一樹とミァンのSF談義

阿賀沢 隼尾

SFって何?

「ねぇ、SFって何が面白いの?」

 一人の少女が読書をしている少女に向かって話しかけた。


 ――――黄昏時。

 茜色に染まる教室に、二人の少女の姿があった。


 一人は、自分の机の上で本を読んでいる。

 ハーフなのだろうか。日本人には無い顔の形をしているが、飛び切りの色白美人だ。切れ長の瞳が素早く文字をなぞっていく。薄桃色の唇を閉じ、左腕で頬杖を突きながら、左手の人形の様な綺麗な指でページを捲っていく。

 その一動作でさえ、優雅で神秘的に見える。


 一方、もう一人の少女は、机に座っている少女とは対称的な印象を受ける。

 こちらは、本を読んでいる少女の前の机の上に乗りながら、じっと読書をしている彼女を見つめているだけだ。

 肩に掛かるか、掛からないくらいのセミショートの濡鴉色の髪で、クリクリとした可愛らしい瞳に長いまつ毛。桃色の小さな唇から、白銀色に光る前歯が覗いている。


 読書をしている黒髪ロングの少女は、冬月ミァン。

 机に座って、足をブラブラさせている方のセミショートの少女は、朝日奈一樹と言った。


 二人は、性格も見た目も対照的だが、不思議と気が合う中だ。

 普段は、二人とも別々のグループ(ミァンは一人で本を読んでいることが多いが……)に所属している為別々にいるが、時々、放課後はこうして話すことが多いのだ。


 基本的に、ミァンが話役をして一樹が聞く役と質問役だ。

 ミァンの話はいつも小難しいけれど、一樹はそんなミァンの話が大好きだった。

 もう少し詳しく言うと、彼女の声が、仕草が、語り口調全てが好きなのだ。


 正直、内容なんかはどうでも良かった。

 でも、それは今日までのお話だ。


 一樹は、ついに、今まで気になっていた疑問をミァンにぶつけたのだ。

「SFのどこが面白いのか」と。


 ミァンは読み進めていた本を閉じ、表情を変えずに一樹の顔を見つめ、話し始めた。

 いつものように。

 鈴のような透明な音が一樹の耳を癒す。


「世界観とかかしら。もちろん、ストーリーも面白いけれど。でも、SFの面白さっていうのはそれだけじゃ無いのよ」


「と言うと?」


「SFって言うものは、科学技術に人がどのような影響を与えるのか。また、科学技術が人にどういう影響を与えるのか。で、更に現実、または科学雑誌やら論文やらで実際に作られているものを忠実に考慮して物語を作る『SFファンタジー』と、実際にはありえないと考えられる完全に空想上の科学で物語を作っていく『ファンタジーSF』の2種類に分別出来ると私は思うの」


「ほ、ほほぉ」

 一樹は、首を傾げて、唇に手を当てて思案する。

 沈黙が教室を支配する。

 聞こえるのは二人の息遣いだけだ。


 一樹は口を開く。

「つまりさ、現実に出来るかもしれない『SFファンタジー』と、現実では絶対に有り得ない『ファンタジーSF』があるって事?」

「そういう事になるわね」

「それじゃあさ、『ガンダム』や『エヴァンゲリオン』、『ドラえもん』なんかは全部『ファンタジーSF』に入るの?」


 ミァンは、ノンノンノンと右手の人差し指を振る。

「そうね。ほんの一部だけど、『ドラえもん』の場合は違うわ。透明マントとか、SFの中では『光学迷彩』と呼ぶことが多いわね。

『メタマテリアル』という技術を、イスラエルのネゲヴ・ベン=グリオン大学の電気光学研究チームのアリーナ・カラブチェフスキー氏(Alina Karabchevsky)が開発しているし、カナダの軍服メーカー、ハイパーステルス・バイオテクノロジー社が、『量子ステルス(Quantum Stealth』という技術を開発したのよ。

 恐らく、軍事利用されることが多いのかもしれないけれど、日常生活で使われる日はそう遠くないのかもしれない。タケコプターとかは論外だけど、タイムマシンは出来るかもしれないわね」


 未世は両目を瞑って、難しい顔をする。

「うーん。頭の中こんがらがってきた。SFとそうじゃないものの境界線ってなの?」

「そこは難しい問題ね。さっきも言ったけれど、私個人の考えでは、『科学技術は人をどのように変えるのか』に限ると思うわ。サイバーパンクやら、スチームパンクやら、ナノパンクやら、スペースオペラやら、一言にSFと言っても、色んな種類があるわ。今後もどんどん増えていくと思うの。

 良い? SFと現在実現されている科学技術や、構想されている科学技術は相補的な関係にあるの。今開発されている、構想されている科学技術を元にSF作家は物語を作っているし、SFのテーマや世界観、物語中の技術を実現させようとする科学者達も沢山いるわ。

 それに、SFは未来を予測するものでもあると私は思うのよ」


「未来予測?」

「そう。未来予測。その典型例のような作品が、1998年に発表された、『serial experiments lain』という作品ね。元々は、プレステ2のゲームなのだけれど、アニメ化もされているわ。この作品の凄いところは、まだパソコンが開発されていない時代に、コンピュータと人との関わり、ネット世界と現世実世界が曖昧になっていく恐ろしさと、ネットが与える『世界の揺らぎ、現実世界の曖昧化』を描いている所よね。今から10年以上前の作品なの。先見的かつ、実験的な作品よ。まさに、『serial experiments 』よね。

 今後、VRやMRが発達していくにつれて、私達の現実世界と仮想空間は曖昧になっていくと思うわ。空間的な意味でも、時間的な意味でも。今までとは全く異なる生活が私たちを待っている。そこにある危険性や人に与える影響を考える。未来を考える。それがSF醍醐味だと私は思うのよ」


 SFを話しているミャンは、本当に楽しそうだなと一樹は思った。

「それにしても、SFが何なのかよく分からないよ」

 一樹はミァンの机に顔を伏せ、不服そうに頬を膨らます。

「そうね。これはあくまで私の見解だから。一樹は一樹で自分の『SF』を探していけばいいと思うわ」


「私が読むのって、ラノベばっかりだからなぁ。なんか、SFって小難しいイメージがあるんだよね。スラスラ読める小説ってある?」

「そうね、伊藤計劃大先生の『〈harmony〉』と『虐殺器官』、星新一の作品とかショートショートだから比較的読みやすいと思うわ」


「伊藤計劃の『〈harmony〉』と『虐殺器官』。星新一の作品ね」

 一樹は、メモし終えると、顔をミァンに近づける。


「ねぇ、何でいつも難しそうなお話をしているの? もっと、ガールズトークをしようよ。もっと、知能指数の低い話をしようよ」

「む……。私にそんなものは似合わないわ」


「似合うよ! ミァンちゃん綺麗な顔をしてるし。スタイル良いし。それじゃ、私が『普通の女の子』がすることを教えるから、ミァンちゃんはSFのことについて教えてよ」

「む……。分かった」


 一樹が一度言った事は取り消さない。必ず行動を移すタイプの人間だということをミァンは彼女との一年間の付き合いで経験的に理解している。

 ミァンは一瞬、肝を噛み締めたような苦々しい顔をしたが、 大きい溜息をすると、


「分かったわ。私もSF仲間が増えるのは嬉しいし。一樹も理解が早いから私も話していて楽しいのよね。今一心が進まないけれど、仕方がないわね」

「よし!!」


 こうして、一樹はミァンに『普通の女の子』を。

 ミァンは一樹に『SF』を教えることになった。

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