端末で異星人遭遇マニアルを調べる。

「異星人が漂流者であった場合、可能な限り援助する義務があるとなってるわ」

「つまりあたし達は、彼らを助ける義務があるのね」

 あたしとサーシャは願いをかなえる事をトロトン・ナツメに約束した。

 するとナツメは、従者から小箱を受け取り、あたし達に差し出した。開けてみると……

「これって宝石よね? 受け取ってよかったんだっけ?」

「今調べるわ」

 サーシャが端末を操作する。

「意思疎通のため必要なら受け取ってよい。ただし、受け取った物品は必ず上司に届け出る事」

「なら、受け取るしかないわね」

「ただし、受け取ったときの状況も報告しなきゃだめよ。私達が謝礼を無理に要求したという疑いがかかるから」

「まあ、今の状況はずっと記録しているから大丈夫だけど」

「ミャー!」

 突然、一匹の猫が大声を上げながらこっちへ走ってくる。

 猫はしきりに何かを訴えていた。

 それを聞いた他の猫達がざわめき出す。

 何があったんだろう? 

 猫はナツメの元に駆け寄り何かを訴え空中を指差す。

 ナツメはそっちの方を見て表情が変わる。

 あたしもそっちを見た。

 あれは?


 空中に何かが浮いている。

「美陽! 島の一部が剥がれたみたいよ」

 サーシャは双眼鏡で見ていた。

「猫が取り残されている」

 あたしも双眼鏡を眼に当てた。

 岩が浮いていた。

 それがかつて浮島の一部だった証拠に、壊れかかった小屋が岩の上にあった。その岩の上に一匹の猫が取り残されている。

「サーシャ。後は頼むわ」

「ちょっと! 美陽」

 あたしはシャトルに戻ると、カーゴからジェットバックを取り出して背負った。

 小型ジェットを噴射して、あたしの身体は浮き上がる。

 目指す浮き岩はゆっくりだが、上昇を続けていた。

 もしかすると、この浮島は少しずつ岩が剥がれて分解しているんじゃないだろうか? だとすると、猫達に残されてる時間はあまりないのかもしれない。

 下を見ると猫達があたしを指差している。

 岩が近づいてきた。

 上で鳴いていた猫も、あたしに気が付く。

 あたしは岩の上に着地した。

 猫はどうも子供のようだ。

 他の猫達より小さい。

 でも、怯えてあたしに近づいてこない。

「おいで」

 手招きしてみる。

 駄目だ。

「おいで。怖くないよ」 

 ふいに岩が揺れた。

 あたしはバランスを崩して倒れる。

「痛たた」

 打った腰をさすっていると、猫はあたしに近づいてきた。

「ほら。怖くないよ」 

 あたしは猫をそっと抱きしめる。

 ジェットパックを操作して再び飛び上がった。

「ほら。もう大丈夫よ」

 猫はつぶらな瞳であたしを見つめている。


 か……かわいい……


 このままつれて帰っちゃおうかな……なんてわけに行かないわね。

 あたしはナツメ達の待つ浮島に降り立つ。猫達が歓声を上げてあたしを迎えた。

 その時、シャトルの方からサーシャがかけてくる。

「美陽! 時間切れよ」

 時間切れ?

「ワームホールが開いたわ」

 とうとう来てしまったか。

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