賽の河原の噂
語られている事が真実である保証はどこにもない
男は目を覚ますと見知らぬ河原にいた。起きあがり辺りを見渡しても、人っ子一人おらず先が見えない程長く続く河原があるだけであった。
まいったなぁと思いながらもここでぼーっとしていても仕方ないと考え、男は立ち上がると下流に向かって歩き始めた。
歩きながら周りを見てもやっぱり何もありはしない。それに周りは真っ暗で何も見えないのに、自分の目の前だけははっきりと見えるものだから頭の方が段々とおかしくなってくる。おかげで何十分、何時間歩いたすら分からない。
見えるけど見えないという矛盾に満ちた怖さは、異常な物で自信の服がこすれる音にさえ過剰に反応してしまう。何せ数秒前までなかったものが突然現われるのだ。
そんな状況で音が鳴ればつい反応してしまうのが人間というものだ。周りを見ながらそろりそろりと歩いていると足下からガシャッと物音がして
「うひゃあああ」
思わず大人らしかぬ声をあげてしまった。腰を抜かしその場にへたり込んでいると子供の怒鳴り声が聞こえてくる。
「あっ、何しやがんだ」
子供の小さな手が暗闇からぬっと出てきて男の服をつかむ。男は、つかまれた手をふりほどこうと手をマグロの尾ひれの様にバタバタさせ、小さな手を叩いている。
「いてっ痛いって。落ち着けよおっさん」
その声が人の声だと気がついた男が顔をあげると、10歳くらいの男の子がそこに立っていた。
「ったく。いきなり何しやがんだい、いい大人がこの程度で」
少年が叩かれた手をさすりながら、少年は呆れた顔でこちらを睨んでくる。
「いや、すまない突然のことに驚いてしまって」
「それはもういいさ。そんな事よりこれをどうしてくれるんだい」
少年が指を指す方向に目を落とすと、積み立てられた様に見える石ころを男の足が、ものの見事に崩していた。
「どうしてくれるんだい。ここまで積み上げたものが全て台無しじゃないか」
少年が怒っている理由はどうやらこちらにあるようだ。顔を真っ赤にさせ今に地団駄を踏む勢いである。
「それは本当に申し訳ないことをした。でもなんでこんなことをしているんだい」
「なぜっておっさん。ここじゃそれがルールだろ」
少年の当たり前だろと言わんばかりの言葉日男は思わず首をひねらせる。
(子供・・・石積み・・・河原・・・ひょっとして)
男の脳裏に1つの答えが浮かんだ。
「ひょっとして、ここは賽の河原かい」
「当たり前だろ。他に何があるって言うんだい」
男の全身から血の気が引き、顔から冷や汗が流れてくる。
「あぁ、と言うことは私は死んでしまったのか」
男は再びその場にへたりこんでしまった。
「まぁそう気を落としなさんな。それにおっさんまだ完全には死んでないじゃないか」
「えっ本当かい!?」
少年の言葉に男は食い気味に少年の袖を掴んだ。
「だからそう直ぐに人を掴むなって。大人はな死んだら直ぐに奪衣婆に身ぐるみ剥がされるんだ。それがないってことはおっさんが完璧に死んでない証拠さ」
少年の言葉に男の顔にみるみる生気が戻ってくる。掴んだ少年の袖をそのままぶんぶん振ってまるで少年の様に喜んでいる。
「ったく大の大人が何騒いでるんだか。それに、このままだとおっさん本当に死んじまうぞ」
少年の言葉に男の顔色が再び真っ青になる。
「ええ!それは一体どうしたらいいんだい。」
「だから落ち着けって。このままじゃってことだよ。ちゃんと解決方法はあるって」
「早く、早く教えておくれよ」
「わかったから、一旦落ち着けよ。賽の河原の下流にある出口から出ていくだけだって」
「だったら早く行こうじゃないか」
男は立ち上がり、少年の腕を掴むと下流の方に駆け出した。
一体何時間歩いたからわからないほど歩いた。今は少年の案内に従うしかない。
火の川を泳ぎ、針の山を超えた時ようやく出口らしき門が見つかった。しかしその門は固く閉ざされていた。
「一体どうしたら開くんだ」
男が門に近づき、押したり、引いたりしたが一向に開く気配がない。
「それはねおっさん。この門を、開けるには子供の血が必要なんだ」
振り返ると、少年が針山で拾ったのか、大きな刀のような針を持っていた。
「俺が門を開けてやる。」
男が驚き少年に近づいた。
「本当にいいのかい?君も出たかったんだろ」
「良いってことよ。俺が出来なかった親孝行の代わりと思ってくれ」
男は少年の手を摂ると泣きながら何度もお礼をした。
「ただよ。流石に死ぬの所を見られたくないからさ。後ろを向いててくれよ」
「あぁ分かったよ」
男が後ろを向いた時、男の胸に大きな針が刺さった。
その場に倒れ意識が朦朧としている中、少年の声が聞こえてくる。
「賽の河原には秘密があってよ。実は見た目と年齢が逆転してるんだ」
門が開く音が聞こえる。薄れゆく意識の中少年は思い出した。
「そうだ。僕はまだ5歳だった・・・」
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