第4話 8月13日 ――伝えられない思い

 八月十三日――朝。


 久しぶりに僕は自分の部屋で目覚めた。しかもかなりの余裕をもってだ。というのも――普段駐屯地で生活している僕ら自衛官は、朝の決まった時刻になると、ラッパの音で起こされて、急いでジャー戦、(下はジャージ、上は迷彩服)に着替えて廊下に並び点呼を受ける――それが休日でもだ。なので今実家にいる僕にはそれは関係のないことなので、朝はゆっくりできる。この感覚は久しぶりの事で思う存分に味わいたい。なので二度寝することにした。



「兄貴、朝だぞ起きろーっ!」


 妹の英子が僕の部屋の部屋を開けて、大声で僕を起こす。はぁ、どうやら僕に二度寝をさせてくれないみたいだ。仕方ないので僕はベットから起き上がって一階のリビングへと移動した。


「あらあら、朝が早いわね、せっかくの休みなんだからもっと遅く起きてきてもよかったのに」

「そのつもりだったんだけど、英子に起こされちゃってね」

「そうなの……ダメよ英子ちゃん、お兄ちゃんは普段忙しいんだからゆっくりさせてあげないと」

「うるさいっ、そんな事言って起こさなかったら、きっと兄貴は昼まで寝てるだけなんだから、そんなのから、私が起こしてあげたの!」


 時間がもったいない――。あぁ、確かにそうだ。僕はあと僅かな時間しかここにいられない。僕はこの休みが終われば戦場へ向かう。それに本来であれば、駐屯地でいつでも動けるように待機しておかなければならない身である僕がこうして休みを貰えた理由は、ありとあらゆるものを準備するためだ。その為に僕は初めに登山用品店に向かい、任務に必要なものを買い占めた。その後行きつけの店にいる好きな女の子の店員への思いを断ち切ってきた。そして今は家族と悔いないように過ごしている。こういうのを何と言うんだっけ……そう、『死ニ方用意』だ。


 死ニ方用意――第二次大戦中、戦艦大和が出撃するときに砲塔の黒板に掲げられたいた言葉だ。僕はこの言葉をそのままの意味で捉えて行動することにした。英子、母さん……僕は危険な場所へ行くことになるんだ。このことは誰にも言ったらいけないからこのまま黙って行くね。今までありがとう。僕は心に自分の思いを秘めて、普段通り行動した。


 僕は斥候だ。その任務の性質ゆえにあらゆる情報も漏らしてはいけない。なぜなら、もし僕が戦場に行くことが周囲にばれたら、敵――マ国の連中の耳にそのことが届くかもしれない。


 そうするとマ国はありとあらゆる手段を尽くして僕や仲間を妨害するだろう。なぜなら斥候は敵にとっては脅威の存在だからだ。斥候に見知らぬ間に自分達の拠点の奥深くまで入り込まれ、自分達の位置を報告される、さらにはその位置をもとに攻撃を加えられる。


 そんなの敵から見ればたまった存在じゃない。だから斥候の存在を知った敵は全力で僕達を妨害して狩りに来る。それに僕達は戦場に行けば隠密行動する為、少ない人数で行動する。だからもし敵に見つかった場合、常に相手が大人数で強力な為、太刀打ちできずに殺されてしまう――こうしたことから、斥候は生き残るのが難しい――ゆえに死ニ方用意。僕は死ぬことを前提して悔いが無いようにこの休みを過ごしたい。


「ありがとう英子、英子が起こしてくれなかったら僕は貴重な時間を無駄に過ごしてしまうことになってたよ」

「は、なによ兄貴、やけに素直だからそれはそれで気持ち悪いんですけど……」

「まぁまぁ、そういわずにお兄ちゃんに何かしてほしいこととか言ってごらんよ、今日は特別だ」

「お母さん、本格的に兄貴が気持ち悪くなったんですけど!」

「英子ちゃん、お兄ちゃんにそんな事言ったらだめでしょ、それにせっかくだからお兄ちゃんに何かしてもらえば? せっかく久々に兄妹で過ごしてるんだし……」

「うっ、わかったわよ……ということで兄貴、そこまで言うんだったら私の買い物に付き合ってもらうからね!」



 近くのショッピングモールへとやって来た。ここで僕は兄の威厳を見せるべく、英子の買い物の代金は全て僕が支払うと宣言した。かなりの大判振る舞いだ。するとそれに気をよくした英子は大量に服やバックを購入して容赦なかった。


