盗賊になった少女
「おいバード!聞いてるか!」
「え?」
ぼうっとしてココアの入ったカップを右手で持ってバードと呼ばれた少女はまじまじと目の前にいる人物の顔を見た。
「だからな、エミリのことはお前には無理だ、大人にまかせるしかないんだよ」
バードと呼ばれた少女はムッとして目の前の大人を睨みつけた。
「エミリは俺が育てるって決めたんだ!」
激しい口調で威嚇するように言うと、怯んだ様子もなく目の前の男は続けた。
「子供には子供は育てられねえよ、なあバードこれはままごとじゃないんだぜ
エミリは猫や犬じゃねえんだよ、エミリのためにも諦めるしかねえんだよおいバード!」
話を遮ってバードは部屋を出た。自分がまだ15歳でまだまだ子供であることはわかっている、本当はエミリは大人に預けてそのほうがエミリのためになることくらい。
でも諦めきれなかったのである。
ここは城であった。昔何か凄惨な事件があって城主が手放した離宮の一つであった、
あちらこちらに血の飛び散ったあとが残されていて、霊感のある人間ならとても住めたものではない不気味な何かが出そうな場所であった。あの事件以来、バードは神も仏も信じていなかった。なのでこんな不気味な場所でも平然と暮らすことができたのである、そう彼女と出会うまでは。乱暴にたてつけの悪くなったドアを開け、エミリの待つ部屋まで急いで帰った。
「姉ちゃん!今日は早かったね!」
頬を真っ赤にしてまだ7つかそこらの少女が食事を用意して待っている。食事といってもパンを切っただけのものを乱雑に更に並べているのと、少しだけのチーズ、缶詰を開けただけの料理が並んでいるだけである、それでもバードはここに家庭のあたたかさを感じていた。テーブルにあったパンを掴んで噛み付きながらチェアに腰掛けると、エミリは嬉しそうに今日あった出来事を話すのであった。
「今日は子供向けのファンタジー小説を読んでたよ。今半分くらいまで読んだところ」
「そうかよかったな」
そういってバードはエミリの頭を撫でた。嬉しそうにエミリは撫でられいる。エミリと別れたくない。その思いがバードの目頭を熱くさせた。急に泣き出したバードを見てエミリがどうしたのとすかさず心配する。
エミリは何も知らないのだ。乱暴に涙を拭って荷物を肩にかけてバードは出かける用意を始めた。
「もう行っちゃうの」
エミリが寂しそうに呟くとエミリの頭をくしゃくしゃにしてバードは微笑んだ。
「すぐ戻ってくるよいい子にしてるんだよ」
「うん」
エミリを拾ったのは2年前になる。戦争孤児が炊き出しに並んでいる中、自分のマンとを掴み離さない子供がいたのである。それがエミリであった。そうして一緒に暮らすようになって今に至った。その現状を知った大人たちがバードを牽制するようになったのは最近の話である、ようやく掴んだ小さな幸せをまたもぎ取られそうで、バードはその悲しみに必死に耐えていた。
ボロボロになったかばんを抱え仕事場へ急ぐと、バードは友人に出会った。
「お、こんな昼間から仕事かよ」
「お前こそ夜が専門の癖に何のようだよ」
「今日は野暮用でね、ちょっと早く集会所に来たんだ」
このそばかすの目立つ赤毛の少年はリュックという名である。バードと同じ盗賊に身をやつすまだ15歳の少年である。エミリのことも当然知っていて彼は何も言わなかった。
「でもさ、いつまでもままごとは続けられねえよ、どんな絆があっても世の中の決まりごとがゆるさねえことはあると思う、おまえはいいかもしれないけど……」
リュックが始めてエミリのことに言及した。
「気を悪くしたのなら謝るよ、でもさ……」
「でもお前だっていつまでもこの状態が続くとは思ってねえんだろ?」
そうなのだそんなことはわかりきっていた。表情を暗くしたバードを見てリュックは慌ててフォローした。
「エミリを捨てたのも大人だし、お前からエミリを取り上げようとしているのも大人だよ、お前のことはわかるつもりさ」
リュックは頭を搔いてバッグから七つ道具を取り出しソレを磨き始めた。
こじんまりとしたこのアジトは盗賊のアジトである。バードの職場であった。
むくつけき如何にもな大男たちの群れの中で、バードやリュックといった小柄な盗賊はそこそこ可愛がられていた。ここにいる盗賊たちは弱いものから搾取しないというルールに従って働いている、だからそこまで良心の呵責はなく動くことができる。しかしバードは知っていた、そのようなかしらの決めたルールに従わず女子供からも搾取する輩も中にはいることを。アジトの奥からかしらが現れると全員が頭を垂れた。
かしらはまだ若く、20代後半の好青年である。まっとうな仕事に従事しているとしか思えないその青年は優しく微笑んでいる。バードを拾ってくれた恩人であった。
「今日は屋敷を狙います、数人で乗り込みましょう、バード、リュック、ヤード準備をしなさい」
「屋敷って最近黒い噂のたえないあの?」
バードがおかしらに尋ねると、やさしく微笑んで頷いた。
その屋敷とは最近越してきた貴族の屋敷で問題のある行動で左遷されてきたと噂になっている屋敷である。バンダナをきゅっと締めてバードたちは準備に取り掛かった。
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