第5話8月14日 ――非常呼集、ついに始まる
八月十四日。
ついに僕の休暇が最後の日になった。やり残した事はないだろうか――そう考えて見たが、意外とやり残した事はみつからないものだ。これはある意味僕の休暇が充実していたからだろうか。
「はぁ、結局最後の日は実家から帰ってくるだけで終わったな、特にこれからやる事もないし、少し勿体無い気もするけど駐屯地にもどるか……んっ? 電話だ」
スマホに電話がかかってきた。取り出して画面を見ると、同じ部屋に住むでいる、同期の川崎士長からだった。
『おう、今から待ち合わせして飲みに行かねぇか?』
飲みの誘いか。せっかくだから誘いに乗ろう。これからはもうお酒も飲めなくなるかもしれないしね。僕は川崎に飲みに行く事を伝えると待ち合わせに示された駅に向かった。そこで川崎と合流した。
「おっ、来たな、どうだった最後の休暇は」
「うん、思い残すことなく過ごせたよ」
僕は一瞬、菊野ちゃんと初めてキスした事を思い出した。
「おっ? なんかお前ニヤけてるな……もしかして女でもできたのか?」
「なっ! えっとその……そうだよ」
「マジかよ、こんな時だってのに……いや、こんな時だからこそか、お前、戦地に言ったら彼女の為にも絶対に生き残れよ」
「そういう川崎こそ、前から彼女がいるんだから生き残れよ」
「そのことだけどな……俺はこの休暇で彼女と別れてきた」
「ええっ!? なんでだよ」
僕は川崎の発言に驚いた。なぜなら川崎は毎日仕事が終わると、彼女と電話をして楽しそうに話していたし、彼女の方も川崎を溺愛していて、毎週日曜日に川崎と過ごすことを楽しみにしていたからだ。だから、仲間うちでは川崎はもうすぐ結婚して営内を出ていくんじゃないかと話していた。それなのに別れるなんてどうかしているとしか僕は思えなかった。
「まぁ、あれだ、好きだからこそ別れた、正直俺は自分が生き残れる気がしないんだ、それに俺が戦場にいる事をしったら、彼女はとても心配するし、きっと悲しんで泣くんだよ、それが可哀そうに思って……だから別れた」
「……そうか」
僕は菊乃ちゃんが僕が戦場に行く事を知って泣いた事を思い出した。だから川崎の言っている意味がわかった。そして菊乃ちゃんを悲しませる運命を負わせることになる事を今更後悔した。ごめん、菊乃ちゃん。
「さて、辛気臭い話はやめて飲みに行こうぜ」
「そうだね……ん、何だあれ?」
駅の外にでると、そこで大勢の人々が拡声器を持ち、叫んでいる。どうやらとある市民団体のようだ。そしてその団体が叫んでいる内容は主に、政府に対し、即刻国内での戦闘を中止し、僕達自衛官の命を守るために、テロ組織――マ国がいる戦闘地域への自衛隊の派遣を反対するもの。そしてテロ組織マ国に対し対話をして平和的解決をする事を望むという内容だった。
「めんどくせぇな、関わる前にさっさと移動しようぜ」
川崎に促されて、僕は足早にその場をあとにしようとした。しかし僕はある人物を目撃してしまい、思わず立ち止まった。
「おいお前ら、何が戦闘を中止しろだ、お前らはあのクソ野郎共の味方かバカヤロー!」
「なんだと!? 我々は平和を願ってこう主張しているだけだ、それをバカ呼ばわりとはなんなんだ君は! だいたいこの平和な日本で戦闘をするとは政府はけしからん」
なんと、立ち止まった先に、僕の後輩の新谷一士がいて、一人で市民団体相手に講義していた。その光景を見て僕は頭を抑えた。川崎もそれに気づいて同じ反応をした。そしてその間、新谷一士は激しい口論を市民団体と続ける。
「いいかあんたら、はじめに戦闘を起こしたのはマ国とかいうクソ共だ、奴らこそ平和を貶めたクズだ、だから徹底的に排除する為戦うしかないんだ」
「そんな事認められるか! 例え相手から先に攻められたとしても、我々日本国民は耐えなければならない、平和憲法でそう決められている。戦後七十年近く我々が守って来た憲法をここで破ってはいけない!」
「なんだと……例えそれで国民がどれ程犠牲になってもか?」
「ぐっ……その通りだ、我々は先の大戦で戦争の悲惨さと無意味さを知り平和が一番であると思い知った。だから武力ではなく、きちんと対話をし平和的に粘り強く相手と戦闘をやめるように交渉しなければならない」