「マジかよ、どんだけ買い物をするつもりなんだ、ううっ、気軽におごるなんて言わなければよかった……(けどよく考えたら、これが英子にしてやれる最後の行いになるかもしれないんだな)」

「兄貴――いや、お兄ちゃんありがと」

「はいはいどういたしまして、それより英子、少し休んで行こう」


 買い物終わりに喫茶店に英子と二人で入って一休みした。そこで僕は幼馴染の赤井菊乃に誘われて祭りに行く事を話した。すると英子は注文して飲んでいたジュースを吹き出して驚いた。


「はぁ!? ちょっと兄貴それ本当?」

「本当だけど、どうしてそんなに驚くんだ?」

「だって兄貴の幼馴染の赤井菊乃さんって昔から可愛いくて有名だし、そんな人とうちの兄貴が祭りでデートるなんて……それで、準備はできてるわけ?」

「何もしていない、というか何を準備すれば良いの?」

「はぁ……兄貴ったら、しょうがないから今日私の買い物に付き合ってくれたお礼に、私が兄貴がデートで恥をかかないように見繕ってあげる」


 そう言って、英子は席を立った。僕は会計を済ませると急いで英子のあとをついていった。そして祭りデートに向かうなら浴衣だと言って、英子は僕の浴衣を選んだ。それはシンプルな薄い墨汁の色をした浴衣だった。その後は女子のエスコートの仕方だとか細かいエチケットを英子から習い、今日の午前の買い物は終了した。


 そして今夜、ついに僕は今日買った浴衣を規程祭りの会場へとやって来た。


「……人が多い」


 祭り会場は屋台の人混みで溢れていた。そして多くの人が家族友人、または恋人同士で楽しそうに歩いている。僕はその光景を羨ましく思った。そして同時に僕は許可をもらっているとはいえ、本当にこの場にいていいのかと思った。そうして考えているうちに、僕は菊野ちゃんとの街合わせ場所にいつの間にか来ていた。


「あっ、ちゃんと来てくれたみたいだね、待ちわびたよ」

「約束通りの時間に来たから、そんなに待たせていないような気がするけどなぁ、もしかして菊乃ちゃんもっと前からここで待ってた?」

「なっ!? き、君は余計なことに鋭いな、そんな事よりももっと乙女心というのを察しないか君は!」


 乙女心? そういえば確か妹の英子が僕にそんなことを言っていたようなえーと確か『出会ったらまずは相手の外見をほめること』、だったけ……。


 僕はさっそく菊乃ちゃんの外見をほめるために、じっと菊乃ちゃんを見つめた。ふむ、どうやら菊乃ちゃんは赤色の菊の柄が入った浴衣を着ている。なるほど、もしかして自分の名に因んでそうしたのかもしれない。そして長い黒髪をまとめて綺麗に結っている。なんだかとても大人っぽい。そして顔も少し化粧を施していて良い。


「菊乃ちゃん、浴衣姿がとても良く似合ってるよ、綺麗だね」

「――なっ、ええっ!? ななななんてことを口にするんだ君は、ボクの浴衣姿が綺麗だなんて、お世辞はよしたまえ」

「お世辞じゃないよ、僕は本当にそう思ってるんだ」

「な、なんと、君ぃ……はぅ」


 菊のはちゃんは顔を真っ赤にして思考を停止してしまった。しかし声をかけるとハッと気が付いてすぐに思考を再開した。


「ふ、ふむ、少し君の発言に驚いてしまったが気を取り直した、だから早く移動しよう」

「わかった、じゃあ僕がエスコートするね」

「はっ……ええええっ!?」


 僕はさっそく菊乃ちゃんの手をつないだ。さすがに大人になって異性と手をつなぐことは勇気がいることだが、相手は親しい幼馴染なので、自然と自分から手をつないげた。そして祭りの屋台があるところまで人込みをかき分け無事に菊乃ちゃんをエスコートすることに成功した。なんだかこのことが自信になって心に余裕が出てきた。


 (さて、菊乃ちゃんはどんな様子かな……あれ、菊乃ちゃん顔をうつむけて黙ってる、どうしてだろう)


