序章 四角い世界 3-2

「でも、戦争で倒れたんでしょ? もう世界には無いんすか、このカード」

「馬鹿、お前知らないのか? バトルカードにも有効期限ってもんがあって、それが切れるか倒されるとまたガチャに戻るんだとよ。記憶もも全部まっさらになってな」

 とぼけたことを言うネズミに手ぬぐいが教える。労働ガチャからはバトルカードが排出されないのでみがないとはいえ、この世界の人間にとってそれぐらいのことは常識だ。

 バトルカードとはたとえ倒れても、転生するように再びガチャに舞い戻り、次のマスターに引かれてまた戦いに挑む永遠の存在なのである。

「はー、じゃあこんなとんでもない存在が今も世界のかにいるんスねえ……。なんかあったら即死じゃないすか、俺らなんて。怖いなあ」

「そうですね。今も世界の誰かがこのカードを手元に保有しているんでしょう。今まさに戦っているかもしれない。これを見ていると、そういう世界の息づかいみたいなのを感じられて好きなんです」

「ふん……まあ、天上のお話だな。それこそ、この国を支配するレベルの人間の話だ。こいつを手に入れるには数億……いや、それこそ兆レベルの金が必要になるかもしれん。ほとんど生活費に使っちまって、年間100万GPもめられない俺達にゃ縁のない話さ」

「……そうかもしれませんね」

 手ぬぐいの言葉にアキトが抑揚のない声を返す。

 どのようなカードでも等しくガチャから排出されたという女神到来期でもなければ、このようなカードは一般人が手にできるものではない。

「まー俺たちのガチャにはゴットカードっつー夢が入ってるっすから、そんなカードどうでもいいっすけどね。まあ、今期はもう出ちゃったけど……あれ?」

「あ? どうした?」

 言いつつガチャをのぞき込んだネズミが声を上げる。安酒をちびちびとやっていた手ぬぐいが声をかけると、ネズミは残りのカード残数が表示されている画面を見ながら言った。

「いや、ガチャが回ってるんスよ。今期は、もう当たりのゴットカードが出たのに。それどころかめぼしい当たりもほぼ出ちゃってんのになんでだろ。カード残量がかなり少なく……うおっ!?」

 そこまでネズミが言ったところで、いきなりアキトが勢いよく立ち上がった。

 大柄の彼が急に動くと、ちょっとした威圧感がある。驚きの声を上げたネズミに、アキトは見たこともないぐらいの勢いで詰め寄った。

「……当たりは、何が残ってますか」

「えっ……えっ!?」

「当たりは、何が残っているかと聞いているんです!」

「ひゃあっ!」

 アキトに肩をゆすられて、ネズミが悲鳴をあげる。驚いた手ぬぐいが横合いから助け舟を出した。

「じっ、自分で見りゃいいじゃないか……ああ、いい、ちょっと待て、どれどれ……。……〝秘書カード〟だとよ! あと残ってる当たりは、ランクSRの〝秘書カード〟とかいうやつだけだ! カード残数は……30000ほど!」

「っ……」

 その言葉を聞くやいなや、アキトはぱっとネズミを放し、慌てた様子でプレイルームを駆け出していった。

 その姿を、二人はぼうぜんと見送る。

「……なんなんすか、あれ……?」

「さあ……」

 一方、部屋を飛び出したアキトは、慌てて自分の部屋に向かう。

 しくじった、話し込んでる場合ではなかった。もう時間がない。事が動き出したのだ。

 すなわち、この自分も勝負をすべき時が来たのである。

 廊下を駆け抜け、自室の扉についたチャチな鍵を開け、薄暗い自室に飛び込む。その奥側、狭いベッドの下をのぞき込むと、引きずるようにして手提げ金庫を取り出す。

 慌ただしい動作でちゃちな錠のナンバーを合わせそれを開くと、中からは今までアキトがめたチケットのその全部、実に3000枚ほどが姿を見せた。

「…………」

 学校を出て、十代で働き始め幾年月。夢を持つようになって幾年月。来る日も来る日も、いつかのために貯め続けたチケット。

 それを、使う日が来たのだ。

「……よし、いくぞ」

 それら全部を両手につかみ、部屋から飛び出す。

 もう時間との勝負だ。狭い廊下を駆け抜けて、再びプレイルームに急ぐ。

 アキトが息を切らして戻ってみると、そこにはもう誰も居なかった。

(好都合だ。ガチャに集中できる)

 そのまま、どっかとガチャの席に座る。祈るように画面を確認すると、そこにはほとんどが残数0になった当たり表示の中で唯一、まだ1という数がついたSR……秘書カードの項目が輝いていた。

(秘書カード……秘書カード! これこそが、俺の欲しかった一枚。俺が引くべき一枚!)

