第17話 第四惑星へ

「私は反対よ」

 あたし達の提案に、サーシャは開口一番に反対した。

「何かと思えば、昔住んでいた土地を見てきたい? 今がどんな時か分かっているの?」

「分かってるわよ。」

 まあ、反対されるのは分かっていた。

 どうせ十時間も暇があるならちょっとぐらいと思ったのだが、計算してみるとここから第四惑星まで《リゲタネル》の速度で片道十五時間。往復三十時間かかる。

 ちょっとというレベルではない。

 時間が経てば経つほど、CFCがワームホールを開く可能性が高くなる。

 そんな悠長な事はしていられないという事は分かっていた。

 でも、あたしはどうしても行きたい。

 十六年前に失った第二の故郷へ。

 そこへいるはずの父に会いに。

 友達に会いに。 

 あたしだけじゃない。

 慧も同じ気持ちのはずだ。

 だけど慧は、あたしよりずっと冷静だった。

「美陽。残念だけど、今回は引き上げようよ」

「慧はそれでいいの? お母さんに会いたくないの?」

「会いたいよ。でもさ……」

 慧は押し黙った。

 そうか。慧は怖いんだ。

 それは、あたしも同じ。

 あれほどここへ戻りたいと思っていたのに、実際にここまで来てしまうと、なぜか心の奥底に恐怖が湧いてくる。

 あそこへ行ってはいけないと言う声が、心の奥底から聞こえてくるような気がするのだ。

 いったいこの不安はなんなんだろう?

「そうね。ワームホールは開いたんだし、今慌てて会いに行かなくても、いつでも行けるわね」

 あたしがあんまりあっさり折れたせいか、サーシャの方が返って拍子抜けしてしまったようだ。

「あのさ、誤解しないで欲しいんだけど、私は別に意地悪で言ってるわけじゃないからね。こんな事を言ったら『おまえなんかにあたしらの気持ちが分かってたまるか』て言われそうだけど、あなた達が家族に会いたい気持ちだって分かっているつもりよ」

「サーシャ。分かってるわよ」

「本当だからね。悪く思わないでよね」

「大丈夫ですよ。サーシャさん。僕はこんな事であなたを悪く思ったりしません」

「慧君。あなた見かけによらず太っ腹ね。身体はガリガリだけど」

「ええ。僕はサーシャさんの事を最初から悪く思っているので、これ以上悪く思いようがないんです」

 サーシャが顔を引きつらせた。

「可愛くないわね」

 さっきから黙ってコンソールを操作していた教授が突然振り返った。

「取り込み中悪いが、ワシは第四惑星に行くべきだと思う」

「先生。僕達のために」

「いや、そうじゃない。さっきお嬢さん方が……」

「ゴホン」

 あたしはワザとらしく咳払いする。

「じゃなかった。サーシャさんと船長が議論していた戦術をシュミレーションしてみたんだが、まるっきり駄目じゃ。プローブをミサイル代わりに使っても、キラー衛星にはまるっきり歯が立たん。プローブから不要なものを全て取り去っても、得られる加速力はせいぜい二G。一方でシリンダータイプの方は最大二十G。これでは体当たりしようにも、余裕でかわされてしまう」

「でも教授。シリンダータイプは、ワームホールの前から動かないのでは?」

「それはあくまでも希望的な観測に過ぎん。円盤タイプの方はなんとかグレーザー砲で対処できるが、シリンダータイプがワームホールの前を離れて攻撃に回った場合はどうにもならん」

 あたしはサーシャの方を向き直る。

「サーシャ。あんた本当は、キラー衛星にそんなに詳しくなかったんじゃ……」

 考えてみれば詳しかったら「円盤タイプ」とか「シリンダータイプ」とか言わないで正式名称を知っているはず。

「仕方ないわ。私の専門は時空工学よ。兵器の事はそんなに詳しくないわ」

「いや、さっきはあんまり自信たっぷりに説明するから、てっきり専門家かと思っちゃった」

「誤解したのはあなたの勝手よ。私は一度も専門家だなんて言ってないわよ」


 確かに。


「一応、キラー衛星の搭載兵器だけは知っていたわ。加速性能までは知らなかったのよ」

「じゃあ、あれの正式名称は?」

「聞いたけど、忘れたわ」

 という事はサーシャの知識を元に向こうに戻っていたら偉い目に遭ったかも。

「はっきり言って、このままワームホールを越えるのは危険じゃ。そこで、近くに有人惑星があるなら、そこに行って武器に使えそうなものがないか、探してみようと思うのじゃ。どうじゃサーシャさん。まだ反対か?」

「いいえ、そういう事なら賛成ですわ」

「では決まりじゃな。船長、《リゲタネル》を第四惑星に向けよう」

「ええ」

 程なくして《リゲタネル》は第四惑星に進路を取った。

 でもなんだろう?

 さっきから、あたしの胸にわだかまる不安は?

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