オトギリソウへの決意

翌日から早速行動は開始された。

御伽はいままで復讐の為に一人で元彼のその後を調べていたらしく、すでに現在の住所などの情報と元彼の近況がわかっていた。


元彼は現在凛と同時に付き合っていた女性と婚約中で、結婚式が2か月後に迫っている状況という事だった。

そして現在もまだ家庭教師は続けており、大学の研究室との兼務の為中々に忙しい日々を過ごしているようだった。


初めは御伽がまた嫌な気持ちを思い出してしまわないか気になっていたが、

御伽が話しているあいだ中ずっと、諏訪野が元彼に対してありえないとか気持ちわるいとか悪態をつきまくり、

それに対して先生がまるでワイドショーを見てるときの主婦みたいだなと言ってしまった事で諏訪野が激怒するというコントを繰り広げていて、

御伽はずっと爆笑していたのでいくらか安心した。


それに御伽があまりにも爆笑しているので、怒っていた諏訪野までもつられて笑ってしまい、

昨日は張りつめていた部室の空気も今日は明るい雰囲気に包まれていた・・・。


元彼の近況がわかったことで、当面の活動は元彼のあらさがしもとい、ヤツの裏切り行為の証拠をつかむことに絞られた。


もちろん現時点で何か情報をつかんでいるわけではない為、ヤツが現在も婚約者に対しての裏切り行為を行っているかはわからないが、

昨日の話を聞く限りでは、ヤツは現実から逃げる為に自分よりも弱い立場の人間に対して精神的な安息を求めている様なタイプに感じた。


そして現在も家庭教師を続けている事から、、もしかしたら今も御伽と同じ様な相手がいるのではないかという予想をしていた。


あくまで推測ではあるが、話を聞く限りのヤツの性格であれば同じ様な事を繰り返す可能性が高いと考え、

先ずは自宅周辺で張り込みヤツの行動を監視することになった。


「男子は張り込み! 女子は情報収集!」


やることが決まり今度は各自の役割分担を決めることになったは良いが、

先生が危険だから張り込みは男でやると言っているのに御伽が自分も張り込みがしたいとごねだしてしまい、

小田先生には珍しく熱血教師みたいに声を張り上げて強行突破した。


「わかった・・・でも小田ちゃんいつもこのくらい大きい声で授業してくれてたら、

テストでヴァスコ・ダ・ガマとPASMOで座間を間違えたりしないのに! もうちょっと声張ってよね!」


強引に押し込まれたのが気に食わないのか、御伽は先生に食ってかかる様に批判した。


ヴァスコ・ダ・ガマとPASMOで座間・・・いくらなんでもバカすぎやしませんか御伽さん・ ・ ・ 。


翌日から張り込みは開始された。


初めは元彼の自宅近くの公園で張り込みをしようと考えていたが、子供たちも多い平日の夕方に大の男2人で公園に長居したら明らかに怪しい。

下手したらママ友の会に通報されるまである。


さすがに2人とも、まだこの先の人生を公然わいせつ罪で捕まった人として生きる覚悟はできていない!

という話になり、小田先生が車を出してくれることになった。


「やっぱり、張り込みと言えばあんぱんに牛乳だよね、嵯城もそう思うでしょ?」


目の前にいる私立進学校の世界史教師は、モグモグと口の中でコンビニで買ってきたあんぱんを咀嚼しながら、ドヤ顔で同意を求めてきている。


「・・・先生って、あんまり先生っぽくないっていうか・・・ちょっと御伽の気持ちわかります」


「まぁつれない返事! そんな悪い子先生はしりませんよ! 通信簿に和羽君はやや協調性に問題がありますって書いちゃいかマスカラ! 」


定番すぎる質問を投げかけてきた上に何故かお姉になって脅してくる教師にあきれつつも、

みんなを和ませるその人懐っこい人柄は真似したくとも真似できるものではないなと思った。


こと教師と生徒となると、主従関係に近い構図が成り立ってしまう事が多いが小田先生は自ら生徒との垣根を低くする事で、

大人の立場に居ながら生徒の目線に立った発言することができる。


その証拠に他人とのコミュニケーション能力にやや問題を抱えている和羽でも、気軽に話すことができる大人は学内では小田先生以外いなかった。

お、俺がコミュ障なんじゃないんだからね! 先生がすごいだけ!