 秘書カード、それはキャラクターカードの一種である。

 コールすれば、中から自分専属の秘書が飛び出してきて、効果終了までの一年間、持ち主を補佐してくれるというものだ。

 たいそう有能なカードらしいが、だがその主用途は別のところにある。

(そう、秘書カードの一番の用途は……〝カンパニー〟設立に必要だということだ)

 カンパニー。その名の通り企業のことであるが、この世界では意味合いが少し異なる。

 この世界においてのカンパニーとは、その土地や地方、ひいては国すら支配する存在のことを言うのである。

 女神が到来した直後、ガチャは一種類しかなく、また引くためにチケットなども必要なく、そこからはバトルカードを含んだすべてのカードが排出されていたらしい。

 つまり回すことさえできれば、何の力も持たなかった者がふとした瞬間に強大な軍事力を持ちえたわけであり、それを抑え込もうとした旧支配者、王や貴族というものはまたたく間に駆逐されてしまった。

 そうして運良く強大なカードを引いた者、もしくはカードを操る技術の巧みな者たちがそれに取って代わるが、それもやがて、より強大な使い手が現れれば倒される。

 目まぐるしく変わっていく支配者たち。戦いは尽きることがない。人々はその終わりの見えない争乱にへきえきし、戦うしか能のない支配者たちにもうんざりし始めていた。

 そんな時代にやがて台頭してきたのが、女神のもたらした知識や技術を元に新たなる道具を作り上げて世に広め、産業革命を生み出した者たち……すなわち、企業経営者たちだったのである。

(農業、工業、建築、造船……あらゆる分野で活躍した彼らは秩序の中でもうけを出そうとする論理的な思考を持つという理由もあり、地位を高め、やがて彼らが世界を支配するようになっていったんだ)

 そうして力を蓄え発言力を持った彼らは、やがて女神との謁見にこぎつけ、彼女たちと交渉することでバトルカードを一種の隔離状態にすることに成功したのである。

 すなわち、バトルカードは〝カンパニーガチャ〟と呼ばれる特殊なガチャでのみ排出されるようにし、それを引くためには女神が用意した新たなる貨幣〝GP〟を必要とするようにしたのだ。

 カンパニーガチャは、企業の経営者にしか回すことができない。そして、国の覇権を握る戦いは企業同士による勝負で決める事となり、それは整備され、今日ではカンパニーVSカンパニー……CVCと呼ばれるものとなった。

 すなわちこの世界においてのカンパニーとは、企業の経営者であり、領土の支配者であり、なにより戦国大名のようなものにあたる。そして、そのカンパニー経営者として自身を登録するためには、女神が用意した補佐役……秘書カードの所持が条件の一つとして定められているのだ。

(だが、秘書カードは高い……。それこそ買うとなれば一千万以上……下手をすれば、数千万GP単位の資金が必要になる)

 アキトは、過酷なわりにそれほどもうけがいいとは言えないこの仕事を続けながら、爪に火をともす思いで貯金を続けていた。その額はちょっとしたもので、無論それは自身がいずれカンパニー経営者として世に出て行くために稼いだ物だ。

 だがそのためには、秘書カードが必要不可欠。しかしそれを金で買ってしまえば自分の資金は大きく目減りしてしまう。それではカンパニー自体が成り立つか怪しい。

(だが……)

 改めてガチャを見つめる。そこには、たしかに秘書カードの表示が今もまだともっていた。

(……今、秘書カードを当てればそれが手に入る。俺も、カンパニー経営者として世の中に出ていけるんだ……!)

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