オトギリソウの慟哭

四月十六日 十六時三十分

甘利高校旧校舎理科準備室には、自分を含めて4人の人間が居た。


先日のツイッピーでのつぶやきを見て、和羽と同じ目的を持った人間が3人も集まったのだ。


本来であれば、集まってくれたことに対してすぐにでも簡単なあいさつや自己紹介をするべきだろう。

だが理科準備室に集まったメンツを見て、和羽は驚いて固まってしまっていた。


御伽オトギ 凛リン17才

彼女は和羽と同じクラスの女の子だが、金に近い様な茶髪にルーズソックスと少し前時代的なにおいを漂わせているいわゆるギャルだ。

だが実は化粧の上からでもわかるほど端正な顔立ちで、正面に立つのが憚れるほどきれいな瞳をしていた。


それに彼女はクラスでも中心的な人物の為、とても復讐なんていうきな臭い事に自ら関わっていくタイプには思えなかった。

彼女がこの場にいるという事に少なからず驚きは覚えたが、話したことはほとんどないものの、

同じクラスの人間が同じ目的で協力してくれるのはなんだが心強くもあった・・・。


だがその近くの席に腰を下ろしている男を見て、和羽は更に驚いた・・・。


小田オダ 牧夫マキオ30才

彼は昨年私立甘利高校に赴任してきた、社会科の教師だった。

和羽もまさか生徒以外の人物がこの場に来ることは想定していなかった為、かなり動揺してしまった。


もしかしたら、ツイッピーのつぶやきを見つけて和羽達を止める為に現れたのではないかとも考えたが、牧夫は依然黙ったままで下を向いていた。

牧夫はまだ30才と教師にしては若い方だが、男臭さの中にどこか大人の優しさが垣間見え、女子はもちろん男子にも人気の教師だった。


もし和羽達を止めに来たのではなかったとして、彼がどのような思いを抱えてここにいるのかは和羽も少なからず興味があった。


そしてもう一人は・・・なんとこの学校の生徒会長様だった。


諏訪野スワノ 玲奈レナ16才

彼女はこの学校の生徒会の中での唯一の2年生で、なおかつ生徒会長だ。

生徒会長と聞くと規律正しく、人にも自分にも厳しい清廉潔白な人間を思い浮かべる人も多いだろうが、彼女は正反対と言ってもいい人物だ。


御伽を綺麗系とするなら諏訪野は可愛い系というのだろうか・・・ぱっちり二重に薄めのメイクで、絶妙なエロスを感じる制服の着こなしは、

いかにも男好きしそうな見た目だ。

見た目で人をどうこう言うのはよくないとは思うが、彼女は見た目だけではなかった。


サッカー部の部長に、バスケ部のキャプテン、テニス部のエースと数々の男たちとの噂を耳にする。

しかもほとんどが、浮気されただの捨てられただの、男側が酷い目に合されたものばかりだった・・・ほとんど関わりのない和羽ですら、

彼女の名前を聞けばあーあのよく噂になってる女の子ねと思いつくほどに彼女はある意味で有名人なのだ。


しかもこの学校は生徒会が特別人気がある。

というよりなまじ進学校なだけに、大学の推薦に有利になる生徒会長という肩書を魅力的に思う人間が沢山いる。


そんな優秀で、ある意味生徒会長にお似合いな対立候補がたくさんいる中で、彼女はあっさりと選挙で生徒会長に就任した。


圧倒的な男子からの支持があったのかもしれないが、それだけで勝てるほどこの学校の生徒会選挙は甘くないと思う。

だが実際彼女は勝ってみせたし、何を言われてもがんとして姿勢を崩さないところは、見ていてかっこいいと思わせるものがあった。


ふと彼女の方に目をやると、和羽と目を合わせ優しく微笑んでくれた。

そのときなぜだか懐かしい感じがして、つい和羽も笑いかけてしまった。


すると彼女はびっくりしたのか、急にうつむいてしまい・・・それからはほとんど目を合わせてくれなくなってしまった。


何どうしたの? 俺の笑顔そんなに気持ち悪かったカナ!? くそ! 家でちゃんと練習して来ればよかった・・・

対人用の笑顔なんてここ何年も使ってなかったから・・・失態だ!