「……はっ? 何言ってんだあんたら、だいたいマ国の奴らは明らかに日本人じゃない――いや、むしろ世界で見たことのない人種の奴らだ、絶対に言葉も通じないし、交渉すらできない!」
「例え言葉が通じなくとも、我々が武器を下ろし、対話の意思を見せればマ国の人達にも伝わる! その為にも、〇〇市の住民には尊い犠牲になってもらう他ない!」
「ちょっと、その発言はまずいですよ!」
新谷一士と口論していた市民団体の男性が言った発言を、まずいと思った同じ仲間の一人が慌てて男性の口を塞いだ。しかしもう遅く、すぐに男性の発言を聞いていた新谷一士を含めて、彼らの主張に反対する他の市民団体が怒りを顕にして抗議をする。
その後、新谷一士は鬼の形相をして男性を威圧し、語り始めた。
「俺の家族はなぁ、〇〇市でマ国に襲われてるんだ、それを尊い犠牲だとぉ? ふざけんじゃねぇよ」
「そうだそうだ!」
新谷一士に同調するように周りが騒ぎ始めて、この場は一触即発の雰囲気となった。このままではまずい、良くない事がきっと起こる。
「俺は、家族と友人、そして生まれ育った街をマ国の奴らが蹂躙するのをどうしても許さねぇ、絶対に排除してやる……それを邪魔しようとするお前らもだ!」
「そうだ! やっちまえ!」
周りが新谷一士を煽り続ける。そこで僕と川崎は急いで新谷一士の元へ向かって、羽交い締めにして口を抑えて黙らすと、無理矢理その場から離れた。
「すみません、こいつ俺らの知り合いなんで連れて帰ります」
「ほんと、皆さんにはご迷惑をおかけしました、あとはこいつ抜きで好きに騒いでください、それじゃあ!」
「――むが、むが!?」
急に現れた僕らに煽っていた周りの群衆は呆気に取られて静まり返った。その隙きに僕らは退散した。
「てめぇ新谷、騒ぎを起こしてんじゃねぇよ、馬鹿野郎!」
川崎は新谷一士を人気の無い路地裏へと連れて行くと、新谷一士の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らした。そしてついに新谷一士を路上に突き飛ばした。僕は流石にそれはやりすぎると言って川崎を止めた。
「川崎士長は……ですか?」
「はぁ? なんて言った?」
「川崎士長は敵が憎くないんですか!?」
新谷一士は、決して普通の人がして良くない表情をして、川崎に向かって大声を出した。流石にこれには川崎もびっくりして一歩引いた。しかし、先輩の威厳を保つ為に何とか威勢を張っていた。
「敵が憎いだとか言ってよぉ、市民に当たり散らす必要があんのかよ、なぁ新谷ぃ!」
「おい川崎、これ以上煽るな」
僕が静止したのもつかの間、新谷一士は激怒して、川崎に飛びかかった。そして自分の胸の内をさらけ出した。
「僕の家族はっ、
「……新谷、お前」
新谷一士の家族の状態を聞き、僕と川崎は絶句した。しかし、彼の状況が何であれ、言葉を発して新谷一士を諌めなければならない。僕は新谷一士を川崎から引き剥がすと、新谷一士に向かって号令をかけた。
「新谷一士……気をつけぇ!」
「えっ、はい!」
普段、号令による命令を僕達自衛官は体に染み込まされている為、特に若い隊員は号令をかけるとすぐに体が反応してしまう。それは新谷一士も同じですぐに僕の号令に従い、気をつけの姿勢をした。
「新谷一士、君は家族の仇を取りたいか?」
「そんなの当たり前――いえ、とりたいです!」
「それだったら、個人の感情を抑えろ、命令に従え、そうして戦士たれ、じゃないと君は……実戦の場で仇を取るまでもなくすぐに死ぬ、それと君のような感情にすぐ流される人間は僕達の任務を遂行するのに邪魔でしかない、迷惑だ」
「――ッ!?」
僕は新谷一士に命令した気をつけを解いた。すると新谷一士は項垂れて涙を零した。彼は多分ものすごく悔しくがっているに違いない。けれど僕はそれを見ても何も言わなかった。何故ならこのくらいの事を言われて挫けるような奴ならいらないからだ――とは、思ってもやはり新谷一士は大切な仲間だ、だから慰めて少しでも心の傷を癒やしたい。
「川崎、どうしよう、僕は新谷一士に何をしてあげたら良い?」
