第8話 両手に花
「あ~なるほど!」
土曜日。ショッピングモールの入口で日向と時間を潰していた。何故か毎回早く来てしまう。その結果、お店の外で三十分ほど待たなきゃいけなくなるし。その度にゆっくり来ようと決めているのに早く来てしまう。早く会いたいって思わせてくる日向のせいだ。
スマホと睨めっこしていた日向がふと閃いたように言った。スマホの画面を覗くと星月さんが写っていた。
「この人と月奈ってなんか良く分かんないけど相性良いなって思って調べてたんだ」
「何か分かったの?」
「輝夜と月奈だから物語で言えば相性ばっちりじゃん?」
よくそんなところに気付くねって感心しつつ、その単純さに今日も日向は日向なんだって謎の安心すら覚える。確かに名前だけ見れば相性は良いのかも知れない。だけど、私には星月さんと肩を並べられるような秀でて優れたものがない。月とスッポンみたいなものだ。
「私なんかが星月さんと相性が良いなんて失礼だよ」
「私“なんか”はダメだって言ってるだろ」
「でも、その人は日本一のアイドルでみんなを笑顔にできる凄い人なんだよ。私はその人を本気で尊敬してるの」
そう。私とは違ってみんなを笑顔に出来るし、幸せを振りまくことの出来る優しい人。私は何も出来ない普通以下の人だし。
「月奈は俺を笑顔に出来る唯一の人なんだぞ? 自信を持て」
なんて他愛もない話で照れを隠せずに居ると、気が付けばショッピングモールも空いていた。だけど、どこか様子がおかしい。お店の中にあるベンチに人だかりが出来ている。自販機の横のベンチに人だかりが出来ることは滅多にない。というよりそんな状況あるわけない。
「見に行こっ!」
日向の腕を引っ張ってベンチに近付くと、見覚えのある人たちが見えてきた。しかもその人たちに人だかりが出来てるし。
「あれ? 桜ちゃんのお友達だよね?」
その中の一人が声をかけてくる。私は体が震えて上手く喋れなかった。なんでショッピングモールに日本一のアイドルが居るのだろうか? その後ろには日本一のモデルもいるし、天日先輩と望無先輩も居る。まさしく美少女パラダイスだ。ということは桜ちゃんも居るはずだけど……
「あれ? 日向?」
気が付けば日向の姿が無かった。辺りを見渡してみると黒いスーツを着た人と何かお話をしている。
「あれ? 演劇部と勘違いして来てた子だよね? 久しぶり!」
天日先輩が手を握ってぶんぶん振ってくる。なんて言うか、その華奢な体のどこからそんな力が出てるのか。力が強すぎる。
そのまま流されるようにベンチに座らされて質問攻めに遭った。ところで、一つだけ問題がある。それはここに居る人たちは私の名前を知らない。
「あのっ! 穂村 月奈と申します! 月奈って呼んでください!」
流石に覚えてもらうのは図々し過ぎるかも知れないけど、このまま色んな呼び方をされ続けると色々とややこしくなる。それにしても、この状況は幸せだけど人目が痛すぎる。そりゃそうだよね。美少女の中でぽつんと普通が居れば誰やねんこいつ的なことになるもんね。
「桜ちゃんと仲良いよね? どんな話してるの?」
「文芸部のお話とかカフェラテの美味しさについて延々と語ってます」
「桜はカフェラテ好きだもんね。あそこまで好きだと少し引いちゃうけど」
私の右に座っている二人は基本桜ちゃんに関することしか聞いて来ない。一方左に座っている二人は特に質問をするでもなく私のことをじっと見つめている。
「あ……」
日向が黒いスーツを着た人と喧嘩しているのが目に入ってしまった。いや喧嘩って言えるほど可愛いものじゃなかった。この場合は見て見ぬふりをするのが一番だ。
「月奈ちゃんは春香ちゃんと会ったことあるの?」
「いえ、隣のクラスだってことは知ってますけど話したことは無いです」
「あの子、不器用だから何かあったら助けてあげてね」
確か、楓ちゃんとよく一緒に居る子だよね? 楓ちゃんっていうのは柊 楓(ひいらぎ かえで)ちゃんのことで、中学の時に知り合った何でも出来る女の子。本当に何でも出来てたから空だって飛べるんじゃないかって思ってた。私が苛められてたのもあって、出来るだけ話しかけないようにしてたんだけどね。なんて話をしていても天日先輩は興味津々に私の顔を見つめている。
「天日先輩?」
「なに?」
「いや、なんて言うか……そこまで見つめられると恥ずかしいです」
「そっかそっか」
え? 他人事なの? 恥ずかしいって言ってるのにずっと見つめ続けてるし。何か顔についてるのかな?
「月奈ちゃんは好きな人とか居るの?」
天日先輩はわくわくした様子で聞いてきた。恋バナが好きなのかな?
「居ますよ」
「どんな子なの?」
「あそこで黒いスーツの男の人を馬乗りになってボコボコにしている子です」
「かなりロックだね」
指の方向を見た星月さんの表情が一瞬で変わった。かなり慌てた様子で止めに行く星月さんの後ろを付いて行った。
「楓!?」
「星月……思いの強さで負けちゃった……」
遺言を残すかのように弱弱しく話しているこの人は星月さんのお知り合いなのかな?
「俺は好きな人の為なら何でも出来る。それはお前も同じだろ? ほら、立てよ」
日向が伸ばした手をがっちり掴んで立ち上がった。私には到底理解できないような漢の友情的なものが芽生えていた。
「ごめんなさい。この人は私のプロデューサーなの」
「え? 星月さんのプロデューサー?」
そんな人を日向は馬乗りになってボコボコにしてたのか。これはなんて言うか気まずい。プロデューサーってことは星月さんにとって大事な人であることは間違いないだろうし、そんな人をボコボコにしてたのが私の大事な人だし。なんて謝れば良いのかな?
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