取り乱してしまった気持ちを抑える為・・・現実から?いや諏訪野から目を離し、小田牧夫の目的を探ることにした。


「あの・・・お、小田先生ですよね?今日はどうしてここに?」


相手の意図がわからない為、復讐連盟の事には触れずできる限り冷静を装って話しかけた。


「え?・・・ああ、そうだね、びっくりしたよね俺が居て・・・たぶん目的は君たちと同じ・・・【復讐】したい相手がいるんだ・・・君はどうなの?嵯城君・・・」


あまりにあっさりと口にされた復讐の言葉に少し驚いてしまったが、伏し目がちに悲しみに満ちた目で話す先生を見ると、なんだかすべてに納得がいった。


恐らく彼も、自分と同様に今のままでは前に進めない人間なのだ。


「俺は・・・どうしても殺さなきゃいけない相手がいます」


・・・背筋がゾクっとした。


『殺す』という言葉にみんなが反応してこちらを見られている事に対しての不安もあるが、葵が居なくなってから・・・この思いを誰かに話すのは初めてだった。


もちろんまだすべてを話せる気はしないのだが、誰かに思いを打ち明けることができたことに少なからず高揚していた。


和羽の言葉を聞いた3人の反応はそれぞれだった・・・。


御伽は和羽をまじまじと見ると、やがて下を向き小さく「マジか・・・」とつぶやいた。


諏訪野は今にも泣きそうな顔をしていたが・・・和羽と目が合うと再びうつむいてしまった。

うつむきぎわに小さく「バカ」と聞こえた気がしたが、諏訪野は面識のない人間をバカよばわりするほど考え無しではない気がするので気のせいだと思う事にした。


でも・・・俺にはどう思われても良いとかだったらどうしよう・・・さっきも目合わせてもらえなかったし・・・もしかして俺嫌われてる?


「そっか・・・うん、わかった、協力するよ」


小田先生は少し悲しそうな顔をしたが、すぐに和羽の方に向き直り首肯してくれた。

それに答える様に和羽も話し始めた。


「ありがとうございます・・・」


特に反応もなかったので、そのまま話を進めることにした。


「お互いの復讐を協力する、その為に皆さんに声を掛けさせて頂きました・・・俺もみんなの復讐を手伝うし、

みんなも問題が無い範囲で復讐を手伝ってほしい・・・でももちろん強制ではないし、自分の復讐が終わった段階で抜けても良いと思う・・・

馴れ合いとかじゃなくただ方法としてこの部活を利用してくれれば良いと思っています・・・だからこの部活の名前は・・・

『復讐連盟』にしました!・・・・皆思う所は沢山あると思うけど、協力して復讐を成功させよう!」


宣言すると同時に和羽は右手を胸の位置で握り、左手を後ろに回して思い切って『心臓をささげよ!』をやってみた。


ちょっと中二病くさいかとも思ったが、このくらいやった方がみんなのやる気も出る気がしたので無理して声も張ってみた・・・結果・・・

全員黙った。


針のムシロのような苦痛な沈黙が続き・・・1人脳内で神への助けを求めていると、誰も話し出さない事に限界を感じたのか御伽がイラだちながら口を開いた。


「嵯城・・・あんたそういうの向いてないよ! だって話してる間ずっと顔真っ赤じゃん・・・それにそのポーズなに? そんなんじゃ誰も話始められないって!」


指摘された事で、改めて自分の真っ赤になった顔に気が付き余計に恥ずかしくなった。


小田先生はこっちをみてニヤニヤしているし、よく見たら諏訪野も和羽の顔を見て笑いをこらえていた。


「だっ! おまっ・・・だって、誰かがやらなきゃいけないじゃんそういうの・・・だったら一応発案者だし、俺がやらなきゃって思って・・・」


「ぶはっ! だから良いんだってそういうの・・・別にあたしらそんなかしこまる関係でもないでしょ!

