ワスレナグサの後悔

お、俺は・・・そんなに諏訪野に嫌われてたのか・・・。


ドアの向こうで繰り広げられるガールズトークのあまりの凄惨さに、

和羽は部室のドアを開けようとした手が止まって動けなくなっていた。


張り込みから帰ってきて部室に戻ろうとした和羽達だったが、

部室の前に来た時にたまたま凛と玲奈の会話が聞こえてしまい、

しかもその内容が自分への悪口? だったことで・・・和羽は気が動転していた。


くっ、このままでは俺の精神HPがなくなってしまう!

神様お願い!心の傷を癒す白魔法を教えてください! ●アル! ベ●マ●ン! パル●ンテ! あっ、最後間違えた。


「へー、そうなんだー、ふーん・・・いいね!」


部室の前で固まる和羽の後ろで一緒に女子たちの話を聞いていた小田先生が、

意味深にへーとかふーとか言いながら和羽をニヤニヤと見ている。


というか先生の事なんてどうでも良いよ! 自分が何か悪いことをした覚えがないのに、

諏訪野にものすごい嫌われ方をしている事があまりにもショックで・・・

次に何をすれば良いのかが分からない・・・とりあえず部室に入ってなんかよくわからんが諏訪野に謝るべきか?

それともそもそもそんな理不尽に俺を嫌ってるヤツなんかこっちだって願い下げだしって逆ギレしてみるか?

今なら理由もわからず何故か怒っているお袋に対して、必死にご機嫌伺いをしている親父の気持ちがよくわかる・・・

結婚て毎日こんな思いしなきゃいけないの? 何それ絶対イヤ! やっぱり俺は一生独身で居よう・・・VIVA扶養家族!


「嵯城・・・君たち最高に面白いね・・・でもそんな慌てないで大丈夫だから、

あんなの女子たちの中じゃ朝の挨拶みたいなものだよ?だからとりあえず中に入ろう」


女子たち、主に玲奈の発言に動揺してあたふたしている和羽を見て色々と助言したくなってしまった牧夫だったが、

今は放っておいた方が面白いと考え、とりあえず部室の中に入る様和羽に促した。


え、何それ女子ってあんなのが挨拶? 怖い、怖いよ女の子・・・

戦闘民族●イヤ人なの?だとしたら俺は戦闘能力5なので、全力で見逃してほしい・・・やっぱり怖い。


結局どういう対応をすればいいか決められない状態だったが、先生に促されるままに部室にはいることにした。


ガラガラガラ・・・


扉を開くと、2人が一斉にこちらに目を向けた。


「・・・お、疲れ様です、嵯城先輩、先生」


普段の諏訪野ならニコニコと愛想笑いくらいなら浮かべてくれたのだろうが、

話をしている最中に入ってきたことで、話の内容を聞かれていないか不安なのか・・・

それとも和羽には愛想笑いを向けるのも嫌なのか・・・どちらかは分からないが、

突然部室に入ってきた和羽達を見たときの諏訪野の顔は、今まで見てきた彼女の表情の中で一番不安そうな、

なんとなく苦しそうな顔をしていた。


「う、うん、ただいまです」


諏訪野の予想外の反応に少し戸惑ってしまい、中途半端な返事をしてしまった。


「あ、2人ともお疲れー、どうだったー? なんか成果あったー?」


一方の御伽はいつもの少しけだるげな様子で和羽達に話しかけた。


あ、さっきの会話は完全になかったことにする感じね? よし!乗った!


「ん? ああ、まとめて話すよ」


小田先生は落ち着きはらった様子で、御伽ににこやかに答えそのまま御伽の近くの席に腰を掛けた。


初めは諏訪野の態度が気になってしまい普通に話ができるか不安だったが、

このまま何も話さないわけにもいかないので諏訪野と少し距離を空けて全員が見渡せる位置に和羽も腰を下ろした。


恐らく先生は、今日あったことを御伽に話して彼女がどうなってしまうのかをすごく心配していると思う。


もちろん和羽も心配はしているが、それでも御伽に今日の話をしないという選択肢はない。


今回の復讐は御伽が自分で選んだ道で、

御伽は自分が性的に傷つけられたという過去を知り合ってすぐの和羽達に包み隠さず話してくれた。


たぶんそれは想像以上に怖い事だし、すごい覚悟が無いとできない事だ・・・。


だからこそ・・・どんなに辛い事実があったとしても、御伽はそれを知る権利があると思う。


張り込みから帰る途中はすべてを話して大丈夫なのか、

話した後のフォローはどうすればいいのかをずっと悩んでいた。


でも御伽の隣りに座って、優しい目で静かに御伽の様子を確認している先生を見て、

情けない話ではあるが御伽の事は先生に任せて大丈夫だと思った。


「うん、じゃあ今日張り込みした結果を話すね」


張り込みの結果御伽の元彼を発見することができたこと、

その元彼の通話の内容から恐らくヤツは現在も婚約者とは別の恋人がおり、動画で見たセリフと同じことを電話で話していたこと、

全て包み隠さず話した。


話をしている最中御伽はずっと黙ったまま真剣に和羽の話す言葉に耳を傾けていて、

まるで和羽の言葉一つ一つを絶対に聞き逃してはいけないと意気込んでいるかの様に見えた。


一通り今日起こったことを説明し終え恐る恐る御伽の様子を伺うと・・・

みんなから反応を見られている事に気が付いたのか、ゆっくりと話し始めた。


「うーん、なんていうか・・・ホントはね? ちょっっっとだけだけど・・・期待してた・・・

前は色々な事が重なって、心がおかしくなっちゃっていたからあんなことになっちゃったけど、

私に対しての事もすごく反省してて・・・今は婚約者の人を大事にして、これからの事を真剣に考えて生きている・・・

そんな風に変わってくれていることを・・・期待・・・してた・・・もしそうなったら、もう・・・

許しても良いかなって・・・思ってたんだよね私・・・でもやっぱりダメなんだね・・・

あー・・・悔しいなー・・・ホント悔しい」



瞳に大粒の涙を浮かべながらもまっすぐ前を見て話す御伽を、純粋にかっこいいと思った。


彼女は想像もできないほどの辛い体験をしたけれど・・・ちゃんと前を向いて生きている。


彼女の復讐は・・・これからの人生を生きる為、

胸を張って生きて行くための復讐なんだと気が付かされ、

一生懸命に自分の考えを話そうとしてくれる御伽を心の中で応援しながら、

葵が死んでから一ミリも進んでいない自分自身を、心の底から恥ずかしいと思った。


「・・・そっか・・・話してくれて、ありがとう」


小田先生は素直に話してくれた事に対して、これ以上ないほど優しい声音でお礼を言った。


その瞬間、決して涙を流すまいと耐えていた彼女の頬を、大粒の涙がつたっていった・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る