第四話『真紅の王』



 眼前でふわふわ宙に浮いている男ーーエクトル・ガスパールに、護は問いただす。


「お前が俺をこの世界に召喚したのか。」


「そう。まさかあんな姿で現れるとは思ってもいなかった。ごめんね。」


「もし許すとしたら俺の死刑を回避してくれたらだ。ガスパー、お前は俺を助けられるのか?」


 ガスパーは肩を揺らして短く笑うとこう言った。


「頑張ってみるよ。でもできなかったらごめん。」


「なにその『行けたら行く』みたいな言い方…。」


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 ガスパーは一度いなくなると護に告げると、ふっと消えてしまった。そのとき再び牢屋の檻がぐにゃっと曲がった。もしかしたらガスパーはそこをゲートのようにして出入りしていたのかもしれない。今の護には理解が追いつかないが。


 ガスパーが消えてから間もなく、崩れ落ちていた見張りの獣人二人が目を覚ました。


「俺ら寝ちまってたのか…。」「やべェなもう時間だ。」


 欠伸をしながら一人の見張りが護の牢屋の鍵を開けた。


「出ろ。時間だ。王の間に連れてく。」


 縄で結ばれ、余った部分を両側に立つ獣人が持ち、王の間に連行されていく。


ーー頼むぞガスパー。お前が俺のことをこの世界に召喚したんだ。なんの目的も無くそんなことしない。みすみす見殺しにするなんてことしないだろう。まったく、さっき初めて会った怪しい男を頼るのも悲しい話だな。


 長い長い廊下を王の間に向かって歩いていく。すれ違う人達が護を軽蔑の目で見てくる。


ーーこれ、助かったとしてもこの世界で俺やっていけるの…?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「着いたぞ。この扉の先が王の間だ。」


ーーかなりの時間歩かされたな。王宮がめちゃくちゃ広いってことが分かった。この国の王様は相当の権力者だなこりゃ。どんなおっさんがふんぞり返ってるのやら。


 赤や金で装飾された美しく巨大な扉の前で護は待機していた。この扉の先で待つ王様に死刑宣告されるまでにガスパーが現れてくれなければ護には死刑が執行されてしまう。仮に宣告された後で撤回ができるのであっても、なるべくその前に死刑を免れたいものだ。


「もうそろそろ扉が開く。」


 右に立つ獣人がそういうと、重い扉が音を立てながら開いた。


ーーいよいよ王様とご対面か。ここで分岐ルート間違えたらゲームオーバーほぼ確だ。慎重にいこう。


 扉が全て開き、獣人に引っ張られて護は王の間の中に入った。赤が基調の部屋でいかにも神聖な雰囲気が漂っている。


ーーゲームとかマンガで見た王宮のイメージまんまだな。


 中には多くの参列者がいた。現代の裁判の傍聴人のようなものか。彼らの間に通る一本の道。その先には階段が続き、少し高くなった所に王が座るであろう巨大な玉座があった。今はまだ王は座っていない。しかしそれでも空の玉座を見ただけで、この国の王が他の人とは別格の地位を保ってることが安易に予想出来た。


 されるがまま歩いていくと、玉座へ続く階段の少し手前で獣人に止まるように促された。


 止まってからしばらくすると、玉座の横に黒いローブを来た白髪の小人が現れた。長い白い髭はいかにも賢そうなイメージが漂う。彼が口を開いた。


「ウルズ様が参られます。」


 彼がそう言った瞬間、周りの人達が一斉に跪いた。打ち合わせでもしていたかのように全員がそろった動きだった。


「おい、お前も跪け。」


 横の獣人に小声で言われ、護もその場に見様見真似で跪く。下を向いていると、コツコツと歩く音が聞こえた。


ーー王様だ。ウルズ様っていうのか。一体どんなやつだ…。


 歩く音が止まった。玉座にウルズ様が着いたのだろう。


「顔をあげてください。」


 ウルズ様が言ったであろうその言葉に護ははっとした。いや、言葉に対してではなく「声」に。


ーー澄んだ女性の声だったのだ。


 護は王を男性と決めつけていたが、この国の王は女性であった。


 顔を上げると、あの神々しい玉座の前には、身長160センチほどのとても美しい女性が立っていた。全てが整っていた。顔つき、仕草、声、表情全てが。その中でも一番目を見張るのは腰まで伸びた赤い髪だ。彼女が動くたびに揺れる髪はさらさらと輝いている。身に纏う白と黒を基調とした高貴な雰囲気を漂わせる服は彼女の赤い髪をより映えさせている。


護はつい見惚れてしまった。


ーー彼にこれから死を宣告するかもしれない彼女のことを。


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