だがそう思えば思うほど、こんな人が復讐を考えるほどに憎い相手とはいったいどういう人なのだろうかと知りたくもあった。


しばらく取り留めのない会話を繰り返し、陽も完全に暮れて夜20時に差し掛かろうとする頃、奴は現れた・・・。


ビシッと決めたスーツ姿に特徴的な中分けのヘアスタイルは相変わらずで、何か悪い目にでもあったのか、

端から見てもイライラしているのがわかるほど眉間にしわを寄せ、駅から自宅への道を歩いていた。


奴の姿が見えた途端・・・今までの和気あいあいとした空気とは一変して、車内は緊張に包まれた。


さっきまで笑顔だった小田先生も、車のハンドルを強く握ったまま元彼から目を離すまいと集中していた。

遠くからではよくわからなかったが、元彼が近づいてくるにつれて誰かと電話で話している様子が確認できた・・・。


元彼の自宅は公園の真横に位置しているため必ず車の横を通るはずだが、

公園の横で学ランとスーツ姿の男2人が車内に居るのは不自然に思えたし、

ないとは思うが万が一元彼に怪しまれ警戒でもされたら今後ここでの張り込みが難しくなるかもしれないと思い、

和羽は車から降りることにした。


「先生、男2人で車内にいると警戒されるかもしれません、俺徒歩で近づいてみます」

「・・・ああ、わかった、気付かれない様に気を付けてな」


小田先生は元彼から目を離さないよう前を向いたまま、和羽の提案を了承した。


車を出た時点で元彼との距離は50メートルほど離れていたが、ゆっくりと元彼に近づくにつれ、徐々に話している内容が聞こえてきた・・・。


「ああ、大丈夫だよ、絶対にばれたりしてないって・・・うん・・・そう、あいつはただ次期教授の妻っていうステータスがほしかっただけで、

教授も教授で自分の後継者を身内にして引退後も研究室にあれこれ口を出したいだけだ・・・僕の人間性や素行になんてまったく興味ないさ・・・」


元彼に近づくにつれ聞こえてきた話の内容は・・・吐き気のするものだった。


ほとんどはフィアンセの女性に対してや、恐らくこれから義理の親になるのであろう教授への恨み言・・・

あとは自分自身がいかにかわいそうな人間で、被害者なのかという事への嘆きだった。


また話の内容から察するに、恐らく通話の相手は今の浮気相手なのだろう。

ときおり聞こえる少し甘えた猫なで声が、とんでもなく和羽を苛立たせた。


そして元彼とのすれ違い様に和羽は耳を疑う言葉を耳にした・・・。


「だから何度も言うけど、僕には君しかいないんだよ・・・あんな女なんて関係ない! 先生は君だけを愛しているんだよ? だからそんな事言うなよ」


浮気相手との通話を確認できたことで、実際に浮気をしている事、また先生という発言から相手が家庭教師先の生徒だという事など、

判明した情報だけを考えると復讐を達成するという目的には大きく近づいたと言えるだろう。


だがそんな成果に対する喜びなど吹き飛んでしまうほど、和羽はこの男に強い嫌悪感を抱き、

絶対に許してはいけないと強く感じた。


この男は自分が御伽にしたことを何一つ悔いておらず、あろうことかまた同じことを繰り返している。


何よりも許せないのは・・・あの御伽が震えながら、泣きながら和羽たちに見せてくれた動画と全く同じセリフを、

浮気相手に対して口にしていたことだ・・・。


あいつは自分がどれだけ身勝手で、どれだけ人の尊厳を踏みにじる行為をしているのかという事を全く理解していない。


・・・あいつには思い知らせてやる必要がある、裁かれない罪は有ったとしても、裁けない罪はないという事を。


元彼が電話を切り自宅マンションの中に消えていくのを確認したため、先生に状況を報告するべく車へと戻ることにした。


「・・・はは・・・なんだよそれ・・・そんなの、あいつが報われなさすぎるじゃないか、

そんな奴にあいつは・・・もう怒りを通り越して殺意が湧いてくるよ・・・」


先生は一人言とも和羽に話しかけてるともとれる話し方で、教師としてではない、

1人の人間としての感情をただ・・・言葉にしていた。

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