ここにいる理由
バードがつっかけに躓いて、おっとと言ってリュックが受け止めてくれた。
「気を付けよろな」
リュックの手をはねのけて、ぷいっとそっぽを向いてフェルマの方向へと足を伸ばしていた、フェルマは花柄のワンピースに着替え、チェアに浅く腰掛け刺繍をしていた。
「へえ器用だな」
「バードにも教えてあげる」
カラフルな糸を机にまばらにおいて、ステッチをこなすフェルマはとても愛らしく女性らしく見えた。自分にはないものだ。
「俺にはそんなんできないや」
「簡単よこんなもの」
そうして優しくフェルマがにっこり微笑む。アジトに咲いた花のようだとその時はバードはそう思った。少し面長の端正な美少女、金髪で色の白い。鼻筋はまっすぐ通って小さな唇に少し紅が差してある。同性でも思わず見とれてしまう。
椅子に座りフェルマの顔をじろじろと見ていると、なに?と言って怒る様子もなく微笑んでいた。
「なああんた、どうしてこんなところにきたんだあんたのような人が」
質問に答えずフランスの針を刺しているとフェルマが痛いといって血の出た指をなめていた。暫くしてどうしてかしらねとそれだけ言って、また刺繍に挑んでいる。奥からおかしらが現れた、疲れた様子もなく、堂々としている。
「お前たち、戦争が終わって兵士が帰ってきます、より一層注意を払って仕事をしてください」
アジトにはいろいろな奴がいる。おかしらの言葉をニヤニヤして聞いてるだけの奴、
真面目にはいと答える奴、そもそも鼻をほじったりして聞いていない奴。バードは腰かけて聞いていた。フェルマも刺繍セットを膝に置いて、じっくり聞いていた。
「危険になるわね」
フェルマがそう言ってバードのほうへ目線を配る。バードの清潔な短髪が揺れている。バンダナを巻き、海賊のような汚れたいでたちで、でも洗濯だけはしっかりしていておひさまの香りがする。
「バードは寂しくない?」
唐突にフェルマが聞いた。少し考えて俺にはエミリがいるからと答えた。
「妹?」
「事実上妹みたいなもんだよ血は繋がってないけど」
「そう、いいわね」
一瞬複雑な表情をしたフェルマはウッドデスクの上にあったマグカップを右手にとってお茶を啜っている。
「あんたっておかしらの何?」
啜っていた茶を少しむせて、フェルマがじっとバードの方向を見返した。
「私の生き別れたお兄さん」
それだけ言ってフェルマはクスクス笑った。多分事実ではないのだ。だけど女神のように優しく微笑むフェルマはバードの目には強烈に映っていた、それから本を取り出しゆっくりと難しい本を読みだす、ここには文字が読めない奴も多い。
「あんたって頭もいいんだな」
そんな感想をもらすと、フェルマはまさかと言って笑った。エミリだって賢い子だ。
「俺は本なんて眠くなる」
「慣れの問題よ?」
それだけいってページをめくるフェルマはこの騒がしい中で集中できる。縫物だってそうだ、むくつけき大男が現れて、フェルマの近くによって何かセクハラめいたことを語りかけた。
「お前!失礼だろ!」
バードが怒ると大男はお前は女だからわからないんだよと吐いてそれだけ言って去っていった。
「ありがとうバード優しいのねでも私気にならないんだから大丈夫よ」
「でも」
「いいの」
フェルマがまた茶を啜る、バードもいる?というのでお茶をご馳走になった。
「紅茶ってこんなにおいしいんだ」
「コツがあるのよ」
普段缶詰ばかりの食生活をしているバードは馬鹿舌なのは自覚があった。フェルマはなぜこんなところにいるのだろう、自分がここにいるのがよくわからないように、フェルマにもよくわかっていないのかもしれない……生きるためには仕方なかった、他に方法が何一つなかったのである。あの時裸足で逃げ出してきた自分には何もなかった。
アジトには日に一度集まることになってはいるがそれからは自由である、それぞれの狩場へと皆が向かっていく。この集団は中世風にいえば盗賊ギルドと呼ばれるものに近いかもしれなかった。でもそんな大したものではない、ただ社会不適合者が集まって寄り添って暮らしているだけの狭いほったて小屋にしか過ぎなかった。
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