ほとんど話したことないけど一応クラス一緒だし、諏訪野さんだって生徒会長だけど後輩っしょ? 先生もいるけど、小田ちゃんだしねー★」


御伽は遠慮なく爆笑しながら、発案者として取りまとめることを気にしすぎて固くなっていた和羽をほぐしてくれた・・・。


恥ずかしさで死にそうだしやり方はものすごく気に食わないが、部屋に入ってきたときの緊張は嘘みたいになくなっていた。


「おいおい、一応先生なのよ? 俺も・・・」


「んー? でも小田ちゃんでしょ? なら大丈夫★」


「大丈夫って・・・まー良いかー」


御伽の軽い態度に先生も思わず注意したが、彼女は全く気にしておらず簡単にあしらわれてしまった・・・。


女子高生に軽くあしらわれる中年男性・・・・美人局を疑った方が良いのカナ?


チラっと諏訪野を見ると、なぜか少しムッとしていた。

だから御伽言い過ぎだって・・・この学園の最高権力者に睨まれてるぞ?


緊張がほぐれたのは良いがこのままでは一向に話し合いが進まないので、適当なところで今後の活動内容を決定しなければいけない。


その為には、まずはみんなの復讐の動機とそこに至った経緯を確認しておく必要があった・・・。

もちろん簡単に話せる内容ではないと思うが、本人の話せる範囲で全員から話を聞かせてもらう事にした。


「じゃあ、あたしから・・・良いかな」


さっきまで笑って話していた御伽の顔が突然陰り、まるで苦しさを絞り出すかの様に静かに話し始めた。


「あたしの復讐の相手は元彼なの・・・その人元々は中3の時の家庭教師で・・・中3のクリスマスの日にあたしから告白して・・・

付き合う事になった・・・こう見えても中学の時は真面目な方だったから、そういう恋愛経験みたいのもほとんどなくて、

ちゃんと付き合うのもその人が初めてだった・・・始めはすごく楽しくて四六時中ずっと一緒に居たし、本当に大好きだったよ・・・

でも付き合って3ヶ月目くらいからだんだん彼の様子がおかしくなっていったんだ・・・会う頻度もどんどん少なくなって

・・・おかしいと思って携帯見たら、案の定別の女との浮気の証拠を見つけたの・・・それで彼を問い詰めたらすごい焦りだしちゃってさ

・・・その女は彼の大学の教授の娘さんだから、これから先の将来を考えたときにむげにできる相手じゃないって・・・

仕方なく付き合ってる・・・本当はあたしの事が一番だってすがってこられて・・・」


「さいっってー・・・」


暫く黙って話を聞いていた諏訪野も、嫌悪感をむき出しにして怒りをあらわにした・・・。

そしてそれを聞き同意する様に再び御伽が話始めた。


「だよね・・・あたしもその時は同じ気持ちだった・・・でも・・・そんなことで復讐しようなんて思わないよ・・・

その時だってこの人はこういう人なんだって思ったらなんだかあきらめもついて・・・ちゃんと私から別れを切りだしたの・・・

始めは納得してくれなくて大変だったけど・・・何度も話し合いを続けてやっと納得してもらった・・・

でもさ・・・最後に一回だけって言われて・・・うん・・・エッチしちゃったんだよね・・・

そしたら実はその誘いは罠で・・・全部・・・ぜんぶ動画で撮られてて・・・

そのあともそれをネタによりを戻してくれって何度も何度も脅しに来て・・・でも私はそんな恐怖で縛られてまで一緒にいるなんて考えられなかったし・・・

絶対嫌だって断り続けてた・・・そしたら知らない間にネットの動画サイトにその動画を上げられちゃっててさ・・・

さらに追い打ちみたいにSNSであたしの友達とかに拡散されて・・・みたいな・・・そういう話・・・です」


「・・・許せねえ」


教師という職業柄か笑顔で生徒と接することが多く、個人としての感情をあまり表に出すことが少ない小田先生が、声を荒げ憤りをあらわにしていた。


「絶対! ですね!」


諏訪野もキャラに似合わず顔をゆがめ、今にも猪突猛進に走り出してしまいそうな勢いで小田先生の言葉に同意した。