 ――以下菊乃の心の中


(エスコートだと、今まで男性からそんな事をされた覚えないのに、も、もしかして君はボクに気があるのか、どうなんだ君は、ああっ、わからない、わからないよぉ! しかも手をつなぐだなんて、それは確かに子供のころは君とよく手をつないで行動したが、まさか大人になってまでするとは、正直嬉しい――じゃなくて恥ずかしい、君はどうなんだ、ボクと手をつないで意識して恥ずかしくないのかね、どれ、確認の為に君の表情を見てみよよう……なっ!? いつもと変化していないし、しかもどこか余裕の表情だと!? これはどういうことだ……まさか、君は私と離れて暮らして、向こうで女性の扱いに慣れてきたのか、だとしたら君にボクはとてもムカツク!)


「ちょっと菊乃ちゃん痛いって、力いっぱい握らないで、痛い痛い!」

「……ふん」


 急に菊乃ちゃんが僕の手を握力で痛めつけるので驚いた。というか菊乃ちゃんが意外に力があることも驚いた。そもそもなぜこんなことをしてくるんだ。これも乙女心とか言うやつなのかい菊乃ちゃん。


 その後僕達は手を握らずに、適正な距離を保ちつつ歩いて移動しながら、祭りの屋台を楽しんだ。そして最後に祭り会場の中央に移動して、みんながやぐらを囲んで踊る盆踊りを眺めた。因みに僕の地域の祭りの盆踊りは少し特殊で、初盆をする遺族が、亡くなった方の遺影を持って盆踊りを行い、供養をするという風習がある。なので今も踊りの輪の中には遺影を持った人がちらほらいる。


「なぁ、ボクたちもあの輪の中に入って盆踊りをしようじゃないか」

「えっ、でも振り付けがわかるかな?」

「見たところ動きは多少早めだが、振り付けは単調だからすぐに覚えれる、さぁいこう」

「うんわかった、(あれ、僕が菊乃ちゃんをエスコートするは筈が逆にエスコートされてる)」


 こうして僕と菊乃ちゃんは踊りの輪の中に加わった。やぐらの上から屈強なおじさんが太鼓を打ちリズムを奏でる。そして同じ場所で歌い手が会場に響き渡る声で盆踊りの音頭を歌っている。なんだか気分が乗ってくる。しかし時間が経つと、体を動かしているので熱くなって疲れてくる。


「はぁはぁ……この年になると、盆踊りもきついねぇ」


 僕と菊乃ちゃんの傍で盆踊りをしていたおばあさんが、ふとそう言った。よく見るとそのおばあさんは亡くなったおじいさんの遺影を持ちよろよろとしている、なんだか危なそうだ。すると、その様子を見かねた菊乃ちゃんがおばあさんに声をかけた。


「おばあさん、もしよろしければボクが遺影を持っておじいさんの為に踊りましょうか?」

「本当かいお嬢ちゃん、いやぁわるいねぇ、おじいさんの初盆だから何とか最後まで盆踊りをして供養しようとしたんだけど、年を取って体力がおちてしまってしんどかったのよ、ありがとねぇ」

「いえいえ、私がおばあさんの代わりに踊って供養しますからどうかおばあさんは休んでいてください」

「ありがとねぇ、きっとおじいさんもこんな若くて綺麗なお嬢ちゃんが踊って供養してくれて満足するよ、ほほほっ」


 おばあさんは菊乃ちゃんに遺影を渡すと、手を合わせて深々とお辞儀をして、踊りの輪の中から消えた。


「さて、君も疲れただろう、ボクは最後までこうして踊るつもりだから休んでいたまえ」

「えっ、でも……」

「なあに、最後までといってもせいぜいあと数分で音頭も終わる、だから大丈夫だ、それにどうにも汗をかいてしまって喉が渇いているんだ、だから君には先に切り上げて飲み物を買って待っていてほしいんだ……頼むよ」

「わかったよ菊乃ちゃん」


 僕は菊乃ちゃんの言う通りにすべく、盆踊りの輪を抜けた。そして外から菊乃ちゃんが踊っている様子を眺めた――菊乃ちゃんがおじいさんを供養する為、一生懸命踊っている時の表情――菊乃ちゃんの額から流れる汗と濡れるうなじ――そして振り付けで振り返る動作をする瞬間に見せる流し目――それ等を見た瞬間、僕は菊乃ちゃんに心が惹かれた。そして同時にある情景がうかんだ――僕が任務に失敗して、戦死した時、もしかしたら菊乃ちゃんはこうして僕の遺影を持って悲しそうな表情をして踊っている――その情景が終わると、僕は急に怖くなった。このままではダメだ、覚悟が決められなくなる。そう直観した僕はすぐにその場を離れた。