「俺にもこればかりはどうすればいいかわからん……取り敢えず今日はこの状況で飲みに行くのは無理だな、あいつが何か起こす前に俺達で駐屯地に連れて帰ろう」
――こうして僕達は新谷一士を連れて駐屯地へと戻った。なんだかとてもやるせない気分だ。しかし、こればかりはどうしようもできない。何故なら僕達は今、精神的に落ち込んでいられない状況だからだ。
「――おう、帰って来たか……しかも随分早いな」
「はい、明日に備えて早く帰ってきました」
駐屯地へ帰ると、僕達は駐屯地の部隊の人に外出証を返納した。因みに、この外出証を一度返納すると僕達自衛官の外出は終わり、再び上司から許可を貰うまで、駐屯地から出られない。その為、僕は許可証を返納するのに少し躊躇った。なんだか、これを返納すれば僕はもう娑婆の人間じゃなくなる――そういう風に感じる。
「おい、何やってんだ、さっさと返納しろよ」
川崎にそう急かされて、僕は慌てて外出証を部隊の人に
手渡した。あぁ、これで僕の外出は本当に終わりだ。
「川崎士長達……俺、着替えたら武器庫に行きます」
「ん、新谷、武器庫なんか行ってどうするんだ?」
「自分の武器を再び手入れします……マ国の奴らを確実に
新谷一士は瞳に復讐の炎を宿しながら僕達にそう言った。そしてこの場から去って行った。僕と川崎はそれを黙って見送った。もう彼にどうこう言って聞かせるのは無理だと判断したからだ。
「もう、あいつの好きにさせよう、事情を考えればあいつがピリピリするのもわかる……実は俺だってピリピリしてるからな」
川崎は僕にバツが悪そうにそう言った。しかし僕はそれを茶化そうとは思わなかった。だって僕だってピリピリしている。なんせ明日の何時になるかわからないが、出陣するからだ。
「川崎、もう部屋に戻って早く残りの準備を済ませておこう」
「そうするか……はぁ、最後に酒を飲みに行きたかったなぁ」
「生きて帰れたらまた行けるよ」
「……そうだな」
僕達は自分の部屋へと戻り、出撃準備を整える事にした。因みに普段から準備はできている為、基本的にほとんど準備するものは無かったりするのだが、初めての実戦に赴く為、もし現地に行った時、何か足りない物があったりするんじゃないかと不安になり、この休暇でいくつか余分なものまで購入してしまった。そうしたものを背嚢に僕と川崎はぎゅうぎゅうに詰め込んだ。
「あー、やべぇな、飯が足りないかもしれねぇ」
「え? どう見ても沢山あるじゃないか」
「バカ、現地に飯があるかわからねぇんだぞ、そうなったら餓死するのだけは俺は嫌だ、だからもっといるはずだぜ」
「なるほど……そう考えたら、僕も食料が足りない気がしてきた」
こんな風にお互いあれが足りない、これが足りないかもとか言い合って、準備を整える。そして時間が過ぎて、やっと準備が十分だと思えた時、たまたま部屋でつけていたテレビから緊急速報が流れた。
『緊急速報です! 只今自衛隊がテロ組織――マ国に占領された〇〇市を解放しました……えぇ、再び入りました情報によりますと、マ国の戦闘員達は突如、
どうやら僕達自衛隊は〇〇市の奪還に成功したようだ。その事によりマ国の戦闘員達は居なくなり始めたようだが。しかしまだこれで混乱が収まる訳ではない。
「いよいよか……次は俺達がやる番だ」
「そうだね、覚悟を決めよう」
僕達はテレビを見終わると、準備を早々に整え、少し早いが、就寝した――そして。
『非常呼集!』
深夜、栄内の廊下で非常呼集の叫びが声響いた。その叫び声を聞いて、僕は一気に目が冷めた。急いで僕の二段ベッドの上で寝ている川崎を起こす。そうすると川崎も勢い良く目覚めた。
「……ついに始まっちまったか!?」
「うん、だから早く行く準備をして」
「おっしゃぁ! 出陣だぜ」
あらがじめ、非常呼集がかかった時の事を想定していたので、僕達の行動は早かった。そしてあっという間に戦闘準備を整え、駐屯地の集合場所に向かい、各部隊事に整列し、車両に乗り込む。僕は大型車両の荷台に乗って、駐屯地を離れた。向かう先はつい、いまさっき、テレビで解放されたと伝えられた〇〇市だ。
これから僕達はついに戦場へと向かう。
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