亡き王子の居た城で

いつ帰っても誰かが居る、明かりのついた景色が目に飛び込んでくる、帰りを待っている誰かがいるだけでバードの心は安心しきっていた。軋むドアを乱暴に開けて、帰ってくると、粗末な食事と寝ているエミリがそこにいた。


「あ、お姉ちゃんお帰りなさい、寝てしまってごめんなさい……」


「謝らなくていいよ、お休みエミリ」


それを聞いて安堵した様子のエミリは寝室へと向かった。もとは城だから部屋はいっぱいある、バードは何気なく、部屋にあったカーテンを開けた。


そこには優しく微笑む美しい貴公子の肖像画があった。


「へえ、イケメンだな、こいつが死んだのか……」


そっとカーテンを閉じ、バードも寝室へと向かった、不思議と腹は減っていない。

この城で何か事件が起きたことはわかっていた、次の朝、エミリから話を聞くまで、バードは熟睡していた。


「あのね、お姉ちゃん、昨日言いそびれたんだけど誰かここにやってきてね、お花と線香をあげていったの」


「へえ、そうなのかどんな奴だった?」


「おじいさんと男の子だったよ」


新しい缶詰を開けて、エミリはそれにフォークを突き立てる。台所はもとは使用人たちが使用していたらしき粗末で汚れた埃にまみれたダイニングである。女中でも雇わない限り、掃除が行き届くはずもない、洗い物だけをして、エミリが戻ってきた。


「ねえお姉ちゃん、ここで誰か死んだのかな?」


「多分ね……」


おそらく昨日見たあいつが死んだのであろう、事件のことなど知る由もない、仕事道具を取り出し準備にとりかかっていると、エミリはふとバードのマントを掴んだ、最初に出会った時のように。


「なんだ?」


「私たち、なんで生きているのかな?」


「そんなの簡単だ、生きていたいからさ」


言葉をなくしたエミリはそのままそっと掴んだ手を離した。


「何か、不安なのかエミリ」


「ううん……」


暗い影を落とし、エミリは自室へと戻っていった。エミリは戦争孤児だ、親に死なれたのだ。なぜ生きているのか、そんなこと考えたこともなかったバードである。


「生きていたいからに決まってる……」


自分にそう言い聞かせた。エミリはきっと何かの本を読んで感傷的になっていたに違いないと思っていた。エミリに字を教えてくれたのは近所の優しい牧師であった。それ以来彼女はこの城中の本を読み漁り、自分でも驚くほどの知識を蓄えていた。


「ここにもいつまでもいるわけにはいかねえみたいだ」


すみかを転々としてきた二人だったがここは広くて案外気に入っていた。誰かがすんでいるということが知られれば国から兵が送られてくるかもしれない。


「かしらに相談してみるか……」


バードは城をあとにした。朝早い盗賊のアジトには誰もいなく寝ぼけた様子のフェルマが奥からのろのろとやってきただけであった。


「あら、早いのねバードまだ8時よ」


「いいんだ」


寝起きのフェルマは同じころの年の女の子とは思えない色気を放っている、白いネグリジェを着て、かしらからもらったらしきアクセサリーをじゃらじゃらとつけている。


化粧っけのないバードはその様子をかなり不自然に感じながら同じテーブルについた。


「あらバード口にお米がついてるわ」


気づいたフェルマがそっと唇に触れてそれをぱくりと飲み込んだ。


「普段何を食べているのバード」


「缶詰ばっかりだよ」


「栄養が偏るわよ、自炊はしないの?」


「めんどくせえ」


あっけらかんとした様子でそんなことを言ったバードをフェルマは呆れた様子で観察していた。


「お嫁にいけないわよ」


「嫁なんかいくもんか」


その日のフェルマはケラケラとよく笑った。その様子はあどけなくて、愛について語った様子のフェルマとはずいぶん違って見えた。やはり同じ年くらいの女の子だ、そう思ったバードはすっかり打ち解けてたわいもない会話を繰り返した。

どれくらい話しただろう、しばらくするとかしらがやってきてフェルマの髪に触った、邪魔かなと思って退席しようとするバードをフェルマが引きとめた。


「かしら、あの城にいつまでもいるわけにはいかないっぽいんです、

どこかいい住処はないっすかね」


「なんだ、国から兵でも送られてきたのか」


「そうなるかもしれないしそうならないかもしれないし……」


少しあいまいなこと言ったバードをかしらは穏やかないつもの様子で見ていた。

フェルマは乱された髪の毛をブラシですいていた。


「いられなくなったらアジトの空き部屋を使うといい、しばらくの間だけだがな、

お前も年頃だし、ストリートチルドレンなんてやるわけにはいかないだろう、早めに新しいバラックでも見つけておくことだな、そうだな私が見つけてもいいが……」


「頼みます、かしら」


かしらはいつだって頼りになる、ロリコンだといういことをのぞけば理想的な男性だとバードはその時は思っていた。日が暮れる、日が暮れれば自分たちの仕事の始まりだ、大勢の仲間がアジトに集ってくる、言うにはばかる仕事とはいえここに自分たちの仲間がいる、そして帰ったらエミリが待っている、その日のバードはいつもより幸せだった、新しい同性の友達もできたのであった。

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