「菊乃ちゃんお疲れ、これ頼んでた飲み物」

「あぁ君か、ありがとう……ふぅ、盆踊りも長時間踊ると疲れてしまうんだね、参ってしまったよ」

「けど、菊乃ちゃんが頑張って踊ったおかげでおばあさんは助かったし、きっと亡くなったおじいさんも満足しているよ」

「ははっ、そうだと嬉しい」


 盆踊りが終わり、僕と菊乃ちゃんは人気のない祭り会場から離れた丘の上の公園へと来ていた。なぜならここからだと祭りの終わりに打ち上げられる花火がよく見えるからだ。この意外と皆この穴場を知らない。


「と、ところで君、少し伺いたい事があるのだかね」

「ん? なに菊乃ちゃん」

「き、君は今、す、好きな女性はいるのかい?」

「えっ!?」


 菊乃ちゃんの質問に僕はドキリとした。何故なら今まさに好きな女性は目の前に居るからだ。これはどう答えたらいいんだ。そう思って迷ったその時、誰かが僕の事を心の中で呼んだ。


『……エース君』


 シオンちゃん? 


 かつて本気で好きだったもう一人の女性。ゴシックガールのナンバーワン店員のシオンちゃんが僕の心に表れた。こ、これはどうしよう。


「ねぇ君、シオン……って、誰なんだい?」

「えっ、もしかして心の声が漏れてた!? いや、なんでも無いんだ菊乃ちゃん、別に彼女の事は終わったんだ、というより始まってすらないんだ、だから怒らないで」

「ほほぉー、そうかそうか、最初の方に君が随分とボクの事を褒めてエスコートするからどうにも腑に落ちなくてね、どうやらそのシオンという女性と仲良くしてそういうことを覚えたわけだ……さぞ楽しかっただろうね、男に不慣れな幼馴染のボクを弄ぶのは」

「誤解だよ菊乃ちゃん」

「誤解なわけない! だって君は自衛隊に入隊してそんなに逞しい体になって、それに雰囲気もかっこよくなったんだ、それでさぞかし女の子達から君はモテるんだろうね」

「いやいやいや、ないないない! 本当に誤解だって、それにどっちかというと菊乃ちゃんのほうがモテるでしょ、最初あった時に昔と違って髪も伸ばして化粧もして綺麗になってさぁ、ドキッとしたよ」


 ――あっ!


 途中でお互いが相手をかっこいいだの綺麗だのと言って褒め合っている事に気がついて気まずくなった。そしてこの場に虫の音だけが響いた。


「……君は、ボクを綺麗だと思いドキッとしたのか?」

「うん……菊乃ちゃんも僕の事をかっこいいって言ったよね」

「あ、あぁそうだ」


 なんということだ、もしかしてこれは両想いというやつなのか!? いやいやいや、まだ告白もしていないのにそんなことあるわけない。僕は菊乃ちゃんの様子をうかがった。すると菊乃ちゃんは意を決して、僕に思いを伝えようとしていた。


「聞いてほしい、ボクは君の事が――だ!」


 菊乃ちゃんが言葉を発した瞬間、丁度花火が上がり菊乃ちゃんの声を音と光で打ち消した。何という間の悪いタイミングだ。それに多分こういった場面は、漫画やアニメだと主人公が難聴を発し、ヒロインの言葉を聞きとれなくなる場面だろう――しかしだ。生憎僕は自衛官で、夜間の音と光には慣れている――というのも、演習場に行けば『状況』といわれる実戦さながらの訓練で、大砲や小銃の破裂音、そして夜間の照明弾などの光があるからこんな花火ぐらいどうってことない――だから僕は菊乃ちゃんが言った言葉をちゃんと聞き取れて理解した。なのであとは自分も菊乃ちゃんに気持ちを伝えるだけで良い。簡単なことだ。


