男爵の館にて

バードがひらりと身をかわし、衛兵の隙をついて足を転ばせた、そのまま転倒し脳震盪をおこし、重たい鎧がさらにのしかかる。


「く……くせもの……」


衛兵はそれだけ言ってまた意識を失った。追っ手がやってくる、戦争中のこの国では圧倒的に兵士の数が足りていない、だからバードたちは仕事がやりやすいのである。


「後ろはまかせたぞリュック!」


「おう!」


リュックに背中を預けたバードはその手刀裁きで次々と追っ手の刀を弾いていく。バードの後ろから鈍器を持った男が迫ろうとしていた。バードはすぐさまそれに気づき

ダガーで腕を傷付けると男の腕からぽろりと鈍器が落ち鈍い音を立てて割れた。

人殺しはしないことになっている。男たちは散り散りになり、その騒ぎの中でもう一人の仲間が宝物庫の鍵を器用に開ける、沢山の金貨と装飾品を袋の中に詰め込むと、慣れた手つきで衛兵をかわしていたバードたちに成功を知らせる狼煙をあげる。


「よし!ずらかるぞ!リュック!」


「おう!この程度でいいんだな」


宵闇に浮かぶピンクの煙は成功の合図だ、守りが手薄になっている今ではバードたちの仕事は慣れたものである。追っ手を軽々とかわし、すぐさま仲間と合流する。

戦利品の山を仲間が広げて見せると、おおっと言って三人は喜んだ。


「これも戦争のおかげかな」


「馬鹿だな、戦争はもう終わったんだよ」


「どこが?」


長い間戦争をしていたこの国はすっかり疲弊して片腕や足をなくした兵士や戦争で親をなくした子供たちが大勢このスラムにたむろしていた。

戦争にはたしか勝ったはずである。しかしその代償は大きかった。このような仕事をするバードたちにとって国の事情などどうでもいい戯言にしか過ぎなかったが、兵士が帰ってくるとなると少々厄介なことになるかもしれない。

三人がアジトへ引き返した頃にはすっかり日が昇ろうとしていた。


「ああ、おてんと様は今日も変わりなく俺たちを照らしてくれる」


リュックがそのようなことを言って日差しを浴びたものだからふたりともクスリと笑った。そうこんな仕事をする俺たちにも太陽は変わりなく暖かい光を照らしてくれるのだ。このエルキナの春は短い、ツンドラ気候であるこの国にはほとんど冬しかない。この国の住民たちはことさら日光に対して感謝の心を持っているのだ。


そのようなことを語りながらアジトへと三人が引き返すと、微笑んだおかしらの隣に見慣れない少女が居た。


「あんた誰?」


バードが訊ねると少女は含んだ表情をしてちらとおかしらの方向を見て、言った。


「私はフェルマ、おかしらの愛人よ」


「あ、愛人!?」


バードがびっくりして聞き返すと、背中から笑い声が追いかけてくる。


「フェルマ、悪い冗談はよせ」


「あら、私は本気よおかしら」


亜麻色の髪をしたその少女の名をフェルマといった、年はバードとあまり変わらない様子である。戦利品を広げるとかしらはひとつひとつ丁寧にチェックしていった。


「黒真珠の首飾りに珊瑚のピアス、たしか奴には妻などいなかったはず」


「全部彼女への贈り物でしょうね」


リュックが一緒になって装飾品を観察していると、フェルマが後ろからニコニコしてその様子を観察している。


「フェルマお前にひとつやるよ何がいい?」


かしらがフェルマに尋ねるとクスリとしてフェルマは首を横に振った。


「私は何もいらないわ愛さえあれば」


バードはビックリしてフェルマの顔を見つめた。同じ頃の年の少女が言うようなことではないと思ったからだ。おかしらは笑い転げて口元を押さえている。


「よくやったなお前たち、取り分は山分けだ」


古びた机に広げてある装飾品の数々を全員で山分けしていく、バードは金貨をひとつまみした。


「バードお前それでいいのか?」


「俺は光物には興味ないよ」


リュックがへーと言ってちらとバードの表情を探った。リュックと帰りが一緒になり、バードはあの強烈な少女のことがずっと気にかかっていた。


「愛人ねえかしらってロリコンだったんだな」


「違うって言ってたじゃねーか」


「馬鹿だなバード、宝石をくれるってことは本当はそうなんだよ」


「そんなもん?」


「ああ、そんなもん!」


リュックがうーんと背伸びをして、手を振った。


「お疲れ!明日も頑張ろうな!」


「おう!」


エミリの待つあの城へと帰るのだ。朝日を浴びたバードは祈っていた。

どうかこのままこの幸せがつづいてほしい。二度と悲しい気持ちになるようなことは起きてほしくない。」

祈る対象は何者かがよく分かっていなかった、金貨を手で転ばせながらバードは暖かい家庭の待つ家へと帰還した。

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