第7話 どんな君でも私は

「何か良いことでもあったの?」


 日向が部活の助っ人を終えて部室に迎えに来てくれた夕暮れ時。文芸部に入れば星月さんも赤羽さんも居るし、私もあの二人と仲良くなりたいけど小説なんて私には書けない。文章を書くことが好きな訳でも無い。そんな状況で文芸部に入ったところでみんなに迷惑を掛けるだけだし、そんな中途半端な気持ちで入部したら桜ちゃんにも嫌われてしまうかも知れない。それは絶対に嫌だから、私は今まで通り帰宅部で居ようって決めた。日向が部活から戻って来るまでの時間を、日が沈んでだんだんとオレンジ色に染まって行く教室で小説を読むのが好きだし。日向が迎えに来てくれるのも嬉しかったから、やっぱり今のままで良いや。


「実はね、文芸部に私の大好きな人たちが居たの!」


「良かったじゃん! 入部するの?」


「ううん。しないよ」


 日向は首を傾げて不思議そうな表情をしてたけど、深くは聞いて来なかった。日向なりに気を遣ってくれてるんだろう。でも、やっぱり放課後に日向とこうして帰れるなら部活なんてしなくても別に良いや。

 自信を付ける目的で部活見学に行ったはずなのに、特に成果も得られず日向との帰り道に幸せを感じることで満足してしまう。今のままで居よう。一緒に帰る帰り道を幸せに思うだけで満足だ。


「今週の土曜日って空いてる?」


「うん。なんで?」


「映画見に行こうぜ」


「いいよ」


 日向が映画を見に行くなんて珍しい。どんな映画を見に行くんだろう? やっぱり日向のことだからスーパーヒーロー系の人を助けていく感じの映画なのかな?


「どんな映画?」


「恋愛映画。この前見てたドラマで恋愛系のやつにハマっちゃって」


「それ、私と見に行く意味分かってる?」


 鈍感な日向はそういうことに疎い。私だけが一方的に良い感じになっちゃうのは嫌だし。ていうか日向はロマンの欠片も無いし。手を繋ごうとしたら満面の笑みで手を差し出して来るし、私が少し不満そうにしてると手を引っ張って力強く抱きしめてくるし、髪がくしゃくしゃになるくらい撫でてくるし。

 今も充分に幸せ過ぎるくらいだけど、もう少し大人っぽい恋愛もしてみたい。


「私も映画みたいなロマンある恋愛してみたいな――」


 言い終わる直前に腕を掴まれて引き寄せられた。急な出来事に体が強張って動かないし、頭も真っ白になって何を言えば良いのか分からず、ただ驚くことしか出来なかった。


「え? あ……え?」


「………」


 何も言わずにじっと私の目を真っ直ぐに見つめてくる。顔近いし、そんな真っ直ぐ見つめられたら恥ずかしい。


「月奈」


 目を逸らそうとすると私の名前を呼んでくる。反応して日向の方を見るとやっぱり目を真っ直ぐに見つめてくる。耐えきれずに再び目を逸らすと名前を呼んでくる。


「な……なに…? 怒る……よ?」


 不意に唇を人差し指で触れられた。この感情をなんて言えば良いのか分かんない。恥ずかしいの一言で表せるほどのモノじゃない。恥ずかしいが限界突破した時の感情だ。

 そんな私を見てニコッて微笑む日向はいつもの五倍くらいカッコよく見えるし。


「恥ずかしいって……ひなたぁ……」


「月奈」


「ひゃぅっ……やめて……」


 耳元で囁くから体に力が入らない。それに日向は力が強いからどう頑張っても振り解けそうにない。

 どうしちゃったの日向……いつもと違うし、こんなの心臓がいくつあっても足りないよ。今もドキドキしすぎて心臓が破裂しそうなのに。どうしよう、私が緊張して心臓がドキドキしてるの日向に聞こえてるよね……


「やっぱりいつもどおりが一番良いや」


「え……?」


 急にいつも通りの日向に戻って腑抜けた声を出してしまった。


「え? 大人っぽい恋愛がしたいって言うからやったんだよ」


 日向にこんなことが出来たんだ。私は少し日向のことを恋愛とかそう言うのに疎いただの男の子だと思って。ギャップって凄い。だって日向があんなにカッコよく見えたんだもん。


「最近ハマってるドラマに出てくる人の真似だけどな」


 訂正。やっぱり日向はそう言うのに疎い鈍感な男の子だ。私がどんな気持ちだったと思ってるんだ馬鹿。


「帰るよ!」


「うん。怒ってる?」


「怒ってない!」


 きっと日向と一緒に居ると、今日のことを不意に思い出したりするのかな。そんな状況が続いたら本当に心臓が危ない。トキメキで死んじゃう。

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