「菊乃ちゃん、僕も君の事が――っ!?」


 僕は自分の気持ちを伝えようとしたがあともう少しのところで躊躇した。なぜなら盆踊りの時に思い浮かべた情景が頭をよぎったからだ。僕はこれから危険な場所へ向かう。そこから生きて帰る保証はない――いや寧ろ死ぬ可能性の方が遥かに高い。それなのにここで菊乃ちゃんと両想いになってしまえば、僕が戻らなかったとき、菊乃ちゃんに大きな悲しみを与えてしまう――それも彼女の人生に大きな影を落としてしまうくらい大きな悲しみだ。長い間幼馴染だから僕には分かる。あとは、僕自身の覚悟が消えそうになるのでそれはまずいと思った。


「……」

「どうしたんだ、君の様子を見れば先ほどのボクの言葉は聞こえていたはず、だからお願いだ、君の気持ちをボクに言ってくれ」

「……言えないよ」

「なぜだい、もうお互いの気持ちは察しがついている、今更恥ずかしがることはないだろう?」

「恥ずかしいわけじゃない、それに君に僕の気持ちを伝える勇気もある、でも言えない……ごめん菊乃ちゃん、僕はもう帰る」

「――っ!? 待つんだ!」


 ここから逃げ出そうとしたが、菊乃ちゃんにがっちりと腕を掴まれた。しかし普段鍛えている僕の方が腕力があるので簡単に振りほどける。そうして再び逃げようとすると、今度は菊乃ちゃんが後ろから僕の腰にタックルのような形で抱き着いて引き留めようとする。そこまでされると、僕は菊乃ちゃんが可哀そうになって止まらざる負えなくなった。


「なんだか今の君はいなくなりそうな気がしてならない、どうしてだい?」

「……(それは言えないよ、君は知らなくていいんだ)」

 

 僕は沈黙した。そしてこのまま時間が過ぎるのを待とうとした。しかし僕のその目論見は菊乃ちゃんには通用しなかった。なぜなら菊乃ちゃんは昔から頭がよくて察し良い。僕が黙っている間に菊乃ちゃんに僕の状況を推理する時間を与えてしまい、やがて隠していることすべてがばれてしまった。


「そうか……すべてを察したよ、君は自衛官だ……だから国民を守るために戦いに赴くんだね、だから私を悲しませまいとして気持ちを伝えてこないのか」

「……」

「だとしたら君は戦いに行くな、きっと無事では済まない!」

「……」

「なんで何も答えてくれないんだ、頼む、行かないと言ってくれ、やっと君に思いを伝えれたのに、いなくなるのはいやだ、頼むから行かないでくれ……うわあああん!」


 菊乃ちゃんは力なく膝をつき、声を出して泣いた。僕は無言でその様子を眺めていることしかできなかった。なぜなら菊乃ちゃんの頼みを聞くことはできけないから。だけどいつまでもこのままではいけない。僕は菊乃ちゃんに手を差し伸べて立ち上がらせようとした――その時、僕の唇に柔らかい感触がした。そしてその感触は僕の唇を覆い、息苦しくなるまでくっついたままだった。


「んんっ……ぷはっ、菊乃ちゃん、コレはいったい!?」

「……ただの接吻だ、因みにボクの初めてを君に与えたんだから責任は取って貰うよ」

「責任だなんて……僕は――」

「――君は何も言うな、そしてこれから私が言う事に頷くんだ……いいかい、君は何があっても私のとした接吻の責任を取る為に生きて帰ってくるんだ、いいね?」

「……うん」


 菊乃ちゃんの真っ直ぐな思いに僕は逆らえずに誓ってしまった。こうなれば僕は戦地に行ったらなんとしてでも生き残らなければならない。これは相当難易度が高く、キツくて苦しいものだ。けれどやらなければならない。


 ありがとう菊乃ちゃん。正直にいうと僕は戦地に行って生き残ることを半ば諦めていた。けど菊乃ちゃんが僕の為に体を張ってくれたおかげで、生き残ろうとする意志が芽生えた。これで僕は戦地での任務を達成する事ができる。


 僕は心の中でそう思うと、あとは二人で最後の花火を眺めた。そして帰り道の別れ際、菊乃ちゃんはこの事を誰にも話さないと言い、無言で僕に頭を下げた。これはきっと彼女なりの見送りの仕方なのだろう。それに対し僕は敬礼をして、自宅へと帰った。


 こうして僕のデートは終わった。そして次の日の朝。僕はすぐに実家を出て駐屯地へと戻った――。

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