「まあ・・・そのあとはやっぱり最悪でさ、学校行けば女子からはひどい目で見られるし、男子からは幾らなのとかからかわれたりして・・・

たまに本気で押し倒そうとしてくる奴とかもいてさ・・・自分で言うのもなんだけどボロボロだった・・・でも幸いこの高校には中学が同じ人はほとんどいなくて、

カモフラージュの為にも濃い化粧して、動画見ても同一人物だってわからない様に性格とかキャラも全部・・・変えて・・・

なんとか・・・・ね・・・過ごしてきたんだ」


御伽は淡々と、まるで箇条書きにされた文章を読むように、淡々と話をしてくれた。


だが、よく見ると彼女の手は小刻みに震えていて、彼女がどんな思いでこの話を自分たちにしてくれたのかを考えるとひどく胸が痛んだ。


「よし・・・御伽・・・お前の復讐、手伝わせてくれ・・・ってそれで良いですか? 二人は」


感情につられ、勝手にはじめに御伽の復讐に協力することを決めようとしてしまい、急いで小田先生と諏訪野の意思を確認した。


「も、もちろんです!」


「ああ、俺も異論ないよ」


小田先生は怒りが収まりきらないのかやや乱暴な言い方になっていたが、御伽の復讐を最初に手伝う事について和羽の意見に同意してくれた。


諏訪野に関しては、なぜか和羽に対してだけ挙動不審だが力強く同意してくれた。

今日の帰りにでも俺のどこが気持ち悪いのかを聞いてみようかな、グスン。


「ま、まずは相手のしっぽをつかまなきゃだめだよね、どういう手段で貶めるにしろ先ずは弱点を知らないと・・・」


御伽の元彼はたぶん自尊心がすごく強い性格で、自分の為なら誰かを貶めることを何とも思わない様なタイプだと思う。


そんな人間を懲らしめるためには、たぶん自尊心を傷つけてやるのが一番だ・・・・自分を特別だと、

崇高だと思い込んでいる人間ほど自分がいかにクズ野郎なのか・・・いかに最底辺の人間であるのかという事を見せつけてやることで、

大事に抱えているプライドをへし折ることができる。


そして本人が一番見られたくない相手に一番見られたくない形で見せ・・・人としての尊厳を奪ってやれば良い。


その為には、証拠となる画像や映像が必要になる。


「それに関して・・・なんだけど・・・あたし証拠? っていうか、そいつが動画UPした後に脅しに来た時の動画をね・・・

持ってるの・・・だからこれを使えばたぶん・・・ 」


そういって彼女は・・・うつむきながらスマホに保存されている動画をみんなの前で再生してくれた。


画面に映し出されたのは、若い男女の口論している姿だった。

男の方は背が高く、綺麗に中分けされた髪はいかにも真面目なエリート大学生という雰囲気を醸し出していた。


女性はやや大人しく見えるが、思わず見とれてしまいそうな切れ長の綺麗な瞳は、間違いなく彼女が御伽凛であることを物語っていた。


彼女は大粒の涙を浮かべ必死で男を説得している様に見えるが、男はいっこうに話し合いに応じる様子はなく次第に口論はエスカレートしていく・・・

そしてついには男が彼女を押し倒し無理やりに服を脱がそうとするシーンが流れた。


その瞬間・・・小田先生が立ち上がり御伽の手からスマホを奪い取るとそのまま御伽を抱きしめた・・・。


あまりの事に一瞬先生を止めようと立ち上がったが、御伽の方に目をやると彼女は真っ白な顔をしうつむき、涙を流しながら震えていた。


「バカヤロウ・・・今回、この動画は使わない・・・いいか?」


御伽の事を強く抱きしめながら、小田先生は和羽と諏訪野に呼びかける様に聞いた。

諏訪野の意思を確認しようと目を向けると、彼女も和羽の考えを理解していたらしく和羽に向き直り力強くうなずいた。


「・・・はい、そうしてください」


「ありが・・・とう」


先生の肩に顔をうずめながら・・・苦しさとも嬉しさとも取れる声で彼女はそう告げた・・・。

教室には4月には似つかわしくないほど煌々と午後の日差しが差し込んでいた。

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